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許さん!

 重大な話があると、ディアナがハーバートに呼び出されたのは、戦を目前に控えた三月中旬の夜のことである。

 

 ハーバートの私室に入ったディアナに、彼はすぐさま用件を切り出した。いや、用件というより冷酷な意思表明だった。


「ディアナ殿下、ラーザの王子とあの赤竜を明日にでもわが領地から追い出す所存にございます。それを殿下にご了承いただきたい」

 

 ハーバートがこんなことを言い出すのは予想外ではなかった。彼がバルドルとドラゴシュを嫌っているのはディアナも承知している。

 

 ディアナはため息をつきたくなったのをどうにかこらえた。


「……バルドルは本当に私の力になってくれたのよ。彼とドラゴシュがいなければ、私はここまでたどり着けなかったわ。それなのにどうして……」


「殿下、あの男は敵国の人間なのですよ。ブリタニアとラーザの休戦協定など確実に守られる保証がない。あの男が操る、あの見るも汚らわしいけだものは、わが国にいずれ害をなすでしょう。けだものに関しては、追い出すよりも今のうちに始末しておくのが最善です。本当は王子のほうも同様にすべきだと思い――」


「もうやめてっ」

 

 仮定の話と冷酷な発言にディアナはうんざりした。


「未来のことは誰にもわからない。でも、今は私たちの味方よ」


「味方というと、あの男とけだものを戦いに駆り出すおつもりですか。王子があのけだものをきちんと操れるかわかったものではない。あのけだものは敵軍のみならず、我々の軍にも炎を向けてくるかもしれませんよ」


「それが不安なら、バルドルたちは戦に参加させずにおくわ。もともと無関係の彼らを戦にまで協力させるか迷っていたところだしね。だから、ここにいさせるぐらいはいいじゃない?」

 

 両者とも、理屈になっているような、いないような議論だった。


「……あと、ドラゴシュのことをけだものと呼ぶのもやめてちょうだい」


「あの竜の呼び方などどうでもいいではないですか。それより殿下、なぜ、そうまでしてラーザの王子を守ろうとするのです」

 

 ハーバートは嫉妬にたぎった声で、重ねて尋ねた。


「もしや……あの男に特別な感情でも抱いているのですか?」

 

 ディアナは返答に窮した。

 

 バルドルに対して特別な感情は――ある。

 

 だが、それをハーバートに告げる気は起こらなかった。彼女が何も答えないので、ハーバートは勝手に話を進めた。


「何もないのであれば、もう一つ殿下にご了承いただきたきことがございます。……私との婚約をどうか受け入れてください。婚約者候補などではなく、正式に婚約者としてね」

 

 ディアナはますます返答に窮した。いつかはこの話を切り出されると想定していたが、ディアナの心は彼を受け入れることをやはり拒んでしまう。


「殿下、私は決めかねています――今回の戦に踏み切るべきか否かを。こちらに向かっている敵軍の中にリカード王弟はいないと思われますが、リオン・ドラゴンベインは確実に参戦します。相応の対価が約束されていなければ、あのリオン卿に挑む気には到底なれないのです」


「ハーバート、私が即位したら、あなたには今よりもさらに高い地位と広大な領土を与えるわ。それではいけないの?」


「それでは満足できようはずがありません。私は王配という地位を求めているのです。けれど……」

 

 ハーバートは少し言葉を切り、唇を舐めてから続けた。


「別の方法で私を満足させてくれるなら、婚約の件は保留にしても構いません」


「別の方法?」

 

 ディアナがいぶかしむと、ハーバートは部屋の奥を手で示した。そこにあるのはベッドだった。

 

 ねばっこく卑猥な目でハーバートはディアナを見つめている。その目つきは、ディアナを手籠めにしていたときのライナスのそれと酷似していた。

 

 彼女の中で不快感が急速にふくらんできた。


「それは……死んでもお断りよ」

 

 ハーバートはしばらく呆然としていた。なんと、誘いを断られるのが予想外だったようだ。


「あなたと結婚する未来も私の中にはないわ」

 

 そうつけ加えると、やがて、彼は怒りの表情をむき出しにした。


「なんて身勝手な女だ……。俺がこれほど手を貸し、これほど好意を寄せてやってるというのに」

 

 ハーバートは身を乗り出して、二人の間にある机を激しく叩いた。


「許さん! 許さん! 許さん!」


「ハ、ハーバート、落ち着いて……」

 

 こんな言葉で、この男が落ち着きを取り戻して怒りを飲み込むはずがなかった。


「このロッククリークから出て行け!」

 

 ハーバートの目は血走っており、頸動脈がどくどくと拍動していた。本性が完全に表れたのだ。これでもかというほどの態度の急変である。


「大した見返りもないのに、なぜ、ただの小娘を命懸けで守り通さねばならんのだ。明朝には出て行け! あの王子とけだものを連れてな!」


「……わかったわ」

 

 これ以上、部屋にいたらハーバートに何をされるかわかったものではない。ディアナはすぐさま部屋を出た。

 

 彼女は大きく息を吐いた。怒りは感じているし、悲しくもある。だが、これでよかったという気もしていた。もともと、ここに長居するつもりはなかったのだ。

 

 すでにランカスターからは、こちらに兵が送られてきている。その兵たちはディアナに従う。また旅がはじまるが、今回は味方が大勢加わるということだ。

 

 そして何よりディアナの必要とする人物がいる。


(バルドル)

 

 彼がそばにいる。それが、ディアナにもっとも安心感をもたらすのだ。

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