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神送りの夜  作者: 千石杏香
第五章 霜降
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5 連れ去りの夜

 夜が始まる。

 危険を報せるようにサイレンは響いた。

 ウゥウゥゥゥ―――ゥゥゥ―――――。

 薄紅(うすべに)の空に余韻を引いて残響が消える。

 ゥゥゥゥ――ゥゥ―ゥ。―――。――。


 冬樹は、自室の窓から港を眺める。

 闇に染まりつつある海が、父が消えた夜を思い出させた。

 ――帰ってこなかった。

 だから、たぶん泣いていた。


 覚えていることはあまりない。

 遺影に映る若い男。教員だったこと。多くの本を遺したこと。それらは、知っていることであっても、覚えていることではない。

 覚えていることは――。


 正直、よい思い出があまりない。

 出てゆくと、怒ればよく脅す人だった。それが、本当に帰らなくなったのだ。やがて、崖下から車が見つかった。


 ――どこへ行ってしまったんだ。

 下唇を噛む。

 ――どこへ行ったんだ、実相寺。


 一年神主に選ばれれば祟りがあるという。だが先日の調査では、一年神主になり得ない――年端のいかない少女も亡くなっていた。


 ――なぜ実相寺なんだ。


 人が消える。

 それはあり得ない。

 だから行き先を想像せざるを得なかった。

 ――どこへ。


 伊吹山ではないかという気がしている。


 人が消えるように神社も消えた。

 完全に消えただろうか。

 火災があったのは宮司の家だ。一方、山の中に続く参道の先に神社はあった。そこに宮司が常住していたとは考えにくい。焼けた家は麓にあったのではないか。


 ――境内まで飛び火しないはず。


 山の石段を想像する。

 痕跡は今も残っているのではないか。

 もしそうなら、失踪者を隠すのに相応しい場所だ。そんなことを考えていたから、

 ――あの夢を見たのかもしらん。


 山頂に遺跡があると考えたことがある。失踪者の行き先も想像した。それらの心情が反映された夢と考えれば妙なことはない。


 ――でも。

 目覚めたとき、普通ではない抜け毛が枕元にはあった――まるで、何者かが来て抜いて行ったように。


 ――何が来た?


 ふと、あることに思い当たる。

 一階へ降りた。

 動画を見たり、LIИEを使ったりするときはパソコンで見る――スマートフォンでの入力が苦手だからだ。


 居間へ這入る。

 いつも通り散らばっていた。居間の本棚にも父が遺した本がある。テーブルには書類が乱雑に置かれていた。

 その片隅にパソコンはある。


 電源を入れた。

 静かな起動音がして、黒い明かりが画面に灯る。じきにそれは藍色に変わった。


 パスワードを打つ。

 自分のアカウントへログインした。

 異変に気づいたのは、そのときだ。


 デスクトップは、初期設定のままいじっていない。いつもなら、製造会社のロゴが表示されるはずだった。


 しかし、奇妙な画像が今は拡がっている。


 一本の枯れ木が上下逆に写っていた。

 しかも逆光で真っ黒だ。

 背後には、夜明けとも日没とも取れる風景がある――濃いオレンジに地が、濃い藍色に空が染まり、グラデーションとなっていた。


 恐らく、どこかの風景を写したものだ。

 しかし、自然そのままとは思えない。加工したものか、描いたものか分からなかった。どうあれ、不自然で不気味な印象を受ける。


 アカウントのパスワードは冬樹しか知らない。なぜ変わったのか。

 ――こんな、気味の悪い画像に。


 ふと、窓の外が気にかかる。

 何かから覗かれている気がしたのだ。

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