少しずつ離れていく距離
王立学園へ入学して最初の頃、私は毎日が楽しくて仕方なかった。
広い校舎も、美しい庭園も、王都の華やかな街並みも、全てが新鮮だった。
もちろん不安もあった。
けれど、それ以上に楽しみの方が大きかった。
何といっても、リオ様が同じ学園にいるのだ。
授業こそ別だったが、会おうと思えばいつでも会える。
私はそう信じていた。
実際、一年目の前半はそうだった。
放課後になれば一緒にお茶を飲む。
休日には王都の街へ出掛ける。
学園で起きた出来事を話し合い、新しく出来た友人の話を聞き、お互いの近況を報告し合う。
その時間がとても楽しかった。
ある日の放課後、私達は学園近くのカフェへ来ていた。
「図書館へ行ってきたんです」
紅茶のカップを両手で包みながら言うと、リオ様が顔を上げた。
「どうだった?」
「本がたくさんありました」
「図書館だからな」
「分かっています。でも想像以上だったんです」
思わず反論すると、リオ様は楽しそうに笑った。
「面白い本は見つかったか?」
「はい。歴史書なんですけれど、とても興味深くて」
そうして話し始めれば、あっという間に時間が過ぎる。
私はこういう時間が好きだった。
領地にいた頃と変わらない時間。
これから先も続いていくと思っていた時間だった。
けれど一年が過ぎる頃から、少しずつ変化が現れ始める。
最初に気付いたのは、リオ様の周囲に集まる人が増えたことだった。
もともと誰とでも親しくなれる人だった。
気さくで話しやすく、面倒見も良い。
だから友人が増えること自体は不思議ではない。
男子生徒だけでなく女子生徒とも自然に会話している姿を見掛けるようになった。
私はそのこと自体を気にしていなかった。
リオ様は昔から人気者だったのだから。
ただ、気付けば二人で過ごす時間は少しずつ減っていた。
約束の日だった。
私は学園の中庭に面したカフェテラスで待っていた。
窓際の席に座り、運ばれてきた紅茶を眺める。
約束の時間を十分ほど過ぎた頃、一人の男子生徒が近付いてきた。
見覚えのある顔だった。
確か、リオ様と同じクラスの方だ。
「セシリア嬢ですよね」
「はい」
「リオから伝言です」
その言葉を聞いた瞬間、何となく察してしまった。
「友人達に誘われたから今日は来れないそうです」
胸の奥が少しだけ沈む。
けれど私は微笑んだ。
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「いえ。ちょうどこちらへ来る用事があったので」
男子生徒は頭を下げて去っていった。
私は一人で紅茶へ口を付ける。
少しぬるくなっていた。
友人付き合いが大切なのは分かっている。
私だって学園で友人が出来た。
だから責める気持ちはなかった。
それでも寂しくないと言えば嘘になる。
その日は一人でお茶を飲み終え、寮へ戻った。
それから同じようなことが何度か続いた。
急な誘いが入る。
別の日にしてほしいと言われる。
予定が延期になる。
もちろん会えば今まで通りだった。
「この前は悪かったな」
別の日に会った時、リオ様は申し訳なさそうに言った。
「そんなに気にしていません」
「本当か?」
「本当です」
そう言うと、リオ様はほっとしたように笑った。
その顔を見ると、責める気持ちなど消えてしまう。
私はリオ様が好きだった。
だから困らせたくなかった。
寂しいなんて言いたくなかった。
重いと思われたくなかった。
だからいつも笑った。
「また今度お茶をしましょう」
「ああ」
それで話は終わる。
夜、寮の自室へ戻った私は机の引き出しを開いた。
奥には小さな木箱が入っている。
幼い頃から大切にしている宝箱だった。
湖で拾った貝殻。
色褪せたリボン。
花冠の一部。
木を削って作られた小鳥。
どれもリオ様との思い出ばかりだった。
私は貝殻を手に取る。
十歳の夏、湖畔で拾ったものだった。
『セシリア、これやるよ』
『いいんですか?』
『欲しそうな顔してたから』
たったそれだけのやり取り。
それでも私は何年も大切にしている。
自分でも少し可笑しいと思う。
けれど、それくらい好きだった。
昔からずっと。
だからこそ寂しかった。
学園へ来る前は、もっと一緒にいられると思っていたから。




