補助的な脳
「ギヒッ!」
蛮の完璧な右フックを顔面に食らい、インヴィは衝撃で頭が混乱する。が、それは一瞬だった。もともとマンティアンは衝撃に非常に強い肉体をしていたからだ。人間であれば『脳が揺れる』と言われるような状態が起こるような状況でも、ほとんどそれが生じないのである。
<天然の装甲>とも言える外皮部分の強度に加え、肉体の構造そのものが衝撃を緩和することに優れているらしい。ゆえに、打撃系の攻撃には滅法強いということのようだ。
なので、インヴィも左の鎌で蛮の右手(触角)を捉えようとする。
「!!」
が、その攻撃の危険性を察していた蛮は素早く右手(触角)を下げ、鎌を躱す。
ヒト蜘蛛全体としての動きではインヴィに追いつけない蛮ではあるものの、<人間のようにも見える部分>だけの動きなら、負けてはいなかった。それどころか、続けて繰り出される左右の鎌を、的確に両手で払い除け、インヴィの腹に足(触角)で前蹴り。彼女を弾き飛ばす。
そこに、本体側の脚で追撃。
しかしそれは躱され、逆に蛮の顔目掛けてインヴィが回し蹴り。これを頭を下げて躱した蛮に、狙いすましたかのようにインヴィがさらに続けて回し蹴りを。
これについては本体ごと後ろに下がることで躱してみせた上ですぐさま前に出て、今度は蛮がインヴィの顔目掛けて前蹴り。インヴィも頭を逸らすことでそれを躱した。
と同時に、今度はインヴィが、蛮の<人間のようにも見える部分の腹>を狙って足を跳ね上げる。これを、蛮は前蹴りを放った足(触角)で受け止めた。
実に見事な攻防だった。
蛮もインヴィも、一歩も退こうとしない。互いの間合いに入ってしまっていることで、下がろうとすればそれが隙になってしまうことをどちらも察しているのだろう。
再び、双方とも足を止めて、全力の手業の応酬。
だがこの時、
「!?」
蛮の<流体センサー>が別の何かを捉えていた。すると、反射的に本体側の脚が跳ね上げられ、蹴りを繰り出す。
「ゲヒッッ!!」
その蹴りが捉えた対象が悲鳴を上げて弾き飛ばされた。ボクサー竜だった。ボクサー竜が、蛮とインヴィの攻防に乱入したのである。
しかもそれは、以前、巨大猪竜を倒した時に蛮に襲い掛かったボクサー竜の群れだった。あの狡猾なボスの姿も見える。インヴィとの戦いに気を取られている蛮を狙ったようだ。
とは言え、蛮の能力はそんなボクサー竜の狙いをも上回った。
それというのも、ヒト蜘蛛は、その巨体を確実に素早く制御するために、頭の部分の脳だけでなく、<補助的な脳>とも言うべき大きく発達した神経節を本体側に複数持ち、そちら側でもある程度は体の制御ができてしまうのである。
つまり、人間のようにも見える部分でインヴィの相手をしていても、本体側もそれとはまったく関係なく反撃ができるということだ。




