第4話――電撃の嵐がやって来る
テレビのニュースを見終えたあと、ヒムラは一つの決断を下した。
「次の敵が現れるまで、少し時間がある。その間に、訓練をしておこう」
ゲイリーは俯いた。
どうやら、あまり乗り気ではないらしい。
「……僕、また戦うんですか?」
ヒムラは黙ってゲイリーを見る。
ゲイリーは拳を握りしめた。
「ガヤは……僕のせいで怪我をした」
声が少し震える。
「次は誰が傷つくんですか? もし、もっと酷いことになったら……誰かが死んだら……」
ゲイリーは顔を上げた。
「全部……僕が『選ばれた者』だからですか?」
ヒムラはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと歩き始める。
「……ついて来い」
「え?」
「話は歩きながらだ」
二人は森の奥へと向かった。
やがて、木々が途切れた。
そこには、以前の戦いによって荒れ果てた広場があった。
ヒムラは立ち止まり、ゲイリーを振り返る。
「私は、お前を『選ばれた者』だからという理由だけで戦わせているわけではない」
「……」
「ガヤの命を危険にさらすつもりもない。もちろん、お前の命も、私自身の命もだ」
ヒムラの声は真剣だった。
「もし私が何の根拠もない妄想に取りつかれているだけなら、こんなことはしていない」
ゲイリーは黙って聞いていた。
「私は、お前を一人で立てるようになるまで導く。そのために、今の私が持っている知識をお前に伝える」
ヒムラはゲイリーの腰にある剣を見る。
「その剣は祝福にもなれば、呪いにもなる」
「……祝福にも、呪いにも?」
「ああ」
ヒムラは静かに答えた。
「結局、それを決めるのはお前自身だ」
その言葉を聞いて、ゲイリーは剣に手を伸ばした。
しかし――。
「……ん?」
足元に、何かがあった。
黒い液体。
地面の一部に、小さな水たまりのように広がっている。
「師匠……これ、何ですか?」
ヒムラの表情が変わった。
「近づくな!」
「え?」
次の瞬間だった。
黒い液体が突然、動いた。
まるで意思を持っているかのように、ゲイリーの足へと這い上がってくる。
「うわっ!」
ゲイリーは慌てて後ろへ下がった。
しかし、間に合わない。
黒い液体は足から身体へと広がり――
そのまま目と耳から、体内へ入り込んだ。
「ゲイリー!」
ゲイリーの身体が大きく震える。
「う……あ……」
瞳の青が、ゆっくりと黒く染まっていく。
目の周囲には黒い筋が浮かび上がった。
「ゲイリー! 抵抗しろ!」
しかし、ゲイリーは答えない。
さっきまで怯えていた表情が消える。
そして――
まるで別人のような、冷たい表情になった。
「……」
ゲイリーはゆっくりと顔を上げる。
ヒムラへ向かって歩き始めた。
「ゲイリー!」
ゲイリーは突然、ヒムラへ襲いかかった。
「くっ!」
ヒムラは攻撃をかわす。
ゲイリーはそのまま、ヒムラの腰にある刀へ手を伸ばした。
「その刀は……!」
ヒムラが身構えた、その瞬間。
ゲイリーの手が剣に触れた。
――ドンッ!!
凄まじい冷気が爆発した。
一瞬で周囲の空気が凍りつく。
そして、ゲイリーの身体を中心に巨大な氷の球体が形成された。
「なっ……!」
ヒムラが目を見開く。
氷の内部から、ゲイリーではない声が響いた。
「――NOOOOOO!!」
それは、二重に重なったような不気味な声だった。
「この身体では……弱すぎる……!」
「拒絶された……!」
「こんな身体では……耐えられない……!」
黒い液体が、氷の中から押し出されていく。
やがて、それは一つの球体となって空中へ浮かび上がった。
「……これは」
ヒムラは目を細める。
黒い液体は氷の球体に閉じ込められていた。
そして――
「……う……」
ゲイリーがゆっくりと目を開けた。
「ここ……どこ?」
「ゲイリー!」
ヒムラが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「……師匠?」
ゲイリーは自分の身体を確認する。
どうやら、もう元に戻っている。
ヒムラはすぐに倉庫へ向かった。
そして、鋼鉄製の携行缶を持って戻ってくる。
「これに入れるぞ」
「え?」
二人で慎重に黒い液体を携行缶へ移す。
そして――
ゲイリーが剣をかざした。
パキパキパキッ!
