4 危険な決意
十月三十一日――金曜日。
一時間目の授業は理科だった。
黒いテーブルが理科室に竝ぶ。
黒板とは横向きに生徒は坐っていた。
廊下側の最後の席に幸子の姿はない。もう三日も休んでいる。
――大丈夫なんだらぁか。
首を突っ込んでいる冬樹自身も。
手元の紙片に目を戻す。芳賀が書き出した可能性を印刷した物だ。教師に見つからないようノートに挟んでいる。
美邦の声が蘇った。
――たぶん人じゃないよ。
紅ペンを取り、「原因は人間」に打消し線を引く。芳賀にしろ、恐らくは意地を張っていただけだろう。
宗教的原因と祭祀的原因の二つが見える。
全ての不審死を人為と考えるのは無理だ。
一方、芳賀の考えとの折衷案を口にしたのは自分である。
少し考え、打消し線の隣へ書き込んだ。
――神社の火事は人為か?
どう立証すべきだろう。
当然、どんな火災でも警察は動く。だが、事件として報じられた形跡はない。事件性はないと判断されたのだ。
今さらそれを覆すことは難しい。
その他の可能性へ目をやる。
神様。魔物。幽霊。その他。
――どうやって立証しろと。
十年以上前、平坂町の地形を変えるような工事がなかったかも調べた。ただの思い付きでも可能性は潰さなければならない。
結果――そんなものはなかったのだ。
列記された他の原因に目を通す。
祭祀。呪術。環境。
――もしも祭祀が原因なら。
手がかりが現れていないか。
顔を上げる。
後ろの席に坐る美邦へ目をやった。
横顔に、失明していない右眼が見える。
――平坂神社の神には目が一つしかない。
しかも、大原家唯一の生き残りだ。
それは何を意味するのか。
当然、全くの偶然とも考えられる。だが。
――大原さんは何を見た?
郷土誌を開いたときや、鉄鐸の画像を前にしたときの言葉が気にかかっている。
簡単には触れられない。
――でも何か見とった。
手がかりがあるとするならばもう一つ。
祭祀が営まれていた場所だ。
――伊吹山の中には。
既に何もない可能性は高い。
しかし、取り壊しさえ苦労する場所に境内はある。山の中を重機は進めただろうか。確認してみなければ分からない。
――失踪者たちはどこへ消えたのか。
這入ってみるしかない。
それは、「行きたい」という感情が先行した決断でもあった。
由香の命を奪い、父を連れ去った存在――それを祀っていた場所が、今どうなっているのか確認したい。
――行くならいつか。
山の中へと這入るのだ。
当然だが、簡単ではない。朝から侵入しても丸一日かかるかもしれない。
家族には何と言おう。
以前――市内に芳賀と出たとき、家を出る前に昼食代を良子がくれたことがある。同じことを言えばくれるだろう。だが実行するなら、早苗が出勤して家にいない日がいい。
天気も気にかかる。
窓の外は曇っていた。連休中の天気は確認していない。晴れるのか不安だった。
――早ければ明日か。
終鈴が鳴った。
席を立ち、理科室を出ようとする。
鼻歌を歌う笹倉が、わざとらしく目の前を横切った。冬樹へ目をやり、勝ち誇った笑みを見せる。そして、スキップを踏みながら理科室を出て行った。
額で血が凍る。
――何のつもりなんだ。
廊下で芳賀と合流した。
木造校舎へ戻る。
二年A組の教室に這入った。
ロッカーへ教材を戻そうとする。
そんなとき、教材を選んでいた美邦と目が合った。冬樹を捉えるのは薄墨色の右眼で、鉛色の左眼は常に正面を向いている。
顔が逸らされた。
だが、目の前の黒板に美邦は目を止める。
そこへ冬樹も目をやった。
時間割の下に欠席者が書かれている。この三日間、古泉幸子の四文字は消えない。
美邦に近づき、声をかける。
「古泉、今日も登校しとらんだか?」
「うん。今朝、LIИEが入ったんだけど――今日も気分が悪いって。」
芳賀が眉を曲げた。
「大丈夫なんかな――? ええ加減、立ち直ってほしいだけど。」
立ち直れていないことが原因だろうか。
――本当に?
それに気づかせるために冬樹は言う。
「大事でなけりゃええだけどな――」
「みなさん、古泉さんのことを気にかけておられるんですね?」
唐突に聞こえた声に振り返る。
カチューシャで前髪を止めた少女――岩井が近寄ってきた。
そうだけど、と美邦は応える。
「もう三日も登校してないんだもの。」
「一度、様子を見に行きましょうか。」
「様子?」
「ええ――お見舞いに参りましょう。ちょうど、明日から三連休ですし。」
冬樹は軽く驚いた。
岩井は、幸子とはあまり親しくない。
しかも、他人に関心を持つような人柄でもない。そう思っていた。このような提案をしたのは、学級委員長としての使命感からか。
「できればそうしたいけど――」
美邦は不安そうだ。
「幸子がどう思うか――。それに、幸子の住所、岩井さんは知ってるの?」
「鳩村先生に訊けば分かると思います。」
男子二人に目が向けられる。
「それに、御三方とも、古泉さんと連絡ができるのではないですか?」
「ああ。」
冬樹はうなづいた。
「確かにそうだが。」
「では、連絡を先に入れたら、失礼には当たらないと思います。できれば――明日にでも行ってみようと思うのですが――」
「明日?」
「はい。御三方とも、ご予定は?」
「私は――明日は大丈夫だし、いつでも行けるけど――」
美邦が視線を向けてきた。
少し躊躇する。
――明日は。
天気を確認していない。早苗の予定も分からない。美邦に嘘を吐くのも躊躇われる。それでも、時間の確保を優先した。
「俺は――明日は用事があるに。日曜と月曜も、どうなるか分からん。」
難しそうに芳賀も笑んだ。
「僕も――ちょっと色々と忙しいにぃ。それに、こういうんは女子たちだけで行った方がええでない?」
「そうですね。女子の家に男子が上がるのは、あまりよくないのかもしれませんね。」
「じゃあ――私たちだけでっていうことになるのかな。」
「ですね。」




