閑話乃四〜閑話テレパス〜
○-○──ウイスキーとリエット、カキフライ──○-○
「……確かに、私はお酒が欲しいと言ったけども……」
美月君が持ってきた台盤には、3種類のものが載っていた。
一つは小鉢級の器で、ペースト状の物体が入っている。色味はピンクに近いだろうか。
また一つは見事な狐色の揚げ物で、やや紡錘形をしている。明らかにパン粉を用いたフライ料理だが、よくもまあそれだけの揚げ油を手に入れたものだ。
最後の一つは飲み物だが、器も含めて大変な問題を孕んでいる。最大の問題は一旦保留するとして、中身は琥珀色の液体である。どうせウイスキーか何かだろうが……
「ウイスキー製造は苦労しました。蒸留器の作成云々もさることながら、丁度良い樽を手に入れるのは大変な仕事でしたね。最終的に応宝寺ワインで使った樽を転用したことで、香りも良い最高のウイスキーが出来たわけですが」
ほれみろ、やっぱり作ってた。しかもワインに名前付けてるし。ウイスキーの熟成期間を考えると、下手したらあの地震より前から作っていたことになる。つくづく恐ろしい娘である。
だがしかし、これは正直想定内とも言える。問題は別なのだ。
「あっ。そっちのペーストは猪リエットで、あとはカキフライです。どちらもウイスキーに合うと聞いたことがあるので、おつまみになるかと」
「いや、それはいいんだが。この器、明らかにガラスだよね?」
そう。この器、どこからどう見てもガラス製なのである。紛うことなき透明ガラス(厳密には僅かに白く濁っているが)で、ウイスキーの美しい色合いがはっきりと分かる。ここが平安時代の屋敷ではなく、現代日本の洒落たバーとかならもっと良かっただろう。
「ああ、それですか。宙吹きによる製法は習ったことがあったので、応宝寺の一角を借りて練習しておりました。結果として形に出来たので、私としては大変満足しています」
「…………君が楽しかったならいいけどさ……」
そもそもの話をすれば、ガラス製品自体が古代日本で作られていなかった訳ではない。福岡県の遺跡では、ガラス勾玉の型が発掘されていることからも、それはある程度証明出来る。
だがこれは古墳時代とかの話であり、平安にあっては国宝級の貴重な舶来品であることに変わりはない。正倉院宝物に白瑠璃碗や紺瑠璃杯が含まれているのは、きっと周知の通りだと思う。
(……後世で発見されたら拙いよなぁ、これ……)
そのうちしっかり壊して隠滅しよう──そう考えながら頂いた酒は格別でした。はい。
○-○──摂関政治──○-○
兼家一派を見事に都から一掃して暫く。美月君から「教えて欲しいことがあります」と言われたので、久しぶりに(恐らく初めて美月君の要請で)講義を行うことになった。
「──で、摂関政治の概要について……だよね?」
「はい。今回の件とも関わりましたし、一応確認したいと思いまして」
「よろしい。じゃあ早速……」
そもそも、摂関政治とは「摂政や関白によって政権運営が行われる形態」のことである。幼帝の代理たる摂政や帝の補助──事実上の代弁者──たる関白は何れも藤原氏北家に独占され、彼らの栄達を裏付けるものとなったのである。この意味にあって、聖徳太子による政治は摂関政治と呼ぶことはない。
初の人臣摂政は貞観八年、清和帝の御代に就任した藤原良房である。余談だが、彼の養子基経はあの実頼から見て祖父にあたる。清和帝は先代の文徳帝が父親だが、文徳帝自身は病弱のために殆ど政務を執らなかった。先先代の仁明帝も同様であったため、両帝が在位した約25年間は、帝不在の国政運営を余儀無くされていた。
これにより朝廷は人臣による「政務の作業化」を実現し、天皇大権から統治権を事実上奪ったのである。すなわち摂関によって天皇の統治権は肩代わりされ、前例に無い幼帝践祚を可能としたのである。
以降11世紀まで摂関政治は(村上帝などによる若干の親政を挟みつつも)継続され、白河上皇の院政に引き継がれていく。そもそも院政についても、帝が統治権を持たないという点においては摂関政治と変わることはなく、誰が請負ったかの違いでしかないのだ。
「……なるほど。で、今回の件で何が変わるのですか?」
「多分だけどねぇ、史実以上の隆盛は起きないと思うの」
摂関政治がその地位を確立したのは、偏に兼家流による「摂関と大臣職の分離」によるものだと思う。これによって摂関は左右大臣や太政大臣の上に立つことになり、正真正銘頂点となったのである。果たして頼忠や公任、その息子達に同じことができるかどうか……
「そう考えると、旦那様は歴史に残ることをなさったのですね」
「正直、胃が痛いよ……」
こんな形で歴史に手を触れるとは、鴨川東に放り出された当初は夢想だにしなかっただろう。私の行為が正しかったかどうか──尤も、正解があるとは思わないが──は、きっと後世の歴史家が判断してくれるだろう。多分。
どうも、毎度毎度の一条です。
こちらも毎度のことながら、次回から新章に入ります。多分最終章です。ではまた。




