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ある忌まわしい過去ゆえである

 微妙に不協和音を生じさせながらも、二人は先に進み続けた。

 

 時折、荒れた山道もあり、道をおおう下生えを剣で切りながら進んだりもした。それ以外にも急な登り坂などもあって、体力に自信のあるディアナですら、疲労を強く感じることがある。むろん、人の往来がなくて目立たないから、そんなやっかいな道を選んでいるのだが。

 

 途中、バルドルが提案した。


「俺の飛術で、部分的に宙を飛びながら進んで行こう。ある程度は時間の短縮になる」

 

 飛べば、草木や段差に進路をさえぎられないし、難所で時間を浪費することがなくなる。平坦な道であっても、やはり歩くより飛ぶほうが速い。そうバルドルは言った。


「あなたが私を抱きかかえながら、飛行するっていうこと?」


「ああ。それなら、ドラゴシュに乗っての飛行と違って君が落ちる危険はない。俺がしっかりかかえるんだからな」

 

 彼がディアナを抱きかかえる。このことにディアナは戸惑った。恥ずかしいから、などという可愛い子ぶった理由ではない。事情はもっと複雑だ。

 

 ディアナは異性と触れ合うことができない。

 

 男性と体が触れることが苦痛なのだ。男性と接触すると、ディアナは体全体が激しく緊張する。ひどいときは硬直して体が言うことをきかなくなる。

 

 それがドラゴシュでの飛行がうまくいかなかった原因の一つだった。飛行中、ディアナは手足が硬直して体勢を保てなかったわけだが、その原因は、飛行による恐怖や寒さだけではなく、バルドルと体が密着していたことにもある。

 

 もちろん、バルドルがディアナを抱えて飛ぶ場合、震えや硬直が起きたところで、落ちる危険性はまずないだろう。とはいえ、バルドルに抱きかかえられることによって苦痛は覚えるに違いない。バルドルが嫌だというわけではない。男性全般が無理なのだ。

 

 ディアナがそういう体質になったのは、ある忌まわしい過去ゆえである……。

 

 だが、そういう体質であることも、そうなった過去もバルドルに打ち明ける気はなかった。少なくとも、今の彼には。

 

 ディアナは別の理由を並べ立てて、彼の提案を断った。


「飛術も使える時間に限りがあるでしょう? 敵と遭遇したときに飛べるように温存しておいたほうがいいと思うわ。私をかかえて飛行するとなると、より力の消費が激しくなるでしょうし。それに、徒歩ではどうにもならないほどの難所というわけでもないしね」

 

 バルドルは訝しむような目でディアナを見返したが、結局、「どうぞ、ご自由に」と言い捨てて、それきり何も言わなかった。

 

 ディアナの希望通り、二人は徒歩で北へと進むことになった。とはいえ、やはり――。


(歩きだと、ランカスターまで七日くらいはかかりそうね……)

 

 ディアナの気持ちに焦りがつのりはじめる。

 

 いや、ランカスターに至るまでの途中に、別の諸侯が有する領地はあるのだ。それはランカスターとフェルウッドとの間にあり、ロッククリーク伯爵領という。ロッククリークには確かな兵力が存在する。ここから徒歩で二日程度の距離であり、思わず、すがりたくなる。

 

 しかし、ロッククリークの領主というのが、あのハーバートなのである。

 

 あらゆる欲に満ちた、あの若者に頼ったら、必ず見返りを求められる。いや、見返りを要求されるのは仕方がない。今のところ王でもない逃亡中の少女を助けるのだから、見返りを求めるのは自然だろう。問題はどの程度のことを求められるかだ。

 

 周囲が勝手に決めたことなのだが、ハーバートはディアナの婚約者候補となっている。それを正式に婚約者にするよう、彼は要求してくるだろう。それは嫌なのだ。よって、ディアナはハーバートに助力を求めるつもりはなかった。

 

 二人の現在地から数日以内のところに、ロッククリーク以外にも領地はあるが、どの諸侯なら信用しえるのか判断できなかった。その多くが、ディアナかリカード、どちらに味方するのが有利か打算している最中であり、旗幟を鮮明にしていないのだ。ランカスター伯は、今回の争いが発生した当初からディアナを支持していたのだった。

 

 結局、ランカスターに行くしかないと、ディアナは結論づけたのだった。

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