苦戦
基本的には昼行性のヒト蜘蛛と夜行性のパルディアとでは、さすがにハンデが大きかった。加えて、ヒト蜘蛛も木には登れるとは言っても、必ずしも<得意>とは言い難い。樹上での動きは、パルディアには敵わない。
とは言え、不利な樹上で戦うのではなく、地上に降りてしまえばよかったのだ。そうすればさすがにパルディアもわざわざ追いかけてはこなかったはずだ。
なのにこの時の蛮は、深い眠りから突然起こされたことで頭が回っていなかったのかもしれない。わざわざ不利な樹上でパルディアを迎え撃ってしまった。
「ガアッ!!」
パルディアとしても、得意な樹上でしかも夜間だったことで、勝利を確信してしまったようだ。実際、蛮の動きはパルディアについていけていなかった。
全身を覆う細かい毛がパルディアの接近を教えてくれることで死角はないものの、さりとて足場の悪さはいかんともしがたく、ほとんど位置を変えずにただ脚や<触角>で、パルディアがいる位置に向けて攻撃を放つしかできなかった。
その一撃一撃が必殺の威力を持つのでパルディアとしても油断はできなかったものの、恐ろしいというほどでもない。
と、パルディアの爪が、晩の、<人間のようにも見える部分の首>をかすめた。肉が切り裂かれ、血が飛び散る。が、幸い、太い動脈には届かなかった。しかし、明らかにこれまでの蛮には見られなかった苦戦だった。
「ギイッッ!!」
思わぬそれに、蛮の表情がさらに怒りに歪む。歯を剥き出し、吠えた。
けれど、パルディアはむしろ冷静だった。飛び掛かると見せて、迎え撃とうと構えた蛮の目の前で枝を掴んでタイミングをずらし、その上で蹴りを放つ。
するとパルディアの脚の爪が、蛮の<人間のようにも見える部分の右の乳房>をざっくりと切り裂いた。昼間であれば、それこそ、鮮血が弾けるように飛び散ったのがはっきりと見えただろう。
さりとて、蛮にとっての<人間のようにも見える部分の乳房>など、機能的には何の意味もないただの飾りでしかない。それこそ<脂肪の塊>なのだ。
それでいて、脂肪の塊を切り裂かれた痛みが、逆に、寝起きで十分に働いていなかった蛮の頭を完全に覚醒させたのかもしれない。
瞬間、彼は空中に身を躍らせ、闇の中へと落ちていった。いや、地面に降りたのだ。この辺りは彼にとってはあまりにも慣れた場所。闇で見えていなくても地上がどうなっているかは分かる。彼が安全に着地できることはよく分かっていたのだ。
「!?」
するとパルディアは、木の枝に掴まり、その場にとどまる。
おそらく、樹上での勝利のビジョンは見えていたものの、地上では見えなかったのだろう。
だから追撃を諦めたのだ。
この引き際の良さが、生死を分けるのである。




