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神送りの夜  作者: 千石杏香
第七章 立冬
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5 隻眼の巫女

 ――神送りを行なわなければならない。

 その言葉は美邦の耳に残り続けていた。


 昼休憩が終わり、掃除時間も終わる。


 五限目の授業が始まった。

 しかし、内容は耳をすり抜けてしまう。

 ――送らなきゃ。


 大切な何かがある気がしていた。

 それが何か分からなかったのだ。


 ――見た理由があるはずです。

 海から来た存在が居る――常世から来た。

 疫神は歓待されたあと、送り返される。


 今、美邦の左には何もない。

 机もないのだ。

 ――由香のためにお祭りをしたい。


 大原家の一人として――帰って来なければならなかったのではないか。


 由香の死を見たことにも、誰かになった夢を見ることにも理由がある。もしそうなら、全てつながっている気がした。


 神送りを行なうべきだ。


 ――でも、どうやって?

 漂著神(ヨリガミ)はどこにいるのだろう。

 ――しかも、いつ?

 冬至まであと二か月もない。


 複雑な手順が儀式にはあったはずだ。

 そう考えると自信が揺らぐ。送ることはできるのか――儀式に必要なものは何か。


 書き出すことで確認しようとした。

 シャープペンシルの先をノートに刺し、菅野の話を思い出す。

 ――男女一組の一年神主。鉄たく。ほこ。

 ――おそなえもの。のりと。役員。宮司。

 最後の文字に手が止まった。


 ――宮司は私だ。


 社家の末裔――生き残りは自分だけだ。

 祖父も母も亡くなった。父は婿養子だ。十年間、平坂町から離れた地で暮らし、弱ってゆき、亡くなった。


 ――そのために帰ってきたのなら。


 だが、一年神主はどうなるのだろう。

 前提条件は本筋――十代以内の祖先に一年神主がいた者である。かつ、

 未婚。

 十五歳以上。

 一年神主の経験がない者。そこから、籤を引いて選ばなければならない。

 町にいるのだろうか。

 ――どこに?


 漂著神(ヨリガミ)はどこに居るのだろう。

 神社を失った神は。


 祭器も用意できるだろうか。

 御鉾と鉄鐸――。

 特に、鉄鐸は難しいはずだ。


 儀式専用の衣装も必要かもしれない。

 祝詞も同じだった。

 当然、形の問題ではないかもしれない。だが、必要と思われる物がないことも事実だ。手順も分からないことが多い。


 そんな中、さらに思い出した。

 ――ひもろぎ。

 書いた刹那、固まる。


 神籬(ヒモロギ)とは何か。

 よく分からない。確か、神を宿す物だったはずだ。依り代とか御神体とかと言った気もする。それらの違いは分からない。だが。


 ――隠れている。


 そう感じてきた。

 目に見えない存在が隠れるとは。


 そこまで考えたときだ。

 鋭い悲鳴が上がった。

 思わず顔を向ける。


 教室の真ん中で、一人の女子が黒板を指さしていた。


 指された方を見る。

 白墨(チョーク)で書かれた文字が融けていた。


 教師が黒板へと振り向き、目を見開く。驚愕のあまり白墨を落とした。このとき、現実の光景だと美邦は悟る。


 結露した窓に書いた文字のように、たらりと板書は流れた。


 誰もが、口々に何かを発する。

 教室に混乱が伝染した。恐怖に駆られ、廊下へと一人が逃げ出す。つられて何人かが次々逃げ出した。


 流れた白墨には濃淡がある。それが、奇妙な図を浮かび上がらせた。

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