6 二人だけの探偵団
二年A組で起きた騒動は校内に飛び火し、収拾がつかなくなった。
結果、緊急下校が命じられる。
翌日は臨時休校となった。
*
灰色の雲から、銀の雫が点した。
冷たい空気を震わせるように、正午のサイレンが響いてゆく。
昼食後――。
自室へ戻り、ベッドに美邦は腰を掛けた。
外へ出る予定はない。そのため、腰の先まで届く髪も久しぶりに結わなかった。
――切りたくない。
校則を守るために、両目が見えるよう前髪を整えただけだ。あとは伸ばしている――それこそ生まれたときから。
窓の外に伊吹山が見える。
神社の残骸が、あそこにあるのだ。
――黒板のあの図は。
白墨の流れた跡には濃淡があった。
それが図を浮かび上がらせていた。
ホウ酸の結晶が散らばるような大小の六角形である。均等に重なり合う六つが最も大きい。中央では、菱形の六つ開いた六芒星を形作っていた。
――私の家の家紋。
少し寒い。
それでも、心地よい音を立てて雨は降る。
スマートフォンを手にした。
LIИEを開いてみる。
同時に、放課後探偵団の横に表示される数字が「3」へ減っていることに気づいた。
恐る恐るタップしてみる。
トークルームの末尾に、「はがさんが退出しました」と表示されていた。
先日の芳賀の顔を思い出す。
退出したのは、身の危険を感じたためか、それとも美邦の言葉に怒ったためか。
――もう残っているのは。
自分を含む三つのアイコンだけだ。
冬樹が心配になる。
先日は爪が剥がれた。今日も異常が何か起きているかもしれない。
確認するようにメッセージを打ち込む。
〈藤村君、大丈夫?〉
意外にも返信はすぐに来た。
〈俺は大丈夫だ。〉
〈よかった〉
〈昨日のあれ、
見間違いじゃないよね?〉
〈見間違いなら、
俺まで見るわけない。
臨時休校にもなっとらん。
〈板書が融けとったに。〉
ほっとした。
最近、少しずつ世界が歪んでいる。
しかし、冬樹の反応だけが変わらない。
先日のあれも、自分だけ見たのではない。
異様な光景を誰もが共有したのだ。
――この町のおかしなことは。
自分へと語りかけてくる。
――あの図形は。
〈やっぱり、神社のことと
関係あるのかな?〉
返信を待つあいだ、放課後探偵団のアイコンを眺めた。三頭身のキャラがホームズの格好をしたものだ。今、この「探偵団」には二人しかいない――亡くなった由香を除けば。
やがて、冬樹が返信してきた。
〈このタイミングで起きたなら、
関係ありそうだけど。〉
〈でも、正直よう分からんに。
何かの警告か、予兆かも。〉
妙に歯切れが悪いと感じる。
〈でも、黒板に浮かんでた
あの図形は??〉
だが、〈図形?〉と冬樹は返信した。
察してしまう。
今まで何度も繰り返されてきた流れだ。
しかも、同じものは以前にも見たことがある――錆で覆われた鉄鐸の上に。
融けた板書は他人も見ていても、あの図は自分しか見なかったということだろう。
慌てて返信する。
〈見間違いだったみたい〉
直後、竹下の言葉を思い出した。
――見た理由があるはずです。
幻視には違いない。
――でも、あれは。
今まで、脳が造る錯覚だと自分に言い聞かせてきた――著しく他人と違うことが怖かったのだ。結果、重要なことについて冬樹に話せずにいる。
指を止めていると、ポンと音が鳴って自分の吹き出しを画像が押し上げた。
銅鐸を線画したものらしい。
中央に、大原家の家紋が描かれている。
そこから目が離せなかった。
――黒板に現れたのと同じ。
画像の底には、「多様六角文銅鐸復元図 昭和二十八年⬛︎⬛︎県⬜︎⬜︎市平坂町出土(紀元前1~2世紀)」と記されていた。
――見たことがある。
この図だけではなく、銅鐸の全てを。
そう感じた。
しかし理由が分らない。
銅鐸なら、教科書や資料集にも画像が載っている。けれども、六芒星が刻まれた物は見たことがない。
画像がずれ、返信が表示される。
〈大原さんの見た図って、
まさかこれ?〉
