第7章 未知なる極寒の地へ
三人の剣士は、南極へ向かうため、海岸を目指していた。
ゲイリー、ユウト、そして水の剣士マテオ。
ヒムラを救うための旅は、まだ始まったばかりだった。
「よし……今度こそ!」
海岸に到着すると、ゲイリーは両手を前に突き出し、集中力を高めた。
目の前に氷の船を作り出す。
それが、彼に与えられた最初の課題だった。
しかし――
パキッ。
彼の手元に現れたのは、ほんの数センチほどの小さな氷のボートだった。
「…………」
ゲイリーは無言で自分の作品を見つめた。
次の瞬間。
「ぶっ……!」
ユウトが吹き出した。
「おいおい、ゲイリー! なんだよ、そのサイズ! これじゃ船というより、お風呂で遊ぶおもちゃだろ!」
「はははっ! ずいぶんと可愛らしい船じゃないか!」
マテオまで笑い始めた。
「お前ら……!」
ゲイリーの顔がみるみる赤くなる。
「今は中学生みたいな下ネタで笑ってる場合じゃないだろ!」
「おっ、言うようになったな」
ユウトは肩をすくめた。
「悪かったよ。確かに、今は遊んでいる場合じゃない」
「まったく……」
ゲイリーは小さな氷の船を見下ろし、ため息をついた。
そのとき、ふと思い出したようにユウトへ顔を向けた。
「そういえば、ユウトに聞きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「僕、『エレクトロファイブ』の大ファンなんだ。君の演技も好きだよ。でも、ずっと不思議に思っていたことがあってさ」
「へえ?」
「君って、ユウト・タナガワとマジロ・オダ、二つの名前があるよね? どうして?」
ユウトは笑顔で答えた。
「マジロ・オダは本名なんだ。ユウト・タナガワは芸名で、『エレクトロファイブ』でもその名前を使っている。まあ、ユウトって呼んでくれればいいよ。そっちのほうが慣れているからな」
「なるほど!」
ゲイリーは納得したようにうなずいた。
すると、ユウトはマテオへ視線を移した。
「ところで、スペイン人のおじさん。あんたの名前は?」
「あっ……そういえば!」
ゲイリーも慌ててマテオを見た。
「僕たち、助けてもらってばかりなのに、名前も聞いていなかった!」
マテオは苦笑した。
「まったく、君たちは本当に面白いな」
そして、胸を張って名乗った。
「私の名前はマテオ・ガルシア。四十歳だ。スペインで大きな農園を経営していて、オリーブを栽培し、オリーブオイルを生産している。それと、スペイン王室の警護隊にも所属している」
「農園の経営者で、王室の警護隊員……?」
ゲイリーは目を丸くした。
「ずいぶんすごい人なんだね」
「そうでもないさ」
マテオは穏やかに笑った。
「剣士になったのは十四歳のときだ。実家の農園にある宝物庫で、うっかり一族の秘宝に触れてしまってね。それが、すべての始まりだった」
「十四歳か……」
ユウトは自分の過去を思い返すように空を見上げた。
「俺も、剣に選ばれたのは十四歳のときだったな」
「そうなの?」
ゲイリーが尋ねると、ユウトはうなずいた。
「政府の施設に連れていかれて、ある試験に参加させられたんだ。電撃の剣を扱える人間を探していたらしい。何人もの人が挑戦したけど、誰も剣に認められなかった。最後に俺が選ばれたんだ」
「それから四年……今では有名な俳優ってわけか」
マテオが感心したように言った。
「まあな。特撮だけじゃなく、日本のテレビドラマにも出演しているよ。最近は『外国人の少女』っていう作品も人気なんだ」
「へえ! それも見てみたいな!」
ゲイリーの目が輝いた。
しかし、ユウトはパンパンと手を叩いた。
「はいはい、話はここまで! 今はドラマの話をしている場合じゃない。俺たちには、助けなきゃいけない人がいるだろ?」
マテオが真剣な表情に戻った。
「そのとおりだ。さあ、二人とも、私の肩につかまってくれ。水の力で海面を滑走してみよう」
「分かった!」
ゲイリーとユウトは、マテオの肩をしっかりとつかんだ。
こうして三人は、南極大陸、そして南極点を目指して出発した。
だが、このときの彼らは、これから待ち受ける危険をまだ知らなかった。
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## 海上の遭難
出発してから数時間後。
三人は猛烈な速度で海面を進んでいた。
マテオの能力によって水面を滑るように移動していたが、次第に彼の顔から余裕が消えていった。
「……くっ!」
マテオの足元で水流が乱れた。
「マテオ? どうしたんだ?」
ゲイリーが声をかける。
「すまない……少し、力の制御が……!」
次の瞬間、水流が途切れた。
三人の体が宙に投げ出される。
「うわああああっ!」
ドボォォォン!
