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神送りの夜  作者: 千石杏香
第七章 立冬
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8 悔しげな従妹

 世界が歪んでいた。


 水色と白の傘が竝んで路地を進む。

 糸のように細い雨が降り続けていた。コンクリートで舗装された路地には水溜まりが出来、苔まで浸している。細い水滴が当たり、同心円状の細漣(さざなみ)を描いていった。


 中通りへ出る前、千秋は立ち止まる。

「忘れ物したかもしらん。」


「そうなの。」

「うん。――先、行っといて。」


 小走りに千秋は家へ駆けて行った。

 水色の傘が曲がり角で消える。

 刹那、ランドセルについた「だいふくねこ」のストラップが見えた。それが、残像として長いあいだ目の底に残る。


 一足先に進み、中通りへ出た。


 今、千秋との関係は無いに等しい。様々な出来事が起き、ぎくしゃくしている。


 アニメも一緒に観なくなった。だいふくねこの最新話は観ていない――割かし楽しみにしていたにも拘わらず。

 独りで観ても面白いだろう。だが、虚しさを覚えるに違いない。


 集合地の前を通りかかった。

 小学生たちの視線に気づく。

 学年や性別を問わず、全ての目が美邦を向いている。そこに浮かぶ感情は、好奇心とも猜疑心ともつかない。


 ぞっとし、顔をそむける。

 何が何だか分からない。


 彼らから逃げるように歩みだす。

 そんなとき、先にある電柱に千秋を――いや、千秋の幻視を見た。俯いていて顔は見えない。しかし、正面を向きつつ仁王立ちしている――明らかに悔しそうだ。


 いつもと違う幻視に驚き、立ち止まる。


 やがて、意を決して美邦は進んだ。近づけば薄らいで消える。

 もし振り向いてしまえば――同じ姿で彳む千秋の姿が見えてしまいそうだった。


 ――お前のせいだ。

 角ばった紅い文字を思い出す。

 由香と幸子のいない丁字路を過ぎた。

 学校に着く。


 教室へ這入った。

 異常の起きた板書は消されていた。代わりに、「8時から全校集会」と書かれている。


 冬樹の姿はない。

 教室のあちこちで囁き声が聞こえる。

 ――が。――た。

 時として、クラスメイトの視線が美邦へ向いた――空き地で見た小学生のように。


 始業時間になっても冬樹は来なかった。

 スマートフォンの使用は校内では禁じられている。こっそり校則を破らない限り、何が起きたか知るのは放課後になるだろう。


 体育館へ這入り、全校生徒が整列した。

 校長が登壇する。そして、二年A組で起きた現象の原因は湿気だったと説明した。同時に、生徒たちの不安に理解を示しつつ、無闇な騒動を起こさないよう訓示する。


 呆れるほかない。

 一昨日の教室は乾燥していた。

 何より、そんな説明でクラスメイトが納得するとは思えない。いや――だからなのだろう。どのような説明もつかないからこそ、このような発表があったのだ。


 全校集会が終わり、体育館を出る。

 囁き声は絶えない。言うまでもなく発表を疑っているのだ。だが同時に、何名かの視線が美邦へと向いた。


 声の中に、次の言葉を聞き取る。

 ――実相寺さんが。

 意味を察し呆然とする。

 由香の死と絡めて噂されているらしい。


 教室へ戻り、朝学活が始まった。

 鳩村が、体調不良で冬樹が欠席する旨を伝える。やはり何かが起きたに違いない。

 しかし何が――。


 軽傷か重傷かも分からない。

 もし重傷だったなら。

 ――どうか無事で。


 休み時間へ入る。

 斜め後ろの席では、岩井が授業の準備をしていた。

 誰かと話したくて、そっと歩み寄る。

「藤村君――今日も来てないね。」


 目さえ岩井は合わそうとしない。

「そうですねえ。」

「体調が――悪いのかな?」


「さあ。少なくとも、立て続けに休まれることは今までありませんでしたが――」


「お見舞いに行くべきじゃないかな?」

 これを相談するために話しかけたのだ。 

 ――明日から土日なのだから。

 だが、岩井は顔を曇らせる。


「あまり気にかけても、迷惑ですよ。それに、古泉さんのときと違って、男の子の部屋へ女の子が上がることはよくないです。」


「迷惑かな? 藤村君なら大丈夫だと思うんだけど――。それに、芳賀君を誘って行けば問題ないんじゃない?」


「そうですねえ――。けれど私は、明日明後日はちょっと用事があるんです。それに、藤村さんとは親しくしていないので、相談に乗れることではありません。」


 要するに行きたくないのだ。

「あ――そう。」


 居心地の悪さを覚えつつ席から離れる。

 前の方の席に坐る芳賀が目に入った。今、語りかけても良好な返事がある気はしない。しかし、駄目で元々で近寄ってみる。


「芳賀君。」

 芳賀は顔を上げた。

 唇は固く結ばれている。


「あの――今、ちょっといい?」

 顔をそむけ、何、と芳賀は短く問うた。

 気落ちしつつも、見舞いに行かないかと一応は誘ってみる。


「大原さん、一人で行けばええがん。」


 いつも冬樹とくっついていたのに、血の通わない言葉だ。

 一応は相槌を打つ。

「あ――うん、そうだね。」


 芳賀は顔を動かすことなく、一体いつ行くのと問うた。

「えっと――明日のお昼にでも。」

「そう――」


 そして何も答えなくなった。

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