親友
教室であの言葉を聞いてから、数日が過ぎていた。
私はリオ様に会っていなかった。
もちろん、同じ学園にいる以上どこかですれ違っていたかもしれない。
けれど、自分から会いに行くことはしていない。
正確には、会わないようにしていた。
顔を見れば、きっと私は何事もなかったように笑ってしまう。
傷付いていないふりをしてしまう。
だから少しだけ距離を置こうと思った。
気持ちを整理するために。
それなのに、胸の奥の痛みは少しも薄くなってくれなかった。
昼休み。
いつものように食堂で席に着くと、向かいに座っていたミアがじっとこちらを見つめていた。
「何?」
私が首を傾げると、ミアは小さくため息を吐いた。
「セシリア、最近変」
「そうかしら」
「そう」
ミア・ランドルフは一年生の頃からの親友だった。
明るくて面倒見が良く、誰にでも優しい。
そして妙に鋭い。
「ちゃんと寝てる?」
「寝てるわ」
「嘘」
「嘘じゃないわよ」
「目の下に薄く隈がある」
思わず目元へ手をやる。
それを見たミアが呆れたように笑った。
「やっぱり」
言葉に詰まる。
最近あまり眠れていないのは事実だった。
目を閉じるたびに思い出してしまう。
教室で聞いた言葉を。
リオ様の声を。
あの時の笑い声を。
「何かあった?」
ミアが心配そうに聞いてくる。
私は慌てて首を振った。
「何もないわ」
「本当に?」
「本当に」
笑顔を作る。
けれどミアは納得していないようだった。
優しい瞳が私を見つめている。
その優しさが、少しだけ苦しかった。
勝手に失恋して勝手に傷付いているなんて、知られたくなかった。
「まあいいけど」
やがてミアは肩を竦めた。
「でも辛くなったらちゃんと話してよ」
「ありがとう」
「親友だからね」
そう言って笑う。
その笑顔に救われた気がした。
***
その日の放課後だった。
私とミアは図書館からの帰り道を歩いていた。
課題の話や次の休日の予定など、他愛もない会話をしながら廊下を進んでいた時、不意にミアが足を止める。
「どうしたの?」
私が尋ねると、ミアは少し言いづらそうな顔をした。
その視線の先を追った瞬間、私も息を呑む。
少し離れた場所にリオ様がいた。
そして、そのすぐ隣にはエレノア様。
二人は並んで歩きながら楽しそうに話していた。
胸が苦しくなる。
私は慌てて視線を逸らした。
心の奥がじくじくと痛んだ。
「行こう」
「セシリア」
「大丈夫だから」
自分でも苦しい言い訳だと思った。
けれど立ち止まって見続けることなどできなかった。
早くその場を離れたかった。
しかしミアは納得していない様子だった。
「あの黒髪の人、最近よく見ない?」
「そう?」
「リオ様と一緒にいるところ」
胸の奥が小さく痛む。
私は平静を装いながら答えた。
「仲の良い友人なんじゃないかしら」
「うーん……」
ミアは首を傾げたが、それ以上は何も言わなかった。
けれど、その横顔はどこか不満そうだった。
***
夕食の時間になった。
私は目の前のスープを見つめていた。
食欲がない。
無理に食べようとしても、なかなか口へ運べなかった。
「セシリア」
向かいの席に座るミアが心配そうに覗き込んでくる。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ」
「今日それ何回目?」
思わず苦笑してしまう。
心配を掛けているのは分かっていた。
それでも理由は言えなかった。
ミアはしばらく私を見つめていたが、やがて小さくため息を吐く。
「無理だけはしないでね」
「ありがとう」
そう答えたものの、その日の夕食もほとんど食べられなかった。
***
休日にミアと買い物へ出掛けた帰り道。
商業区の一角で二人を見掛けた。
人混みの向こうで二人が立ち止まる。
エレノア様が店先を指差した。
何かを話しているらしい。
リオ様が応える。
するとエレノア様は驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。
遠くて声は聞こえない。
けれど。
とても楽しそうだった。
恋人みたいだ。
そんな考えが頭をよぎる。
私は慌てて首を振った。
「セシリア?」
ミアが心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫」
何とか言えた。
決め付けるのは良くない。
そう自分へ言い聞かせる。
それでも胸は苦しかった。
***
自室へ戻った私は机の引き出しを開いた。
奥にしまってある小さな木箱を取り出す。
幼い頃から大切にしている宝箱だった。
蓋を開く。
貝殻。
花冠の一部。
色褪せたリボン。
どれもリオ様との思い出ばかりだった。
貝殻を指先でそっと撫でる。
十歳の夏。
湖畔で拾ったあの日のことを思い出した。
『セシリア、これやるよ』
『いいの?』
『欲しそうな顔してたから』
たったそれだけのやり取りだった。
それでも私は何年も大切にしてきた。
思い出せば思い出すほど苦しくなる。
好きだったから。
今も好きだから。
「セシリア?」
不意に声がして振り返る。
部屋の扉の前にミアが立っていた。
「ミア?」
「最近ずっと変なんだから」
ミアは呆れたように言った。
「眠れてないし、食べてないし、笑顔も無理してるし」
図星だった。
「少しは親友を信用してよ」
ミアは少し困ったように笑う。
「心配だったんだよ」
そして机の上の木箱を見る。
私を見る。
何かに気付いたようだった。
「……ねえ」
ミアは私の隣へ腰を下ろした。
「本当に大丈夫?」
その声はどこまでも優しかった。
私は答えようとした。
いつものように笑って、「大丈夫」と言うつもりだった。
けれど駄目だった。
喉の奥が詰まる。
視界がぼやける。
気付けば涙が頬を伝っていた。
慌てて拭っても、次から次へと溢れてくる。
「ごめん……」
かすれた声でそう言うと、ミアは困ったように笑った。
「だから、なんで謝るの」
そして何も聞かずに私の背中へ手を添える。
ただそれだけなのに、張り詰めていたものが一気に崩れた。
私は声を殺して泣いた。
ミアは最後まで何も聞かなかった。
ただ黙って隣にいてくれた。
その温かさが嬉しくて、かえって涙は止まらなくなった。