猛烈な速度で進んでいた三人は、そのまま海へと叩きつけられた。
冷たい海水が全身を包み込む。
ゲイリーは必死に水面へ浮かび上がった。
「ぷはっ! ユウト! マテオ!」
すぐ近くにマテオの姿が見えた。
しかし、ユウトは違った。
「ユウト!?」
彼は意識を失い、水中へ沈み始めていた。
そのうえ、遠くの空には不気味な黒い雲が広がり、猛烈な嵐が近づいてきていた。
「くそっ……このままじゃ、みんな凍え死んじゃう!」
ゲイリーはユウトへ手を伸ばした。
だが、三人を乗せられるほどの船を作る余裕はない。
どうすればいい?
何を作れば、二人を助けられる?
必死に考えた、その瞬間だった。
――船を作れ。
誰かに命じられたわけではない。
ゲイリー自身の心が、答えを導き出した。
「そうだ……大きな船を作ればいいんだ!」
彼は両手を海面へ向けた。
「出てこいっ! 氷の船!」
次の瞬間。
バキバキバキッ!
ゲイリーの手から氷が広がり、瞬く間に巨大な船体を形作っていった。
それは、先ほど作った小さなボートとは比べものにならないほど頑丈な氷の船だった。
「できた……!」
しかし、まだ終わりではない。
ゲイリーは水中へ沈んでいくユウトを見た。
「今度は……浮き輪だ!」
彼の手から氷が伸び、輪の形を作り出す。
氷の浮き輪はユウトの体を包み込むと、そのまま水面へと浮かび上がった。
「よし!」
ゲイリーは氷の力で浮き輪を引き寄せ、ユウトを船の上へ引き上げた。
続いて、弱り切ったマテオにも手を差し伸べる。
「マテオ、頑張って!」
「すまない……助かるよ……」
どうにか二人を船へ乗せることができた。
ゲイリーは最後に自分も乗り込み、その場に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……。何とか……なった……」
だが、ユウトはまだ意識を失ったままだった。
マテオも疲労困憊で、すぐには動けそうにない。
それでも、彼は歯を食いしばってユウトのもとへ向かった。
「ゲイリー……救急キットを取ってくれ!」
「分かった!」
三人は力を振り絞り、応急処置を行った。
やがて――
「ゴホッ! ゲホッ、ゲホッ!」
ユウトが激しくせき込み、飲み込んだ海水を吐き出した。
「ユウト!」
ゲイリーが駆け寄る。
「……ここは……?」
「氷の船の上だよ! 君、海に沈みかけていたんだ!」
「そ、そうか……」
ユウトは震える体を起こした。
「寒っ……! このままじゃ、全員凍えちまうぞ……!」
彼は両手をこすり合わせた。
バチバチッ!
