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戻りたい場所

昼休みの中庭には穏やかな空気が流れていた。

風に揺れた木々の葉が柔らかな音を立て、木漏れ日が石畳の上にまだらな影を落としている。

本来なら気持ちの良い時間だったのだろう。

けれど最近の私は、そんなことを感じる余裕さえなくしていた。

「そういえば覚えてる?」

隣に座っていたミアが、不意にそんなことを言った。

「何を?」

「去年の文化祭」

私は顔を上げる。

「もちろん覚えてるわ」

「あの時、準備で遅くなった日にさ」

ミアは少し懐かしそうに笑った。

「皆で食堂に残って、お菓子食べながら飾り作ったじゃない」

思わず笑みが零れそうになる。

そんなこともあった。

結局ほとんど作業は進まなかったのに、どうでもいい話で盛り上がっていた気がする。

「あの時のセシリア、すごく楽しそうだったなって」

「そうだったかしら」

「うん」

ミアは頷いた。

「なんだかキラキラしてた」

私は少しだけ視線を落とす。

以前の私はどうだっただろう。

文化祭だけじゃない。

友人達とのお茶会も。

休日の買い物も。

小さな予定一つで浮き立つことができていた。

「最近は?」

気付けば続きを促していた。

ミアは少し困ったように笑う。

「最近のセシリアは」

一度言葉を探すように空を見上げる。

「無理してるように見える」

責める声ではなかった。

ただ心配しているだけなのだと分かる。

だからこそ胸が痛んだ。

「ごめん」

思わず口を突いて出た言葉に、ミアは目を丸くする。

「だから何で謝るの」

「心配掛けてるから」

「それは別にいいよ」

ミアは肩を竦めた。

「親友なんだから」

あまりにも当たり前のように言われて、胸の奥が温かくなる。

ミアは少しだけ笑った。

「ただ」

「なに?」

「また一緒に笑えたらいいなとは思う」

その言葉に、私は何も返せなかった。

返せなかったけれど、その言葉は不思議なくらい胸に残った。


***


寮へ戻った後も、ミアとの会話を何度も思い出していた。

前の私。

そんなことを考えたのは久しぶりだった。

以前の私はもっと周りを見ていた気がする。

友人達とのお茶会を楽しみにしていたし、休日の予定を考えるだけでわくわくした。

些細なことに笑い、些細なことで落ち込んでいた。

当たり前の日々を、ちゃんと楽しめていた。

それなのに今は違う。

何をしていても、一つの考えばかりが頭を占めている。

リオ様のこと。

エレノア様のこと。

叶わなかった想いのこと。

気付けば毎日そこから動けなくなっていた。

失恋したことは辛い。

けれど、本当に辛いのはそれだけではない。

私はその痛みに囚われるあまり、他の大切なものまで見失いかけていた。

友人達との時間も。

穏やかな日常も。

ずっと支えてくれていたミアの優しさも。

全部そこにあるのに、ちゃんと向き合えていない気がした。


窓の外へ視線を向ける。

月明かりに照らされた庭は静かだった。

こんな景色ですら、最近はゆっくり眺めていなかったことに気付く。

私は小さく息を吐いた。

前みたいに笑いたい。

ミアとくだらない話で笑い合い、友人達との時間を心から楽しめていた頃のように。

毎日を当たり前に大切だと思えていた、あの頃の自分に戻りたかった。

その願いを認めた瞬間、不意に魔女の噂が頭をよぎった。

そんな話を信じているわけではない。

それでも、もし本当に願いが叶うのならと思わずにはいられなかった。


***


翌日の放課後、私は一人で学園を後にした。

西へ傾いた陽が街を柔らかな茜色に染めている。

ここへ来るまで何度も考えた。

それでも答えは変わらなかった。

街を抜け、人通りの少ない道へ入る。

やがて石畳は土の道へ変わり、耳に届くのは風に揺れる木々の音だけになる。

不安がないわけではない。

本当に魔女がいるのかも分からない。

けれど足は止まらなかった。

失った恋を取り戻したいわけではない。

ただ、このまま立ち止まったままの自分ではいたくなかった。

森の奥へ進むにつれ、周囲はますます静かになっていく。

やがて木々が途切れ、その先に小さな家が現れた。

森の中にひっそりと佇むその家は、まるで昔からそこにあったかのように静かだった。

窓から漏れる灯りだけが、薄暗い森を淡く照らしている。

私は足を止める。

願いを叶える魔女の家だと語られていた場所は確かに目の前にあった。

胸の前で握った手にそっと力を込めながら、私はその扉を見つめた。

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