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神送りの夜  作者: 千石杏香
第七章 立冬
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3 歪む日常

 新しい夜が始まる。

 最近は日没も早い。


 ウゥウゥゥゥ――――ゥゥゥ―――――。

 藍色に染まる空へサイレンが響く。

 窓辺で冬樹は耳を澄ませた。

 ゥゥゥゥ――ゥゥ――ゥ。

 ―――。

 ――。


 余韻の響く空が、さらに暗く見える。

 カーテンを閉じた。


 スマートフォンを手に取る。

 確認するように、放課後探偵団を開いた。

 やはり幸子はいない。


 退出に気づいたのは昼頃だ。

 理由が気にかかる。

 ――やはり不謹慎だったか。


 もし嫌われたなら、美邦にどう顔向けすればいいだろう。

 ――何もかも欠けている。


 午前中、市内の整形外科へ行ってきた。

 傷そのものは大したものではないという。

 だが、親指から中指までの三枚が消えた。


 剥がれた理由について、医師から何度も尋ねられたのだ。当然、分からないと応えるしかない。


 病院から帰ってきたあとは、部屋の中を何時間も探した。親指の爪は特に大きい――簡単に見つかりそうなものだ。


 だが、隅々を探してもなかった。

 当然、剥がれた理由も分からない。

 ――報いなんだろうか。


 由香の死からすぐ、土足で神社へ踏み込んだ。そこで、異様なものを見たのだ。直後、自分の体の一部は消えてしまった。


 だが、もし報いならば。

 ――こんなもので済むのか?


 禁忌に触れようとしている。

 大人の嘘を暴くかもしれない。そう思った矢先、早苗や良子の様子が妙になった。


 スマートフォンが鳴る。

 目をやると、美邦からのメッセージが入ってきたところだった。

〈藤村君、大丈夫なの?〉

〈今日は休んでいたけど〉


 体調を気遣われて安心する。


   〈ああ、大丈夫だ。ちょっと

    爪が剥がれただけだけん。〉


〈爪?〉


 今朝の出来事や、重大な問題ではないと医師から言われたことなどを説明する。

 返信が来た。

〈本当に、それは重大な問題

 じゃないの?〉


 美邦の吹き出しを、芳賀の吹き出しが押し上げる。

〈危ないことせんでって

 あれだけ言ったにぃ〉


 それはそうだが――と冬樹は返信する。

 外に出なければ安全という話でもない。

 似たようなことが以前もあったのだ。


 異様な量の抜け毛が枕元に落ちていた。他には何もない。だが、父を連れ去った何かが来たと確信した――閉じた窓を通り抜けて。


 由香と同じ目に遭うかもしれない。


 ――危ないことはせんで、か。

 しかし答えが見えかけている。

 すんでで終わらせる気はない。


 危険に足を突っ込んでいるのも事実だ。

 しかし――なぜ危険なのか。

 分からない。

 その分からない部分を埋めたいのだ。


 ただし、芳賀の言うことも正論だった。

 話を逸らすように尋ねる。

   〈ところで、古泉はどうした?〉


     *


 ――藤村君を巻き込んでしまった。

 窓辺の席から、始業時間を美邦は待つ。


 由香の席は撤去されていた。

 先日――帰りの会で決められたのだ。

 そのままにしておくわけにもいかない。クラスメイトの死は悲しいが、正式に別れを告げよう――と。


 今、美邦の隣の席は空洞だ。

 冬樹はまだ来ていない。

 爪が剝がれたという。


 ――居候なのに責任取れるの?


 他人の家に住み続けている。

 この町に暮らす限りそうだ。

 ――でも。

 画像に写っていたものは何か。


 ――送らなきゃ。


 始業時間の間際、教室に冬樹が現れた。

 その姿を目にし、安心すると同時に不安になる。明らかに歩きづらそうに右足を引いていたのだ。


 ロッカーへと冬樹は鞄を持って行く。

 そこへ美邦は近づき、小声で尋ねた。

「藤村君、爪は大丈夫なの?」


「ああ。」

 小声で返される。

「まあ――何とか。とりあえず、医者は大事ないって言うだけど。」


 芳賀も近づき、やはり小声で言う。

「何とかでないがぁ。爪が剥がれるとかないけぇ。これ以上、何か起きたら――」

「すまんな――心配かけて。」


 ふと、廊下側の席へ冬樹は顔を向けた。

 つられて美邦も目を向ける。


 厚いレンズを隔て、冷たい目が見えた。

 目が合った瞬間、顔を逸らされてしまう。明らかに軽蔑したような態度だ。そのことに美邦は再び衝撃を受ける。


 顔を戻した。

 冬樹も芳賀も気まずい表情をしている。

「古泉とは――まだ話せんだか?」

「――うん。」


「けど――古泉さんの気持ちも分かるで。実相寺さんが亡あなって、菅野さんも亡あなった。それに――あの写真? わざわざ触れるもんかいなあ。もう、神社のことからは離れたほうがええと思うだけど。」

「それはだめ。」


 芳賀の顔が曇った。

 身体が凍る。

 美邦自身、否定の言葉に戸惑っていた。強い自己主張など普段はできない。それでも、咄嗟に声が出たのだ――引き剝がされてしまうような気がして。


 いつになく不機嫌な声が向く。

「あんな――大原さんは神社の家なわけだけぇ、知りたいって気持ちは分かるで? けど、藤村君を危険に晒すかもしれんだで?」


 うなだれ、黙り込む。

 知らなくても生きて行ける。

 やりたいならば自分だけでやればいい。


「まあ――俺も知りたいことだけん。」


 芳賀は唇を歪めた。

「藤村君がそう言うんなら――別に止めりゃあせんけど。」


 しかし美邦と目を合わそうとしない。

 何が起きたのか再び分からなくなる。


 幸子に無視された時と同じだ。

 不快にさせたのだし、その気持ちも分からなくはない。それでも拒絶されたのだ。

 放課後探偵団は、

 由香の死とともに崩壊が始まった。


「それで、どうするだえ? 職員室に訊きに行くつもり?」

「俺は――そうするつもりだが?」

「だったら二人で行きゃええが。」


 不機嫌な顔で芳賀は引き返してゆく。


 冬樹へ目をやる。

 唖然としていた――こんな態度を取られたのは初めてのように。

 意外に思い、恐る恐る問う。

「一体――どうしちゃったのかな?」

「分からん。」

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