3 歪む日常
新しい夜が始まる。
最近は日没も早い。
ウゥウゥゥゥ――――ゥゥゥ―――――。
藍色に染まる空へサイレンが響く。
窓辺で冬樹は耳を澄ませた。
ゥゥゥゥ――ゥゥ――ゥ。
―――。
――。
余韻の響く空が、さらに暗く見える。
カーテンを閉じた。
スマートフォンを手に取る。
確認するように、放課後探偵団を開いた。
やはり幸子はいない。
退出に気づいたのは昼頃だ。
理由が気にかかる。
――やはり不謹慎だったか。
もし嫌われたなら、美邦にどう顔向けすればいいだろう。
――何もかも欠けている。
午前中、市内の整形外科へ行ってきた。
傷そのものは大したものではないという。
だが、親指から中指までの三枚が消えた。
剥がれた理由について、医師から何度も尋ねられたのだ。当然、分からないと応えるしかない。
病院から帰ってきたあとは、部屋の中を何時間も探した。親指の爪は特に大きい――簡単に見つかりそうなものだ。
だが、隅々を探してもなかった。
当然、剥がれた理由も分からない。
――報いなんだろうか。
由香の死からすぐ、土足で神社へ踏み込んだ。そこで、異様なものを見たのだ。直後、自分の体の一部は消えてしまった。
だが、もし報いならば。
――こんなもので済むのか?
禁忌に触れようとしている。
大人の嘘を暴くかもしれない。そう思った矢先、早苗や良子の様子が妙になった。
スマートフォンが鳴る。
目をやると、美邦からのメッセージが入ってきたところだった。
〈藤村君、大丈夫なの?〉
〈今日は休んでいたけど〉
体調を気遣われて安心する。
〈ああ、大丈夫だ。ちょっと
爪が剥がれただけだけん。〉
〈爪?〉
今朝の出来事や、重大な問題ではないと医師から言われたことなどを説明する。
返信が来た。
〈本当に、それは重大な問題
じゃないの?〉
美邦の吹き出しを、芳賀の吹き出しが押し上げる。
〈危ないことせんでって
あれだけ言ったにぃ〉
それはそうだが――と冬樹は返信する。
外に出なければ安全という話でもない。
似たようなことが以前もあったのだ。
異様な量の抜け毛が枕元に落ちていた。他には何もない。だが、父を連れ去った何かが来たと確信した――閉じた窓を通り抜けて。
由香と同じ目に遭うかもしれない。
――危ないことはせんで、か。
しかし答えが見えかけている。
すんでで終わらせる気はない。
危険に足を突っ込んでいるのも事実だ。
しかし――なぜ危険なのか。
分からない。
その分からない部分を埋めたいのだ。
ただし、芳賀の言うことも正論だった。
話を逸らすように尋ねる。
〈ところで、古泉はどうした?〉
*
――藤村君を巻き込んでしまった。
窓辺の席から、始業時間を美邦は待つ。
由香の席は撤去されていた。
先日――帰りの会で決められたのだ。
そのままにしておくわけにもいかない。クラスメイトの死は悲しいが、正式に別れを告げよう――と。
今、美邦の隣の席は空洞だ。
冬樹はまだ来ていない。
爪が剝がれたという。
――居候なのに責任取れるの?
他人の家に住み続けている。
この町に暮らす限りそうだ。
――でも。
画像に写っていたものは何か。
――送らなきゃ。
始業時間の間際、教室に冬樹が現れた。
その姿を目にし、安心すると同時に不安になる。明らかに歩きづらそうに右足を引いていたのだ。
ロッカーへと冬樹は鞄を持って行く。
そこへ美邦は近づき、小声で尋ねた。
「藤村君、爪は大丈夫なの?」
「ああ。」
小声で返される。
「まあ――何とか。とりあえず、医者は大事ないって言うだけど。」
芳賀も近づき、やはり小声で言う。
「何とかでないがぁ。爪が剥がれるとかないけぇ。これ以上、何か起きたら――」
「すまんな――心配かけて。」
ふと、廊下側の席へ冬樹は顔を向けた。
つられて美邦も目を向ける。
厚いレンズを隔て、冷たい目が見えた。
目が合った瞬間、顔を逸らされてしまう。明らかに軽蔑したような態度だ。そのことに美邦は再び衝撃を受ける。
顔を戻した。
冬樹も芳賀も気まずい表情をしている。
「古泉とは――まだ話せんだか?」
「――うん。」
「けど――古泉さんの気持ちも分かるで。実相寺さんが亡あなって、菅野さんも亡あなった。それに――あの写真? わざわざ触れるもんかいなあ。もう、神社のことからは離れたほうがええと思うだけど。」
「それはだめ。」
芳賀の顔が曇った。
身体が凍る。
美邦自身、否定の言葉に戸惑っていた。強い自己主張など普段はできない。それでも、咄嗟に声が出たのだ――引き剝がされてしまうような気がして。
いつになく不機嫌な声が向く。
「あんな――大原さんは神社の家なわけだけぇ、知りたいって気持ちは分かるで? けど、藤村君を危険に晒すかもしれんだで?」
うなだれ、黙り込む。
知らなくても生きて行ける。
やりたいならば自分だけでやればいい。
「まあ――俺も知りたいことだけん。」
芳賀は唇を歪めた。
「藤村君がそう言うんなら――別に止めりゃあせんけど。」
しかし美邦と目を合わそうとしない。
何が起きたのか再び分からなくなる。
幸子に無視された時と同じだ。
不快にさせたのだし、その気持ちも分からなくはない。それでも拒絶されたのだ。
放課後探偵団は、
由香の死とともに崩壊が始まった。
「それで、どうするだえ? 職員室に訊きに行くつもり?」
「俺は――そうするつもりだが?」
「だったら二人で行きゃええが。」
不機嫌な顔で芳賀は引き返してゆく。
冬樹へ目をやる。
唖然としていた――こんな態度を取られたのは初めてのように。
意外に思い、恐る恐る問う。
「一体――どうしちゃったのかな?」
「分からん。」