確かにそうではある。
けれども少し怖くなった。
なぜ、言い当てられたのだろう。
震える指で文字を打った。
〈これは?〉
〈中学校を造るとき
見つかった銅鐸だ。〉
同じ言葉を、かなり前に聞いた――初めて冬樹と出会ったときだ。中学校からとは、つまりは伊吹山の麓からか。
質問に答えていないことに気づく。
〈うん。
確かに、私が見たのはこの図〉
〈でも、どうして分かったの?〉
さあっと、外から雨音が強まっていった。
そんな中、次々と返信は届く。
〈大原さん、
同じもんを前も見たでない?〉
〈菅野さんの家で。〉
〈鉄鐸の写真を見たとき、
六角形の模様があるって
言っとった。〉
〈実は、あのときから
気にかかっとったに。〉
覚えられていたことが少し恥ずかしい。
確かに、同じ図を見たのだ。しかし、鉄鐸の表面は黒くて何も無かった。
――見たものに理由が。
〈うん、確かにそうだけど〉
心地の良い雨が響き続ける。
やがて返信が来た。
〈平坂神社の鉄鐸は、
この銅鐸の子孫かもしらん。〉
〈弥生時代の青銅器は、
神社と深く関わっとるに。〉
〈例えば、
銅鏡がご神体だったり、
銅矛が祭りに使われたり、
三種の神器に銅剣があったり。〉
資料集を思い出していた。
神社で祀られるような銅鏡が確かに載っていたのだ。剣や矛もあったと思う。
――矛。
そう言えば、鉄鐸を吊るす棒は御鉾というのだったか。
弥生時代の銅鏡が、神社で祀られる鏡になったように――。
〈銅鐸が、鉄鐸になったの?〉
〈恐らく。〉
〈平坂神社の社殿にも、
この銅鐸と同じ図があった。〉
〈多分、神社と銅鐸はには
深い関わりがあるはずだ。〉
ふと、大原家が国造とも言われるという話を思い出した。
事実ならば、皇室と肩を竝べるほど古い家系だという。
〈大原さん、妙に勘が鋭いが?〉
〈郷土誌を開いた時も
「平坂神社」って文字を
見とった。〉
〈鉄鐸に図があるとも言った。〉
〈ひょっとしたら、鉄鐸には
本当に図があったかもしらん。〉
〈だけん、黒板に浮かんだ図も
それでないかって思って。〉
――ああ。
冬樹は見抜いていたのだ。
――私が普通に振舞おうとしても。
勘が鋭いと言われたが、冬樹ほどでない。
いや。
美邦は見る――冬樹が見ないものを。
町に来る前にも家紋を見た。記憶にない駅前に行き、由香の死の時まで見たのだ。
ただし、言語化できない。
冬樹は理詰めで言葉にする。
美邦は見るだけだ。
――あの夢も。
何かの現実ではないのか。
理由がある――竹下の言う通りなら、祭祀と深く関わっているはずだ。
――ずっと打ち明けたかった。
冬樹に。
しかし、隠すしかなかったのだ。
返信に迷っていると、着信音が鳴った。
〈言っとかないけんことがある。〉
〈大原さんに申し訳ないが、
山の中に入ったとき、
社務所を壊した。〉
首を傾げ、返信する。
〈壊した?〉
冬樹は返信した。
経緯と前後の出来事が語られる。
大原家の財産であった物――社務所の扉を許可なく冬樹は破壊したのだ。そして、異様極まりないものを見た。
――蟲が。
〈信じられる?〉
少し躊躇する。
何かを見たというのは今さらだ。
――私と同じものを由香も見たんだから。
むしろ、社務所の破壊のほうが気になる。
しかし、それを責めても仕方ない。また、黙っていた理由も分かる。今、美邦に全てを打ち明けた――その意味は。
――きっと、他のことも察してるんだ。
〈もちろん、信じるよ〉
〈私も、変なものを
色々と見てるし〉
否定できるわけがない。
返信が来る。
〈大原さんは、何を見たん?〉
やはり察している――何か重要なものを見たことも、他のことも。
詠歌や千秋とも、幸子や芳賀とも違い、冬樹だけが妙になっていない。
――見たものに意味があるならば。
出会ったことにも意味はあるのか。
打ち明けることにした。
しかし、文字では全てを伝えきれない。
二人だけの「探偵団」へ文を打ち込む。
〈通話していい?〉