携行缶全体が分厚い氷に覆われる。
「これでしばらくは大丈夫だろう」
ヒムラはそう言った。
二人は凍らせた携行缶を城の地下へ運び、厳重に封印された部屋へと入れた。
さらに、その周囲を氷で固める。
その地下には、数日前にゲイリーを襲った謎の剣士もいた。
彼はまだ眠ったままだ。
「……あいつも、まだ起きないんですね」
「そうだな」
ヒムラは短く答えた。
ゲイリーは黒い液体を見つめた。
「師匠……たぶん、あいつの弱点は氷です」
「どうしてそう思う?」
「僕の中に入ったとき……すごく嫌がっていました」
ゲイリーは自分の腕を見る。
「夢を見ていたんです」
「夢?」
「はい……」
ゲイリーの顔が少し青ざめる。
「みんなが死んでいて……僕が、みんなを殺したみたいになっていた」
「……」
「手には血がついていて……」
ゲイリーはしばらく黙った。
「そして、液体でできた怪物が僕に言ったんです」
『後悔するな』
「全部、意味があることだ……って」
ヒムラは黙って聞いていた。
ゲイリーは腰の剣を見る。
「でも……僕を助けてくれたのは、この剣だったんだと思います」
「……」
「この剣には、もしかしたら……意思があるんじゃないでしょうか」
ヒムラは少しだけ目を細めた。
「ならば、それを覚えておけ」
「え?」
「これからの戦いで、お前自身の力だけではどうにもならない時が来るかもしれん。その時、この剣が何を選ぶのか……それを理解する必要がある」
ゲイリーは剣を見つめた。
そして――
小さく頷いた。
「……はい」
◆
二人は再び森の外れにある広場へ戻った。
ヒムラは一本の刀を取り出した。
それは普通の刀とは明らかに違っていた。
幅が広く、刀身はまるで分厚い鉄板のようだ。
その厚さは、およそ十センチもある。
「それ……刀なんですか?」
「そうだ」
ヒムラは何事もないように答えた。
「私の愛刀だ」
ゲイリーは驚いた。
「こんなの……どうやって使うんですか?」
「慣れればいい」
「いや、そういう問題じゃ……」
ヒムラは無視した。
「ガヤから基本的なことは教わっているな?」
「はい。少しだけ」
「ならば、今日から本格的に剣道を教える」
「剣道……?」
「ああ」
ヒムラはゲイリーの剣を見る。
「お前の剣は氷の力を持っている。氷を作り出し、武器として使うこともできる」
「はい」
「しかし、戦うたびに氷の力だけに頼っていては危険だ」
ヒムラは刀を構えた。
「戦争になった今なら、なおさらだ」
「戦争……」
その言葉が、ゲイリーの胸に重く響いた。
ヒムラは続ける。
「平和な時代なら、お前の力は人々を助けるためにも使えただろう」
「……」
「例えば、アフリカやインドの一部では、異常な暑さを和らげるために使うこともできる」
ゲイリーは自分の剣を見る。
「でも……今は違う」
「そうだ」
ヒムラは頷いた。
「今は、敵と戦わなければならない」
その日から、訓練が始まった。
剣の構え。
足の運び。
攻撃。
防御。
そして、相手との間合い。
ゲイリーは何度も転び、何度も立ち上がった。
氷の力を使わず、自分自身の身体だけで戦う。
それは、想像以上に難しかった。
時間は流れていく。
一時間。
二時間。
三時間――。
そして、訓練開始から約三時間半が経った頃。
「ゲイリー!」
遠くから声が聞こえた。
「ガヤ?」
ゲイリーが振り返る。
ガヤが息を切らしながら走ってきた。
「大変!」
「どうしたの?」
「地下にいた男が……目を覚ましたの!」
「えっ!?」
ゲイリーとヒムラは顔を見合わせた。
そして、急いで城へ戻った。
◆
「……ここは?」
