14 魔術の扱い方
「コピー……盗作開始」
そう呟いたメリアは手のひらに魔力を込めながら包丁の形を明確に思い描く。溢れ出た魔力は徐々に一点へと集まりやがて質量を持った鉄の塊へと変わり刃の輪郭を形成していった。
(やはりこの島では魔術が使える……となると水上国家ではない可能性が高いな)
そう考えながら視線を上げると先程までそこにいたはずのキシフォスの姿が消えていることに気づきわずかに眉をひそめた。
「協力して脱出するぞキシフォス……っていないのか」
足元へ視線を落とすと砂の上にははっきりとした足跡が続いている。追うかどうか思考を巡らせたその時腹の奥から鈍い音が鳴り響いた。
グゥゥゥ……
誰もいないせいか大きく響く音に一瞬だけ目を伏せ肩を落とし小さく息を吐く。
「……まずは食料だな」
再び魔力を練り上げ今度は量を重視して流し込みながら形を作る。しかし完成したのは明らかに不自然な肉塊と歪な木の棒に糸をつけただけの粗末な道具だった。
(肉の種類を具体的に想像していない影響か……それに釣り竿の構造も曖昧だ。魔術の精度が落ちているが再現自体はできているな……修正すれば実用にはなる)
そう判断しながら一度立ち上がり周囲の気配を探る。
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(それにしても妙だ……動物の気配がまるで無い。それどころか土地から感じる魔力そのものが薄い……いや完全に消えている瞬間がある)
その違和感を確かめるように歩き続けていたキシフォスは思考に没頭したまま進んでいたため釣りをしているメリアと正面から鉢合わせる形になった。
「……あ」
「……あっ」
短い声が重なりキシフォスは足を止める。
「一周したようだな」
「……ああどうやらそうらしい」
キシフォスは周囲を見渡しながら言葉を続ける。
「この島は規模もそうだが異質だ。大気からも地面からも感じられるはずの魔力濃度が安定していない……途切れている箇所がある」
それを聞いたメリアは海を見据えたまま答える。
「…俺たちが認識していない領域は存在していない可能性がある。つまりこの島自体が完全な実体ではない」
「……どういう意味だ」
キシフォスが問い返すとメリアはわずかに視線だけを動かす。
「観測していない部分は存在しないということだ。それはおそらく生き物もだ。」
キシフォスは黙って海へ視線を向ける。
「ずっと海を見ていたのも魚を存在させるためか…いや待て、広い海を眺めたところで中にいる魚は観測した事にならないんじゃないか?」
「あぁ。確かにそうかもしれないが断定はできないだろ?」
短い沈黙の後キシフォスは再びメリアを見る。
「先程お前から感じた異常な魔力量について聞きたい」
「肉を作っただけだ。何の肉か考えていなかったから混ざり物だが」
「……それを食べれば問題は解決するのではないか」
その言葉が終わるより早くメリアの体勢が崩れ足元の支えを失った身体は釣り糸に引っ張られ、そのまま海へと落ちていった。
「アルストロ!」
浅瀬のはずだった。しかしキシフォスが覗き込んだ先にあったのは底の見えない暗い深淵だった。
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時間逆行
「……ここは」
意識を取り戻したメリアが低く呟くとキシフォスの声が続く。
「巻き込んでしまってすまな――」
「そう思うならまず助けてくれキシフォス」
短く遮るように言葉を返すとメリアはすぐに思考を切り替える。
「キシフォス。この島は単純な構造じゃない」
「………私も同意見だ。魔術によって作られている可能性が高い」
「いやそれとも少し違う」
メリアは首を振りながら言う。
「島そのものが媒介になっていて、海がその本体…領域だ。」
「……領域だと」
キシフォスの思考が一瞬止まる。
(この広さすべてが領域というのは現実的ではない……だが否定する材料もない。敵は予想以上の大物か…。)
頬に汗を垂らせメリアは続ける。
「試したいことがある。回復魔術は使えるか」
「使えるが…何を、」
「なら少しだけ付き合え」
そう言ってメリアは海の縁へ歩み寄ると迷いなく左足を水へ沈めた。
違和感が走る。感覚が消え遅れて神経を焼くような激痛が襲ってきた。
「――ッ!!」
声にならない苦痛に膝が崩れ落ちる。
「キシフォス!」
その呼びかけに即座に駆け寄ったキシフォスは倒れ込むメリアを支え砂浜へ引き戻すとすぐに傷口へ手を当てる。
「待て……まだだ。右足を基準にコピーし反転する……よし頼む繋げてくれ」
「了解した」
短く答えキシフォスは回復魔術をするため、短く詠唱する
「――アナロノ」
コピーされた足と失われた部分が繋がれメリアは荒い呼吸を整えながら呟く。
「助かった……これで確認できた」
「確認だと」
