15 再び来たる
お久しぶりです。サボってました。
「さっきから気になっていたのだが……アルストロ、お前はツッコミを入れる割に感情がこもっていないな。」
焚き火の火を見つめながら、キシフォスがぽつりと呟く。
「……悪かったな」
気のない返事を返すメリアにキシフォスはわずかに肩をすくめる。
「いや、こちらこそ言い方が悪かった。……飯にしよう。火を起こしてくれ」
その言葉を聞いたメリアは一度ゆっくりと息を吸い込み――
「自分で起こせばいいだろ!」
「食べたくないのか?」
間髪入れず返される言葉に、メリアは一瞬だけ言葉に詰まり――
「食べる!」
「感情の入れ方が下手くそ過ぎやしないか?」
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夜
食事を終え、辺りはすっかり静まり返っていた。波の音だけが不安定なリズムで耳に届く。
「なぁ、どうすればこの島から抜け出せると思う?」
焚き火の残り火を見つめながら、メリアが呟く。
「それなんだが……いや、なんでもない」
キシフォスは一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙し、そのまま視線を逸らした。
「……そうか」
(何か隠してる……?)
違和感を感じたが、それ以上は追及せずメリアは手元に意識を戻すと、旅のために事前にコピーしていた寝袋を生成しそのままキシフォスへと差し出した。
「……なんでもありだな、その魔術は」
「一度見たものは大体コピーできる。本物より劣るのは強度くらいだが、魔力を増やせばそこも補える。……そんなことより、さっさと寝るぞ」
「そうだな」
二人がそれぞれ寝袋に入り10分経った頃。
「なぁ……。今更だが、距離近くないか?寝袋ならそんなに近づかなくても…」
「お前がどこか行かないか見とくためだ。…そんな事よりブルシアがお前を好む理由が分かった」
「…なんだよ。……まて俺もお前が近づく本当の理由がわかったぞ」
「言ってみろ」
「怖いんだろ、暗いのが」
ドゴッ
鈍器で殴ったかのような鈍い音が暗い島に鳴り響く。
「………………思わず殴ってしまった。許せアルストロ…眠っているのか?」
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「……なんか頭が痛いが、脱出するぞキシフォス!」
目覚めたメリアが軽く頭を押さえながらも、無理やり声を張る。
(妙に元気だ……昨日殴ったせいか?いや、考えるのはよそう。気が滅入る)
キシフォスは一瞬だけ思考するが、すぐに意識を切り替えた。
「鮫退治は私に任せてくれ!」
そう言うと、砂浜を強く蹴り軽々と六メートルほど宙へ跳び上がる。キシフォスはそのまま片目を閉じ、周囲一帯を見渡しながら、静かに唱えた。
「マーカー設置――引力」
詠唱が終わった瞬間。
空中に浮かぶ無数の鮫、その全ての中心に赤い円が浮かび上がるその時、島全体へと引き寄せられるように、鮫の群れが一斉に押し寄せた。
(前は手で刀と鮫を引いていた……だが今回は違う、島そのものを引いているのか!?)
メリアが目を見開く。
キシフォスは地上へと着地するなり、驚いて守りの姿勢に入ったメリアを一切気にせず、迷いなく刀を振り抜いた。
「水刃!!」
振るわれた刀から、巨大な水の刃が放たれる。
空間を裂くように進んだそれは、空中から押し寄せる鮫の群れをまとめて両断した。
(上級の魔術剣装まで使えるのか……!?)