地下室。
そこにいた男は、驚くほど落ち着いていた。
数日前、ゲイリーを襲った時とはまるで別人だ。
「落ち着いてください」
ヒムラが声をかける。
男はスペイン語で何かを話した。
ヒムラは眉をひそめる。
「世界共通語で話してくれ」
「ああ……すまない」
男は少し困ったように答えた。
「ここはどこだ?」
ゲイリーが答える。
「西サブリッドです」
「サブリッド……?」
男は周囲を見回す。
「そうか……」
しばらく考えたあと、彼は記憶を話し始めた。
「私は……農村を助けていた」
「農村?」
「世界各地で干ばつに苦しんでいる人々を見てきた。私の力なら、雨を降らせることができる」
ゲイリーは驚いた。
「あなたも……剣士なんですか?」
男は頷いた。
「ああ」
「では、どうして僕を襲ったんですか?」
「それが……分からない」
男は頭を抱える。
「農民たちを助けていたところまでは覚えている。その後の記憶がない」
ヒムラが口を開いた。
「おそらく、お前はあの黒い液体……寄生体に感染していた」
「寄生体?」
「我々はそう考えている」
ヒムラは地下の奥を見る。
「今は凍らせて封じてある」
男はしばらく黙っていた。
そして立ち上がろうとする。
「なら、もうここを出てもいいだろう」
「待て」
ヒムラが止める。
「私は次の敵と戦わなければならない」
男の表情が変わった。
「次の敵?」
「雷の剣士だ」
男は少し考える。
「……あいつか」
「知っているのか?」
「ああ」
男は真剣な顔になった。
「あいつは、私とは次元が違う」
ゲイリーが息を呑む。
「そんなに強いんですか?」
「あいつは、もう八年近くその剣を使っている」
「八年……」
「シンクロ率も非常に高い」
男は続けた。
「私の師匠も言っていた。雷の剣士は、私にとって最大の弱点になるだろうと」
「どうして?」
「電気は水を通るからだ」
ゲイリーは考え込む。
「じゃあ……」
そして、申し訳なさそうに言った。
「あなたが戦ったら、逆に危険なんじゃ……」
男は黙った。
ゲイリーは続ける。
「また寄生体に感染する可能性もあります」
「……」
「だから、あなたはここで待っていてください」
ゲイリーは地下室の外を見る。
「僕たちで何とかします」
男は少し驚いたような顔をした。
「お前……」
「僕も戦います」
ゲイリーは剣を握った。
「今度は、誰も傷つけさせません」
ヒムラはその言葉を聞いて、静かにゲイリーを見た。
男が尋ねる。
「お前は、剣士になってどれくらいだ?」
「僕ですか?」
ゲイリーは考える。
「……まだ、ほんの少しです」
すると男が笑った。
「私は三年だ」
「三年!?」
「剣士になったのは四十を過ぎてからだ」
ゲイリーは目を丸くした。
「そんな年齢から……?」
「遅すぎるということはない」
男は穏やかに答えた。
「私は力を隠しながら、人々を助けてきた。アフリカへ行ったこともある」
「どうして隠していたんですか?」
「マスコミや軍に知られれば、面倒なことになるからな」
ヒムラが話を終わらせる。
「十分だ」
「……」
「今は次の敵への対策を考える」
男はヒムラを見る。
「私はいつまでここにいる?」
「お前が危険ではないと確信できるまでだ」
「……分かった」
◆
その後、ヒムラはゲイリーに言った。
「寄生体を、もっと安全な場所へ移す」
「はい」
二人は凍らせた携行缶をピックアップトラックへ積み込んだ。
向かった先は――
この地域にある軍事施設だった。
「ナカニ博士に会う」
ヒムラが言う。
「知り合いなんですか?」
「ああ。二十年ほど前からの友人だ」
