16 圧倒的上位存在
「……貴方が領域の主か」
「そうだよ。とはいえ、これ以上会話しても無駄だね」
「私の魔術を知っているからか」
「……やろうか」
金色の髪を靡かせ、海を思わせる青い眼を宿した祭服の男――神官はそう言って杖を向ける。
その先で、空気が焼け収束した熱と光がプラズマとなり、今にも放たれようとしていた。
「……イカダの上では躱せない上に本領も出せないな」
淡々と呟くキシフォスに、神官は反応を示すどころか杖先に集まる光を見下ろし、どこか楽しげに口を開く。
「あぁ、君みたいな美しい女性が炭の塊になると思うと心が痛むよ」
「無駄口を叩いてくれて感謝する」
「……ん?」
その瞬間、神官の喉が不自然に歪む。
「――無駄ぐ、ぢ……っづつ!??」
その瞬、声が潰れる、いや、声帯もろとも、頭からだ。
見えない力に引かれ、空間そのものが軋み始め、真下へと堕ちていく。厳密には堕ちていくのは感覚だけだがはっきりと分かる。このままじゃ死ぬと。
「私の引力を反転させ、重ね合わせることで擬似的な特異点を生成し発生するブラックホール。」
「ッ…!ー!」
「貴方は領域ごと圧縮されて死ぬだろう」
その言葉が終わるより早く、神官の視界は地で染まり、神官の視界は暗転した。
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「……これが、今の水上国家か…?」
辺りを見回すとそこには崩れた建物、割れた石畳、風に転がる瓦礫。人がいた痕跡だけが残り、肝心の人はどこにも存在しない。
美しいと思った街はあの一瞬で消え去ったのだ。
メリアは一人、荒れ果てた街を肩で風を切り、歩く。
「……誰か、いないのか?…誰でもいい……誰かっ!!モチ!」
叫びは街の奥へと吸い込まれていく。
だがそれに応じるものは誰一人としていなかった。
今この街とも言えるか分からない場所では風が吹き抜けるだけが残っていた。
「メリア!」
張り詰めた静寂を引き裂くように、その声は街の奥から真っ直ぐに届いた。
「……モチ!」
反射的に振り向いた先、小さな影がこちらへ駆け寄ってくるのが見える。その姿を認識した瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が一気にほどけ、安心した。
「生きていたのか……!」
思わず駆け寄り、そのまま抱きしめる。確かな温もりと鼓動が伝わってきて、ようやく生きていると実感できた。
モチが生きてるだけであの戦争で壊れかけていたメリアの心は修復されていった。
「メリア……く、苦しい……」
「あ……悪い」
我に返って力を緩めると、モチは小さく息を整えながらこちらを見上げる。
「……ん。それでいい。いや、待て……なんだそれは」
「あぁ、この腕か?これはあのクソ女が――」
「違う。そこじゃない」
言葉を遮るようにして、モチは静かに首を振る。
そして迷いなく、メリアの胸元――心臓の位置を指差した。
「……ここだ」
「……」
「お前、神に祈ったのか。それも……あの邪神に」
静かな指摘だったが、その言葉はメリアには妙に重く響き、次に神に祈ることは訪れないだろうと深く感じた。
「あぁ。正直、自分でも驚いてる。無宗教だった俺が、神に縋るなんてな……運が良かっただけだ」
「……いや、違うな。あれは、お前のような人間を好む」
その一言に、言い知れぬ不快感が胸の奥に残る。
その時だった。
「お前たち!ここから離れろ!」
鋭い声が響き、空気が一変する。
振り向くと、荒れた街を駆けてくる一人の女の姿があった。息を切らしながらも、その眼光は鋭く、ただならぬ緊張を帯びている。
そのものは水上国家の現王――レーネ・クリュスタだった。
「……何があった?」
問いかける間も惜しいとばかりに、レーネは言葉を叩きつける。
「結界が綻んだ!この国に張っていた防壁が破られかけている!」
一瞬の静止を無理やり動かすかのようにその次の言葉が、すべてを塗り替えた。
「魔王軍の襲撃が来るぞ!!」
「魔おぅぐっ!!?」
メリアの喉の奥で潰れたような声が零れ落ちた、その瞬間だった。
何かが空間ごと圧し潰すかのように作用し、次の刹那、メリアの全身を容赦なく叩きつける衝撃が貫いた。
「――ッ……!」
骨格の軋む感触と共に意識が揺らぎ、思考が追いつくより先に身体が弾かれる。地を踏むという感覚すら与えられぬまま、空間を滑るように吹き飛ばされ、やがて背面から地面へと叩き落とされた。
「なんだ……身体が動かない……何をされた?」
遅れて訪れたのは痛みではなく、痺れに近い感覚だった。神経の伝達が途中で断ち切られたかのように四肢は命令を拒絶し、わずかに動かそうとした意志すら空まわりする。
(吹き飛ばされた衝撃だけで?……)
自らの身体でありながら、支配権を奪われたかのような違和が全身にまとわりつく。
「メリア!」
名を呼ぶ声が届く。
だが、それに応じる前に、視界の焦点が強引に引き寄せられた。
見ようとしたのではない。
“見せつけられた”。
そこに在るものが、視認という行為を許さなかった。
「ああ……あぁ、!」
言葉にならない、呼気だけが漏れる。辺りにある魔力のある物が全てその存在に従うかのように魔力反応が途切れる。
目の前に立つそれは、黒い鎧を身に纏っていた。だが、それは防具というより封じ込めるための器に近い。隙間という隙間から滲み出る瘴気は煙のように揺らぎながらも確かな質量を持ち、周囲の景色を歪ませ、魔力そのものを侵食する。
感じ取れる魔力量は、もはや計測という概念を逸脱している。
多いなどという次元ではない。
この世全ての魔力を掻き集めてもこの者と、魔王と同等の魔力量になるかどうか。
――勝てない。
魔王は、モチの目の前に静かに立っていた。
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