更に驚いたメリアをよそにキシフォスは水刃を飛ばし続ける。
斬り裂かれた鮫の肉片と血が空中に散る中、キシフォスは息を整えもせず言い放つ。
「まだだ。あと五十以上は続けるぞ!」
「なぁ」
「そういえば俺、ボート作れるわ」
ふと思い出したようにメリアが呟く。
「ならそのボートを鮫の群れに投げ込んでみるがいい」
鮫を引き寄せては斬る、という作業を淡々と続けながらキシフォスが答える。その声には余裕があるが、動きは一切緩んでいない。
言われた通り、メリアは即座に木製のボートを生成し、そのまま海へと放り投げた。
直後、ボートは水面に触れた瞬間、無数の鮫に食い荒らされ、一瞬で原型を失った。
「いやそりゃそうか……」
木片が飛び散り、海は再び血で染まる。
「……援護に徹するとするか」
短く呟いたメリアは視線を細め、キシフォスの動きを観察し始める。
(引力の起点、対象の指定、発動の間……再現はできるはずだ)
魔力を練り、構造をなぞるように意識を集中させる。
――三十分後。
「……できたな」
メリアは小さく息を吐く。
完全ではないが、キシフォスの魔術を三分の一程度の精度で再現することに成功していた。
それでも引き寄せる力は弱いが、それでも鮫の動きを乱すには十分だ。
「遅れてすまない!」
メリアがサメを斬るのに参加すると戦場はわずかに安定する。
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――一時間後。
辺りに浮かぶ鮫の数は明らかに減っていた。
キシフォスは刀を軽く振り、付着した血を払うと小さく息を吐く。
「……やはりな。鮫は殺すと復活するらしい」
海面を見下ろしながら続ける。
「半殺しで止めておいて正解だった」
メリアも同じように海を見つめる。
蠢く影はまだ残っているが、先程までの密度ではない。
「……今なら島を出られるんじゃないか?」
そう言いながら、再び木のボートを作り出す。
今度は慎重に水面へと浮かべ、二人は乗り込んだ。
静かに漕ぎ出す。
鮫の動きは鈍く、追ってくる気配はない。
しばらく進んだところで、キシフォスがふと口を開いた。
「一応聞いておくが、水上国家の位置は把握しているのか?」
「……いや、分からない。でもどこかの国に着ければ――」
言いかけた、その瞬間だった。
「――設定」
唐突に、どこからともなく声が響き、空気が止まる。
「僕とアルストロメリアは今、水上国家の闘技場内にいる」
「……は?」
思考が視界が全てが追いつかない。
視界が歪み足場の感覚が消える。
何だ……!!」
声を荒らげながら周囲を見渡し状況の把握を試みるが理解が追いつかない。飛ばされた先は闘技場のはずなのに観客席も外壁も崩壊し尽くし原型を失った瓦礫の山へと変わり果てていた。
「――設定、普通の人間になる」
その一言と同時に体内の魔力が消えた。流れが止まったのではなく最初から存在しなかったかのように消失した。
「……何をしたッ!!」
叫びながら男へ踏み出すが身体は異様に重く一歩も動けない。
男はその様子を愉しむように見下ろし祭服の汚れを払いながら口を開いた。
「初めまして、僕は神官。君が壊し損ねた教会の者だよ」
「……あの時の、狂った信――」
「――設定、メリアと僕の距離は三十センチ縮まる」
言葉が落ちた瞬間に視界が引き寄せられ身体が強制的に前へ動く。きっかり三十センチの位置で止まった刹那、拳が顔面に叩き込まれ衝撃で吹き飛ばされた。
「設定、痛覚を三百倍にする」
静かな声と同時に激痛が全身を一気に襲う。骨や肉の痛みではなく存在そのものを削られるような苦痛だ
(痛い痛い痛い痛い――!!)
