隙を突かれた
この時、いわば蛮は『逃げ』た。あくまで自分に有利なステージに移動するためだったとも言えるが、パルディアから見れば確かに蛮は逃げたのだ。
けれど、パルディアの方も、逃げた蛮を追うことはなかった。ここで深追いして相手が有利なステージに移動してしまっては、今度は自分が窮地に立たされる。
それを本能的に悟ったのだろう。だからそれ以上追わなかった。蛮が完全に覚醒するまでに決めきれなかったパルディアの負けであるとも言える。だから引き際をわきまえた。そして狙いを再びパパニアンへと変更する。
レトが逃げ去った後のパパニアンの群れに。
すると、容易くパパニアンを一人、仕留めることができた。それは、ほとんど捕食者のような形相でレトに襲い掛かろうとするような振る舞いを見せた者だった。
何やら恐ろし気な声が聞こえることで見張りに立っていたのだが、肝心のパルディアが自分に迫っていることに気付かなかったのだ。というのも、自分が気になっていた雌が、恐ろしげな気配を察したストレスを、他の仲間との<疑似的な性行為>で解消しようとしていたのが気になってしまって、そちらに意識を向けてしまった隙を突かれたのである。
それは、致命的な失態だった。いや、<致命的>じゃなくて、完全に命を落とす原因となった。
「ぎ……っ!?」
自身の体の異変に気付いた時にはもう手遅れだった。死角から音もなく忍び寄ったパルディアの牙が確実に頸椎を捉え、容赦なく嚙み砕く。
こうして、ほとんど抵抗らしい抵抗をすることもなく、レトを危機に陥れる一番の原因を作った、本当ならばレトが犠牲になることで救われることになるはずだったパパニアンが、皮肉にも自ら犠牲となり、仲間の命を救う結果となった。
パルディアも、獲物が確保できたのならもう用はない。
犠牲となったパパニアンを抱えたまま闇の中へと消え去っていった。
パパニアンの群れには動揺が広がったが、それもすぐに収まるだろう。これも彼らの日常なのだから。
一方、生きるために必死の逃避を図ったレトは言えば、実はまだ、逃げている途中だった。恐怖にかられ視野狭窄に陥り、自分がすでにパルディアを振り切ったことに気付いていなかったのだ。
『死にたくない』
『死にたくない!』
人間のそれほど明確な思考ではなくても、意味合いとしてはまさしくそういう感じでただ暗闇を先へ先へと必死で逃げた。
しかしその時、大きくジャンプした先に、掴まるべき<木>がなかった。
「!?」
体が完全に宙に放り出され、何も掴めない。何もない。あるのはただ、星が煌めき始めた夜空と、闇。
彼はいつの間にか、密林が途切れたところまで来てしまっていたのだった。