「この海は実体ではない。触れた瞬間に削り取られる……やはり領域だ」
キシフォスはその言葉を受けて一瞬だけ黙るがすぐに別の疑問を口にする。
「それは理解したがもう一つ聞きたい。お前はアルトルドの出身のはずだがなぜ回復魔術を使えない」
その問いかけにメリアの視線が鋭くなる。
「……何でお前が知っている」
「妹から聞いたからだ。」
その視線に臆せずキシフォスは淡々と言う。
「妹?」
「ブルシア・アルトルドだ。アルストロメリアという男がそちらに行くはずだから必ず守ってくれと頼まれた」
「……は?」
思考が止まりかける。
「……あいつ姉がいたのか」
「ああ私がその姉だ」
短い沈黙が流れる。
(……一度も聞いたことがない)
メリアの胸の奥にわずかな違和感が残る。
「……ブルシア過保護すぎるだろ」
「否定はしない。」
「じゃなくて、本当に姉妹…なのか?何か証明出来るものとか」
「髪と瞳の色、この顔がいちばんの証拠だろう」
納得したのか黙るメリアを横目に
キシフォスは表情を変えずに答える。
「少し話しておこう。…私とブルシアの両親は離婚している。母は私を連れて水上国家へ渡りブルシアは父の元に残った」
「だから名字が違うのか」
「そうだ。母の姓に戻っただけだ」
メリアは言葉を失いながらも静かに頷く。
「……そうか」
キシフォスは続ける。
「それで本題だ。なぜ回復魔術を使えない」
「俺はアルトルドにいた期間が短い。覚える時間がなかっただけだ。…いや今のは言い訳だな。回復魔術とか魔術剣装の一般に使える魔術は苦手なんだ。
魔術剣装は初級しか使えないし…」
軽く微笑み優しく言う。
「ふっ、ならば私が教えよう。欠損しても再生できるレベルまでな」
その言葉を聞いた時メリアの視界がわずかに揺れる。
理由は分からない。ただ確かな感覚だけが残った。
(……似ている)
思わず小さく呟く。
「暖かいな…」
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「やるぞ。」
そう言うと海に向かってメリアが立つ。
「馬鹿らしい攻撃だと自分でも思うが……よし」
短く息を吐きメリアは上を指差す。
「ハレー彗星!!」
叫びと同時に指先の空間が歪み石のようなものが形成されていく。本物とは比べものにならないほど小さいがそれでも確かな質量と熱を持った彗星が完成した。
指を海面に向けて指すと、それは重力に引かれるように真っ直ぐ海へと落ちていき、衝突。
水面が爆ぜ轟音が響き渡る。
その直後海面から噴き上がったのは水ではなく赤黒い血だった。
無数の鮫の肉片と血飛沫が空中へと撒き散らされ周囲を赤く染め上げる。静かな海だったはずの場所は一瞬で地獄のような光景へと変わっていた。
「……やっぱりな」
メリアは目を細める。
「この領域の海は海じゃない。中身は全部鮫だ。恐らく側は綺麗な海に見えるよう軽い暗示が俺たちに掛かっていたんだろう。」
視界の奥で蠢く影を見ながら続ける。
「無数の鮫が密集して海を形成している…」
キシフォスはわずかに目を細めながらその光景を見つめる。
「……ならば全てを排除すれば領域は崩壊するのか」
「理屈ではそうだが」
メリアは海を見渡す。
「この範囲を一撃で消し飛ばせる火力が必要になる。今のままだと現実的じゃないな。それに、今のが俺の中の最大火力だ。」
短い沈黙を割くようにキシフォスが小さく息を吐く。
「……なるほど」
その時再びメリアの腹が大きく鳴った。
グゥゥゥ……
「……」
少し恥じらいを感じメリアは視線を逸らす。
「……あの鮫が食べれるか試すか」
キシフォスは何でもないようにそう言うと軽く地面を蹴った。
身体が宙へ浮く。
そのまま海面へ落下するかと思われたが接触直前で体を捻り腰の刀を抜き放つと眼下の鮫へと突き刺した。
刃を支点にしてそのまま身体を持ち上げる。まるで棒高跳びのように利用し跳躍する。
「どうする気だ!!」
メリアが叫ぶがキシフォスは答えない。
突き刺さった刀へ向けて手を伸ばす。
「引力」
静かな声が響く。
その瞬間刀と鮫の両方が強引に引き寄せられキシフォスの手の中へ収まる。血を撒き散らしながら鮫の死体が空中を移動する異様な光景を目の当たりにする。
「……あれが」
メリアは小さく呟く。
「キシフォスの魔術か」
キシフォスはそのまま反対の手を島へ向け再び魔術を発動する。
「引力」
空間が歪み身体が引き寄せられる。
気づいた時にはキシフォスはすでにメリアの隣に立っていた。
「今のはどうやった」
メリアが問う。
「単純だ」
キシフォスは答える。
「対象を引き寄せるだけではなく自分を対象へ引き寄せることもできる。私が持てない質量の場合はこちらが動くことになる。」
「……持てない…島に魔術を付与したのか」
一拍置いてから小さく呟く。
「それはそうと鮫は持てるのかよ…」
説明が親切すぎるかも