意識を繋ぎ止めようとするが思考は痛みに塗り潰され解析どころではない。
「設定、闘技場の観客席跡地に槍の雨を降らせる」
その瞬間。上空に影が生まれ次の瞬間には無数の槍が降り注ぐ。決死の覚悟で回避するがそれも紙一重で重症は避けた…が。
「これじゃあ動けないだろう、どんな気分だい?」
まるで十字架に釘を刺され、磔にされた様にメリアは槍に両腕を貫かれ、動けないでいた。
それを見た瞬間神官は軽く首を傾ける。
「……あまりの痛さに気絶したか、まぁそれでも構わないさ」
興味を失ったように呟き背を向ける。
「役割は終わったからね、それじゃあ僕は帰らせてもらうとするよ」
「……誤っていた」
「何?」
理解しきれないその一言に神官は足を止め振り返る。
「其は虚無であって見向きもしない」
低く呟いた直後、メリアは磔にされた身体を無理やり引き起こし、一歩踏み出す。
「虚無……神…お前、戯言を――」
神官は地面に突き刺さった槍を引き抜き、そのまま勢いよくメリアに向けて投げつける。
「っ……!」
槍は肩に深く突き刺さり鈍い音を立てる。それでもメリアは止まらない。
両腕を無理やり前へ突き出し、槍ごと身体を引き剥がす。肉が裂け繊維が伸び骨が軋む音が嫌に鮮明に響くが、それでも腕はかろうじて繋がったまま、形を失い垂れ下がっている。
血が滴り落ちる中、メリアは躊躇なく顔を近づけた。
歯を立てる。
ぐちゃり、と湿った音が響く。
皮膚が裂け筋肉が噛み潰され歯の隙間に生暖かい感触が絡みつく。鉄の味が口内に広がり骨に当たる硬い感触が鈍く伝わる。
それでも止めない。
顎に力を込め、そのまま引きちぎる。
ぶつり、と断ち切れる音と共に腕が千切れ、断面から血が噴き出し、橈骨の部分が綺麗に切れ、神経を剥き出しにしたまま
もう片方も同じように噛み砕く。
「……狂ってるッ!何なんだお前は!」
神官の声にわずかな恐怖が混じる。
メリアはその表情を見て、僅かに笑う。
「……その一瞬の怯えが欲しかった」
「ッ!?――」
「設定、この闘技場にいる者の身体は俺と同じ状態になる」
その言葉が落ちた瞬間、神官の身体に異変が走る。
「お前……気づいて――ッ、ぁぁぁぁあ!!腕が……!」
骨が裂け肉が千切れ、両腕が同じように崩れ落ちる。
「お、お、俺の腕がぁっ!!」
激痛に耐えきれず神官はその場に倒れ込む。
その隙を逃さず、メリアは残った身体で踏み込み肩をぶつけるように体重を乗せ、そのまま神官へ倒れ込んだ。
狙い通りかメリアの肩を貫いている槍の刃が神官の心臓を貫く。
鈍い感触のあと、静寂が訪れる。
槍は心臓を貫いたまま徐々に形を失い、鼓動の消失と共に淡く輝きながら消えていった。
「へぇ、凄いじゃん。あんな魔術を持ってるやつを殺すなんて」
軽い声が、頭の奥に直接響く。
「にしても考えたねぇ。虚無の神、名も亡き神からの眼差しを受けて心を虚無にするなんて!賭けにもほどがあったでしょ?」
「……これはまた……エマ・カルディア……!」
「でもさぁ、そのかっこいい賭けも両腕がないと折角の勝利も台無しというか、格好つかないよねぇ?」
「何を――」
言葉を遮るように、声が笑う。
「魔術無しで人を殺したご褒美として、これあげるねー」
その瞬間、声は途切れた。直後、メリアの両腕の断面から血が噴き出す。
止まることなく溢れ出た血は空中で形を持ち、絡み合い、固まり、やがて腕の輪郭を形成していく。
骨のように硬く、鎧のように重厚な質感を持つ“血の腕”がゆっくりと完成する。
それはゴツゴツとした表面は生物というより武器に近い。
「……気持ち悪いな。知らない奴に助けられるのも、自分の物みたいに扱われるのも……」
視線を落とし、新たな腕を見つめる。
「……俺が人を殺した時だけ反応しやがって……」
その言葉にはわずかな苛立ちと、理解できてしまったことへの嫌悪が滲んでいた。
怒りが頭にまで昇るとメリアはそのまま力を失い、地面へと倒れ込む。




