5 隻眼の巫女
――神送りを行なわなければならない。
その言葉は美邦の耳に残り続けていた。
昼休憩が終わり、掃除時間も終わる。
五限目の授業が始まった。
しかし、内容は耳をすり抜けてしまう。
――送らなきゃ。
大切な何かがある気がしていた。
それが何か分からなかったのだ。
――見た理由があるはずです。
海から来た存在が居る――常世から来た。
疫神は歓待されたあと、送り返される。
今、美邦の左には何もない。
机もないのだ。
――由香のためにお祭りをしたい。
大原家の一人として――帰って来なければならなかったのではないか。
由香の死を見たことにも、誰かになった夢を見ることにも理由がある。もしそうなら、全てつながっている気がした。
神送りを行なうべきだ。
――でも、どうやって?
漂著神はどこにいるのだろう。
――しかも、いつ?
冬至まであと二か月もない。
複雑な手順が儀式にはあったはずだ。
そう考えると自信が揺らぐ。送ることはできるのか――儀式に必要なものは何か。
書き出すことで確認しようとした。
シャープペンシルの先をノートに刺し、菅野の話を思い出す。
――男女一組の一年神主。鉄たく。ほこ。
――おそなえもの。のりと。役員。宮司。
最後の文字に手が止まった。
――宮司は私だ。
社家の末裔――生き残りは自分だけだ。
祖父も母も亡くなった。父は婿養子だ。十年間、平坂町から離れた地で暮らし、弱ってゆき、亡くなった。
――そのために帰ってきたのなら。
だが、一年神主はどうなるのだろう。
前提条件は本筋――十代以内の祖先に一年神主がいた者である。かつ、
未婚。
十五歳以上。
一年神主の経験がない者。そこから、籤を引いて選ばなければならない。
町にいるのだろうか。
――どこに?
漂著神はどこに居るのだろう。
神社を失った神は。
祭器も用意できるだろうか。
御鉾と鉄鐸――。
特に、鉄鐸は難しいはずだ。
儀式専用の衣装も必要かもしれない。
祝詞も同じだった。
当然、形の問題ではないかもしれない。だが、必要と思われる物がないことも事実だ。手順も分からないことが多い。
そんな中、さらに思い出した。
――ひもろぎ。
書いた刹那、固まる。
神籬とは何か。
よく分からない。確か、神を宿す物だったはずだ。依り代とか御神体とかと言った気もする。それらの違いは分からない。だが。
――隠れている。
そう感じてきた。
目に見えない存在が隠れるとは。
そこまで考えたときだ。
鋭い悲鳴が上がった。
思わず顔を向ける。
教室の真ん中で、一人の女子が黒板を指さしていた。
指された方を見る。
白墨で書かれた文字が融けていた。
教師が黒板へと振り向き、目を見開く。驚愕のあまり白墨を落とした。このとき、現実の光景だと美邦は悟る。
結露した窓に書いた文字のように、たらりと板書は流れた。
誰もが、口々に何かを発する。
教室に混乱が伝染した。恐怖に駆られ、廊下へと一人が逃げ出す。つられて何人かが次々逃げ出した。
流れた白墨には濃淡がある。それが、奇妙な図を浮かび上がらせた。