青白い電光が指先から走る。
ユウトは電気の力を調整し、熱を生み出した。
暖かな空気が船内に広がり、三人の体を包み込んでいく。
濡れた服からも、少しずつ水分が蒸発していった。
「はぁ……生き返る……」
ゲイリーは安堵の息を吐いた。
マテオもようやく顔を上げた。
「助かったな……。ゲイリー、君が船を作ってくれなければ、私たちはどうなっていたことか」
ゲイリーは照れくさそうに頭をかいた。
「いや……僕だって、必死だったんだよ」
しばらく休息を取ると、マテオは船の先端へ移動した。
「よし。ここからは私が水流で船を押し出そう」
彼は二人を振り返った。
「二人とも、しっかりつかまっていろ! ゲイリー、船が溶けないように維持してくれ!」
「分かった!」
マテオが両手を広げる。
船の後方から巨大な水流が噴き出し、氷の船は再び海面を走り始めた。
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## 氷の大陸へ
それから八時間。
三人は休みなく、南極を目指して進み続けた。
海は次第に荒れ、気温も急激に下がっていく。
それでも、ゲイリーの氷の船は崩れることなく、猛烈な速度で海を突き進んでいた。
そんな中、ユウトがふと口を開いた。
「……ゲイリー」
「何?」
「さっきは悪かったな。海岸で君の力を笑ったことだ」
ゲイリーは少し驚いた。
ユウトは照れくさそうに笑った。
「君がいなかったら、俺たちは本当に死んでいたかもしれない。助けてくれて、ありがとう」
マテオもうなずいた。
「私からも謝らせてくれ。君の力を軽く見ていた。だが、今日のことで分かったよ」
彼はゲイリーをまっすぐ見つめた。
「君の能力は、まだまだ成長する。これからは、もっと使いこなせるように努力するんだ。君には、とてつもない可能性がある」
ゲイリーは二人の言葉を聞き、少しだけ胸を張った。
「……うん。頑張るよ!」
その直後、マテオの水流がさらに強くなった。
船の速度が一気に上がる。
そして、前方に巨大な氷の壁が姿を現した。
「おい、前を見ろ!」
ユウトが叫んだ。
「巨大な氷河だ!」
ゲイリーは目を凝らした。
目の前には、空に届きそうなほど巨大な氷の壁がそびえ立っていた。
「まずい……このままじゃ衝突する!」
船は猛烈な速度で迫っている。
止まる時間などない。
ゲイリーは必死に頭を働かせた。
「だったら……!」
彼は前方へ両手を向けた。
「氷の斜面を作るんだ!」
次の瞬間、氷河の一部が大きく変形した。
巨大な氷の壁が削られ、空へ向かって伸びる斜面が生まれていく。
「うおおおっ! 何をするつもりだ、ゲイリー!?」
「このまま駆け上がるんだ!」
三人を乗せた船は、斜面へと突っ込んだ。
ガガガガガッ!
激しい衝撃とともに、氷の船が斜面を駆け上がる。
そして――
ドォォォン!
船は氷河の頂上を越え、巨大な氷の台地へと飛び出した。
三人は転がるように船から降り、何とか体勢を立て直した。
「……着いた、のか?」
ユウトが息を切らしながら尋ねた。
ゲイリーは周囲を見渡した。
見渡す限り、白銀の世界が広がっている。
「たぶん……南極大陸だ」
マテオは空を見上げた。
太陽はすでに傾き始めていた。
「今日はここまでにしよう。暗くなる前にキャンプを設営するんだ」
二人も異論はなかった。
ここまで、三人は十二時間以上も水とわずかなビスケットだけで過ごしていた。
さすがに、空腹と疲労が限界に達していた。
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## 氷原のキャンプ
三人は協力してテントを張り、寝袋を並べた。
それぞれのバックパックには、軍から支給されたサバイバル用品が入っていた。
自動加熱機能付きの半調理済み食品もある。
しかし、マテオはそれを見て、露骨に顔をしかめた。
「……これを食べるのか?」
「何か問題でもあるの?」
ゲイリーが尋ねる。
「健康に良くなさそうだ」
マテオはそう言うと、海岸近くの氷の縁へ歩いていった。
そして、水の剣を使い、海中から何匹かの魚を引き上げた。
「せっかく南極まで来たんだ。新鮮な魚を食べようじゃないか!」
彼は持参したナイフで魚を手際よく処理し、ユウトへ差し出した。
「さあ、焼いてくれ。電気の力でな」
「……俺に料理までさせるのか?」
ユウトは呆れたように笑った。
「できないのか?」
マテオが挑発する。
「簡単すぎて、あくびが出るくらいだよ」
ユウトは両手をかざした。
バチバチバチッ!