軍事施設に到着すると、ヒムラはすぐに一人の老人を探した。
「ナカニ博士はいるか?」
「ヒムラ!?」
白衣姿の老人が現れる。
「久しぶりだな!」
「相変わらず元気そうだな、ナカニ」
「お前こそ。軍を辞めてから、ずいぶん姿を見せなかったじゃないか」
ヒムラは少しだけ黙った。
「戦争が終わった後、私は軍を辞めた」
「家族のためか?」
「妻と子供たちがいたからな」
ナカニは笑う。
「たまには遊びに来ればいいのに」
「……考えておこう」
ヒムラは携行缶を見せる。
「今日は頼みがある」
ナカニの表情が変わった。
「これは?」
「黒い液体だ。寄生体だと思われる」
「寄生体?」
「ゲイリーに取りついた」
「……!」
ヒムラは事情を説明した。
「現在確認できている弱点は、低温だけだ」
ナカニは凍りついた携行缶を慎重に観察する。
「分かった。分析してみよう」
しかし、その時だった。
ナカニの通信機が鳴った。
「……何?」
通信を聞いたナカニの顔が険しくなる。
「まずい」
「どうした?」
「太平洋を横断している電気異常現象が、予想以上の速度で接近している」
「どれくらいだ?」
「二時間もない」
ゲイリーの顔が強張った。
「そんなに早く……?」
「絶縁装備を購入している時間もないな」
ナカニはすぐに立ち上がった。
「来い。軍の倉庫に行く」
三人は軍の倉庫へ向かった。
そこには、電気を通しにくい特殊な戦闘用スーツが保管されていた。
「これを使え」
「軍の装備……?」
「許可は私が取る」
ナカニはさらに、古い飛行場の使用許可まで取り付けた。
しかし――
そこへ向かっている途中、ナカニの通信機が再び鳴った。
「……何だって?」
今度の報告は、さらに深刻だった。
「異常現象が……都市に到達した」
「!」
「北西部の住宅が一軒、破壊された」
「もう戦闘が始まったのか?」
「いや……」
ナカニは空を見上げる。
「異常現象そのものが、巨大な嵐に変化している」
激しい雨。
そして――
雷。
轟音が空を震わせる。
ゲイリーは嫌な予感を覚えた。
「師匠……」
ヒムラは黙っていた。
そして、何かを思い出したように顔を上げる。
「……そうか」
「どうしたんですか?」
「以前、水の剣を隠した場所がある」
「水の剣?」
「北西部の廃屋だ」
ヒムラの表情が険しくなる。
「もし敵がそこへ向かっていたのなら……」
「二本の剣を持っている可能性がある」
ゲイリーは息を呑んだ。
「雷の剣と……水の剣」
「ああ」
ヒムラは頷いた。
「奴は水の剣にはまだ慣れていないだろう。しかし――」
「雷の剣は?」
「プロだ」
その言葉だけで、ゲイリーにも相手の危険性が伝わった。
「なら……早く倒さないと」
「ああ」
空が暗くなっていく。
遠くで雷鳴が轟いた。
ゴロゴロゴロ……。
雨が激しくなっていく。
そして――
空の彼方から、一筋の雷が落ちた。
ドォォォン!!
ゲイリーは剣を抜いた。
身体を低くする。
戦闘態勢。
そして、小さく呟いた。
「……頭を凍らせればいいだけだ」
その瞬間。
雷鳴とともに、空中に人影が現れた。
地上から約五十メートル。
一人の男が、宙に浮かんでいる。
頭にはフード。
身体には赤いロングコート。
そして――
両手には一本ずつ、二本の剣。
右手には――
雷の剣。
左手には――
水の剣。
男の周囲では、無数の稲妻が走っていた。
ゲイリーはその姿を見上げる。
「……来た」
次の瞬間。
空が、雷光に包まれた。
――決戦が始まる。
**――第4話・完――**
気に入っていただけましたら、ぜひコメントをお願いします!




