それぞれ別の対象に集中することが
<人間のようにも見える部分>と<本体部分>がそれぞれ別の対象に集中することができるというのも、ヒト蜘蛛の強みだった。本体側には目はなくとも目に勝るとも劣らないセンサーもある。
だからこそ、インヴィと戦っている隙を狙ってきたボクサー竜の相手もできる。
とは言え、手数そのものは分散されてしまうので、ボクサー竜の狙いも実は悪くはないのだ。普通のヒト蜘蛛ならこれで追い詰められたりもするだろう。
しかし、蛮はそうではなかった。ヒト蜘蛛としては高い知能をもつ蛮は、襲い掛かってきたボクサー竜を、本体側の脚で、インヴィ目掛けて蹴り飛ばしたのである。自らはわずかに下がりつつ。
すると、突然目の前に吹っ飛んできたボクサー竜に、インヴィは咄嗟に反応してしまった。ついボクサー竜の方に意識を向け、鎌を繰り出しさえしてしまう。
この隙を、蛮は見逃さなかった。インヴィがボクサー竜を左の鎌で捉えたと同時に彼女の右腕を掴み引き寄せ、さらに彼女の脚を蹴って掃い、バランスを崩させたのだ。しかし彼女もされるがままにはならず倒れ込みながらももう片方の脚で地面を蹴って、蛮の<人間のようにも見える部分の腹>に、ヘルメットのような頭からロケットのように突っ込んできた。
頭突きだ。マンティアンの頭はそれ自体が鈍器であり、武器である。それこそ頭に渾身の頭突きを食らえば、生身の人間など、頭蓋は砕けそのまま脳挫傷で死に至るだろう。
それほどの威力を持つ必殺の一撃である。だが、それはあくまで『人間なら』ではの話。今回のような命のやり取りこそが日常である蛮は彼女の頭突きを食らいながらもインヴィの首に手(触角)を絡ませ、そのまま地面に俯せになるように覆いかぶさっていった。
インヴィも手足を地面に着いて首を引き抜こうとしたが蛮の力はそれを許さず、インヴィの頭を彼女の背中側に折り曲げるようにしてそこに自らの体重も掛けた。
瞬間、
バギッッ!!
という恐ろし気な音が響き、インヴィの体がビクッと硬直。続けて、ビクビクッと痙攣を始めた。彼女の頸椎がへし折れた音だった。
打撃には強い体を持つマンティアンだが、てこの原理で首を限界以上に折り曲げられれば、さすがに持ち堪えられなかったのだ。
蛮の勝利であった。
しかもこの時、蛮は、飛び掛かってくるボクサー竜を退けつつそれをやってのけたのである。
そうしてボクサー竜を払い除けつつ立ち上がった彼の足下には、体は地面に俯せに倒れているのに顔は空を向いているインヴィの透明な体があったのだった。