電気が魚の表面を走り、じわじわと熱が伝わっていく。
「おい、二人とも! 近づきすぎるなよ!」
ユウトは得意げに言った。
「電気の力を使っているんだ。変なところに触れて、しびれたくなければ離れていろ!」
やがて、魚がこんがりと焼き上がった。
ゲイリーは出来上がった魚を見て、ふと気がついた。
「……あれ? 塩がないね」
彼はバックパックを探り、サバイバルキットの中に小さな塩の袋があるのを見つけた。
「これだ!」
三人は塩を振りかけ、焼きたての魚にかぶりついた。
「うまい!」
ゲイリーの顔が明るくなる。
「こんな場所で、こんなにおいしい魚が食べられるなんて!」
ユウトも満足そうにうなずいた。
「昨日知り合ったばかりなのに、もう一緒にキャンプしているんだもんな。俺たち、ずいぶん仲良くなるのが早いよな!」
「確かに、そうだな」
マテオは魚を食べる手を止め、静かに語り始めた。
「だが、私の師匠はこう言っていた。私たちが出会ったのは、偶然ではない。世界を守るために、互いを支え合う運命なのだと」
ゲイリーとユウトは、黙って彼の話を聞いていた。
「誰かが私たちを操ろうとしている。あの黒い液体も、その脅威の一部なのだろう。私たちは、その正体を突き止め、地球を守らなければならない」
マテオは拳を握った。
「私は妻と息子がいる。家族を残して死ぬわけにはいかないんだ」
彼の表情には、強い決意が浮かんでいた。
「君たちにも、守りたい人がいるだろう?」
ユウトは少し考えてから答えた。
「ああ。両親と、彼女がいる。俺の仕事で得た収入は、家族にとっても大切なものなんだ。特に母さんには、まだまだ心配をかけたくない」
そして、彼は照れくさそうに笑った。
「俺だって、簡単に代わりが見つかるような人間じゃないからな」
マテオが声を上げて笑った。
「ははは! それは頼もしいな!」
「それに、俺はスペイン王室の警護隊員でもある。自分の仕事には誇りを持っているんだ」
マテオは続けた。
「私は貧しい農家の出身だった。家族は裕福ではなかったが、勉強を続け、努力を重ねて、今の地位を手に入れた。家族に少しでも良い暮らしをさせたかったからな」
彼は炎の揺らめきを見つめた。
「だから、あんな黒いドロドロしたものに、私の人生を壊されてたまるものか!」
「黒いゼリーに負けるなんて、冗談じゃないよな」
ユウトも笑った。
二人の会話を聞きながら、ゲイリーは黙っていた。
自分にも、守りたい人がいる。
祖母。
ヒムラ。
そして、出会ったばかりなのに、自分を支えてくれる仲間たち。
つい数日前まで、彼は退屈な毎日を送る、孤独な少年にすぎなかった。
それなのに今は、世界の命運に関わるような旅をしている。
不思議なことに、以前ほど怖くはなかった。
もしかすると、自分は少しずつ変わり始めているのかもしれない。
ゲイリーは静かに空を見上げた。
そこには、どこまでも続く南極の夜空が広がっていた。
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## 剣との同調率
翌朝、午前七時半。
三人はテントを片づけ、南極点を目指して再び出発することにした。
頼りになるのは、軍から渡された方位磁針だけだった。
ゲイリーは出発前に、もう一度、自分の能力を試してみることにした。
「今度こそ……!」
彼は両手を前に突き出し、頭の中で雪原を走るための乗り物を思い描いた。
すると――
パキパキパキッ!
氷が形を変え、あっという間に一台の大きなそりが完成した。
「できた……!」
ゲイリーは目を輝かせた。
「やった! 今度は一発で成功したぞ!」
ユウトが感心したように口笛を吹いた。
「おお! 昨日とは大違いじゃないか!」
マテオもうなずいた。
「剣との同調率が上がっているんだろう」
「同調率?」
ゲイリーは首をかしげた。
マテオは自分の腕を見せながら説明した。
「私たちの剣は、持ち主との同調率によって力を発揮する。同調率は一パーセントから始まり、理論上は百パーセントまで上がると言われている」
「百パーセント!?」
「ただし、そこまで到達するのは極めて難しい。私は今、三十八パーセントほどだ」
「俺は二十七パーセントくらいだな」
ユウトが付け加えた。
ゲイリーは驚いた。
「でも、自分の同調率なんて、どうやって分かるの?」
「こうすればいい」
マテオは手首を差し出した。
そこには、普段は見えない不思議な紋章が浮かび上がっていた。
ゲイリーが手を近づけると、その紋章が反応するように輝いた。
そして、数字が表示された。
**同調率――5%。**
「五パーセント……?」
ゲイリーは数字を見つめた。
マテオは驚いた顔をした。
「これはすごいぞ。剣を手にして数日しか経っていないのに、もう五パーセントなのか?」
「そんなにすごいの?」
「私が二パーセントに到達するまで、何か月もかかったんだ。これは、ほとんど奇跡に近い」
ゲイリーは嬉しそうに笑った。
「そっか……! 僕にも、ちゃんとできるんだ!」
「もちろんだ」
マテオはそりの後方へ回った。
「さあ、出発しよう。まずは私が水の力でそりを押し出す」
三人はそりに乗り込み、南へ向かって滑り始めた。
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## 暴走するそり
マテオの水流によって、そりは雪原を猛烈な速度で滑走した。
白い大地が、次々と後方へ流れていく。
一日中、三人は休むことなく進み続けた。
しかし、長時間の移動でマテオの体力も限界に近づいていた。
「……そろそろ交代しよう」
マテオが息を切らしながら言った。
「次は俺の番だな」
ユウトが前へ出た。
彼は両手から電撃を放ち、周囲の空気を利用してプラズマを発生させた。
その力がそりを包み込む。
次の瞬間――
ドォォォォン!
