隣領地の幼馴染
私がリオ様と初めて会った日のことは覚えていない。
けれど、物心が付いた頃には隣にいるのが当たり前だった。
フローラント伯爵家とウェルナー子爵家は古くから親交があり、領地も隣接している。両家の交流は頻繁で、気が付けば私達はいつも一緒に遊んでいた。
春には花畑を駆け回り、夏には川で遊び、秋には木の実を拾い、冬には雪を投げ合う。
幼い頃の思い出を振り返れば、どの景色にもリオ様がいた。
そして、その中でも特別な思い出がある。
七歳の夏だった。
両家で領地の丘へ遊びに行った日のことだ。
大人達から少し離れた場所で、私達は草原に寝転がって空を見上げていた。
青空には白い雲が流れている。
風が気持ちよくて、まぶたが重くなってしまいそうな穏やかな午後だった。
「なあ、セシリア」
「なぁに?」
隣を見ると、リオ様も空を見上げたままこちらへ顔を向けていた。
「俺達ってさ」
「うん」
「ずっと一緒にいるよな」
私は迷わず頷いた。
当然だった。
その頃の私にとって、リオ様が隣にいるのは空気のように当たり前のことだったから。
「もちろん」
「そうだよな」
リオ様は少しだけ考えるような顔をした。
そして、
「じゃあ、大きくなったら結婚するか?」
私はぱちぱちと瞬きをした。
結婚
言葉は知っていたけれど詳しい意味まではよく分かっていなかった。
当時の私には少し難しい話だったと思う。
それでも一つだけ分かることがあった。
結婚したら、ずっと一緒にいられるのだ。
「する!」
迷う理由なんてなかった。
リオ様は満足そうに笑う。
「よし。約束な」
「約束!」
小指を絡める。
それだけの約束だった。
両親達は笑っていたし、もちろん正式な婚約でも何でもない。
子供同士の他愛ない口約束。
それだけだったのだろう。
それでも、私はずっと忘れなかった。
あの日の空も、
吹いていた風も、
絡めた小指も、
全部。
大切な宝物みたいに胸の中へしまっていた。
だからだろうか。
気付けば、リオ様を見るだけで嬉しくなるようになった。
名前を呼ばれるだけで胸が弾み、一緒にいるだけで幸せな気持ちになった。
十歳の頃には、そんな感情がすっかり当たり前になっていた。
「セシリア、また転んだのか」
春の庭園で花を追い掛けて走っていた私は、見事に足をもつれさせて芝生の上へ転がっていた。
怪我はない。
それでも駆け寄ってきたリオ様は呆れたようにため息を吐く。
「走る時くらい前を見ろよ」
「だって、お花が綺麗だったんだから」
「だからって前見ない理由にはならないだろ」
そう言いながら、当然のように手を差し出してくれる。
私はその手を取った。
ぐっと引き上げられる。
昔から変わらない温かい手だった。
「ありがとう!」
「次は気を付けろよ」
「うん?」
生返事をすると、
「絶対しない顔だな」
思わず笑ってしまう。
するとリオ様も笑った。
昔からそうだった。
私が困れば助けてくれる。
泣けば慰めてくれる。
転べば手を差し伸べてくれる。
だから私は、リオ様が大好きだった。
その感情が恋なのだと気付いたのは、もう少し後になってからだったけれど。
自覚した時も不思議と驚かなかった。
ああ、やっぱりそうだったんだ。その程度だった。
リオ様を好きになることは、私にとってあまりにも自然なことだったから。
やがて十五歳の春が訪れる。
私達は揃って王立学園へ入学することになった。
三年間の寮生活。
故郷を離れ、王都で暮らすことになる。
出発の日、屋敷の前には両家の家族が集まっていた。
「体調には気を付けるのよ」
お母様が何度目か分からない言葉を口にする。
「大丈夫です、お母様」
「セシリアは無理をするから心配なのよ」
「まったくだ」
お父様まで同意した。
すると、横から聞き慣れた声がする。
「俺が見てるから平気だろ」
振り向けばリオ様が立っていた。
「同じ学園なんだし」
「困ったことがあったら言えよ」
何気ない言葉だった。
けれど、それだけで胸が温かくなる。
「はい」
そう答えるのが精一杯だった。
顔を上げたら、きっと頬が緩んでしまう気がしたから。
「なんだよ」
「なんでもありません」
首を振る。
まさか、その一言だけでこんなに嬉しくなっているなんて言えるはずもなかった。
やがて馬車が動き出す。
窓の向こうで家族達が手を振っていた。
故郷の景色がゆっくりと遠ざかっていく。
私は王都での生活に胸を弾ませていた。
学園では授業も寮も別になるだろう。
それでも同じ場所で学び、同じ街で暮らせる。
放課後には一緒にお茶を飲み、休日には王都の街を歩く。きっと今まで以上にたくさんの時間を共有できるはずだった。
リオ様との思い出は、これからも増えていくのだと思っていた。
私達の未来を疑ったことなど、一度もなかった。
この時の私はまだ知らなかったのだ。
同じ学園に通うことと、同じ時間を過ごせることは決して同じ意味ではないということを。
そして、
私の初恋が終わる日は、思っていたよりもずっと近くまで来ていたのだということにも、
まだ気付いていなかった。