そりは、先ほどまでとは比較にならない速度で雪原を駆け抜けた。
「うわああああっ!?」
ゲイリーは必死にそりの縁をつかんだ。
「ユウト! 速すぎるって!」
「大丈夫だ! このくらい、どうってことない!」
「全然、大丈夫じゃないよ!」
そりは猛烈な速度で雪と氷の上を滑っていく。
ゲイリーは氷の構造を維持しながら、必死にバランスを取ろうとした。
しかし、ついに限界が訪れた。
ガガガガッ!
そりが氷の起伏に乗り上げた。
「まずいっ!」
次の瞬間、そりが宙へ跳ね上がった。
そして――
ドッガァァァン!
三人はそりごと横転し、雪原を転がった。
「うわああああっ!」
雪煙が舞い上がる。
ようやく動きが止まったとき、ユウトとマテオは何とか起き上がった。
「いってて……! 大丈夫か、マテオ?」
「何とか……。ゲイリーは?」
二人は周囲を見回した。
そして、そりの前方で倒れているゲイリーを見つけた。
「ゲイリー!?」
ユウトが駆け寄った。
ゲイリーは意識を失っていた。
そりの先端にいたため、転倒したときの衝撃をまともに受けてしまったのだ。
「くそっ……!」
ユウトは唇をかみしめた。
「急いで、こいつを休ませないと……!」
二人はゲイリーを安全な場所へ運び、再びキャンプを設営することにした。
そのときだった。
バックパックの中から、通信機の呼び出し音が鳴り響いた。
ピピッ、ピピッ!
マテオが通信機を取り出した。
「こちらマテオ。聞こえますか?」
『こちらサブリ軍基地の医療班だ。ヒムラ氏の容態が悪化した。現在、再び集中治療室で治療を受けている』
「何だと……!?」
マテオの表情が険しくなった。
『君たちの任務はどうなっている?』
マテオは、移動中に起きた事故と、ゲイリーが意識を失っていることを説明した。
医療班は、救急キットに入っている刺激剤を使い、意識の回復を試みるよう指示した。
マテオとユウトは、指示に従って慎重に処置を行った。
しばらくして――
「……う……」
ゲイリーの指が、わずかに動いた。
「ゲイリー!」
ユウトが声をかける。
やがてゲイリーは、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは……?」
「よかった! 目を覚ましたか!」
マテオが安堵の息を吐いた。
しかし、ゲイリーはすぐに二人の表情から異変を感じ取った。
「……何かあったの?」
マテオは一瞬ためらった。
それでも、隠すことはできなかった。
「ヒムラが……再び集中治療室に入ったそうだ」
ゲイリーの表情が変わった。
「……そんな……」
彼はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「もう、時間がないんだ……」
ゲイリーは両手を前へ突き出した。
「今度は、もっと大きなそりを作る!」
氷がうなりを上げながら集まっていく。
数秒後、先ほどのものよりもはるかに大きく、頑丈なそりが完成した。
ゲイリーは二人を振り返った。
その目には、強い決意が宿っていた。
「みんなの力を合わせよう。できるだけ早く、南極点へたどり着くんだ!」
ユウトとマテオは顔を見合わせた。
そして、力強くうなずいた。
「分かった!」
「任せておけ!」
三人は再びそりに乗り込んだ。
今度は、それぞれの能力を同時に使う。
マテオが水流を生み出し、ユウトが電撃で推進力を加える。
そしてゲイリーが、そりの形状と氷の強度を維持した。
三つの力が重なった瞬間――
そりは、雪原を滑るというより、氷の上を飛ぶように進み始めた。
速度は、音速に迫るほどだった。
ゲイリーは風圧に耐えながら、氷の力を集中させた。
「みんな、頭を守って!」
彼は三人分の氷のヘルメットを作り出し、耳を保護する構造も加えた。
猛烈な風が吹きつける。
雪原が、白い光の帯となって後方へ消えていく。
三人は一気に南極の奥地へと進んでいった。
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## 氷の神殿
それから数時間後。
前方に、奇妙な建造物が姿を現した。
「……何だ、あれ?」
ゲイリーは思わず声を漏らした。
そこにあったのは、巨大な神殿だった。
まるで古代ギリシャの神殿を、そのまま氷で作り上げたかのような姿をしている。
白く透き通った柱が何本も並び、巨大な階段が神殿の入口へと続いていた。
その周囲には、無数の石像のようなものが並んでいた。
ゴーレムだった。
どれも人間をはるかに超える大きさで、四メートル以上の高さと、二メートルを超える幅がある。
その姿は、まるで神殿を守る兵士のようだった。
「……あんなものが、南極にあったなんて」
マテオが息を呑んだ。
「とにかく、速度を落とそう。何が起こるか分からない」
ゲイリーはそりを減速させた。
そして、手元の方位磁針を確認する。
針が、ぐるぐると不規則に回転していた。
「……おかしいな」
彼は何度も方位磁針を見直した。
だが、針はまったく安定しない。
ユウトが周囲を見渡した。
「もしかして……ここが目的地なのか?」
ゲイリーは神殿を見上げた。
「どうやら……そのようだね」
三人はそりを降り、神殿へ向かって歩き始めた。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
地面が揺れた。
「な、何だ!?」
ユウトが振り返る。
それまで静止していたゴーレムたちが、ゆっくりと動き始めていた。
氷と岩でできた巨大な体が軋み、赤く光る目が三人を捉える。
一体。
二体。
十体。
そして、視界に収まりきらないほどの数のゴーレムが、次々と動き出した。
「冗談だろ……!?」
マテオが声を上げた。
ゴーレムたちは、巨大な腕を振り上げ、三人へ向かって進み始めた。
ドンッ!
地面が大きく揺れる。
一体だけでも十分な脅威なのに、相手は数百体にも及んでいた。
「逃げろ!」
ゲイリーが叫んだ。
三人は左右に散り、迫り来る巨体を避けながら走り出した。
ゴーレムの攻撃は動きこそ遅かったが、その数があまりにも多かった。
一体の拳を避ければ、別の一体が行く手を塞ぐ。
横へ逃げれば、別の腕が頭上から振り下ろされる。
「くそっ! これじゃ、まともに戦えないぞ!」
ユウトが叫んだ。
マテオも水の力を使って攻撃をかわしていたが、次第に逃げ場がなくなっていく。
「数が多すぎる! 正面から戦うのは無理だ!」
ゲイリーは息を切らしながら、周囲を見回した。
どうすればいい?
氷の力で戦うべきか。
それとも、神殿の中へ逃げ込むべきか。
だが、どちらを選んでも、このままでは仲間たちが危険にさらされる。
そのときだった。
ゲイリーの頭の中に、聞き覚えのない声が響いた。
――力を求めるのなら、代償を払え。
ゲイリーの足が止まった。
「……え?」
周囲の喧騒が、遠のいていく。
巨大なゴーレムたちが迫っているにもかかわらず、彼の意識はその声に引き寄せられていた。
声は、再び語りかけてきた。
――お前が真の力を手に入れたいのなら……
一瞬の沈黙。
そして、告げられた言葉は、ゲイリーの心を凍りつかせた。
――**今、お前のそばにいる仲間たちを犠牲にしろ。**
「……何だって?」
ゲイリーは目を見開いた。
目の前では、仲間たちが必死に敵と戦っている。
そして、謎の声は、なおも彼の心に語りかけていた。
――選べ、ゲイリー・ツキナワ。
――仲間か。
――それとも、力か。




