第三十四話〜三船の才〜
兼家首謀の皇位挿げ替え騒動、後に言う「寛和の陰謀」事件からざっくり4ヶ月弱が経過した。
歴史という大河からどんなしっぺ返しを食らうか冷や冷やしていたが、権力中枢の変更以外はなんの問題もなく史実通りに──少なくとも知る限りで、大きく逸脱することなく──進んでいった。確かに帝は変わらず、摂関も控えめな活動になりこそしたが、歴史はそれを特に重要視しないらしい。どこぞの運命を冠するゲームシリーズの設定をパクる……もとい借りるなら、恐らく歴史の方向性を定めるアンカーはここには無いのだろう。想像するに摂関政治よりも武家政権の方が大事だろうから、その辺りで何か揺り戻し的なサムシングが起こるに違いない。知らんけど。
さて、そんな与太話はSF作家とかそっちの方に丸投げしよう。本日は寛和二年十月十日である。
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平安京の西を流れる一級河川、大堰川(桂川)にて。
「すごい数の貴族ですね、旦那様」
「そりゃまあ、ああなったらねぇ……」
本日は大鏡などの史料に記された遊興が行われた日であり、ほぼ史実通りにそれは行われた。
ほぼ、と言うのは無論変更点がある故である。特記すべきは出席者で、道長含む兼家派がいないのは勿論だが、円融法皇臨席に加えて花山帝の行幸まで入ってしまったのだ。先帝と今上が同時に御坐すとなれば参加しないわけにはいかず、また参加したい理由も強くなるので大変な人数の公家が集まったのである。今更だが、政務とか滞らないのだろうか?
「……で、これって何の遊びですか?」
「あそこに小舟が3艘いるでしょ。夫々管絃の舟、和歌の舟、漢詩の舟と言います。1人ずつ乗せて同時に川を下らせて、ゴールに着くまでに各々即興で演奏や詩作をするのよ」
「なんというか、随分と高尚な遊びですね」
平安時代の遊びといえば、基本こういうものなのである。
とは言え、これはただの遊びではない。歌合の時もそうだが、特に名手と認められた人には特別な報酬や官位昇格なんかがあり得るのだ。この3種の「遊び」は何れも当人の文化教養を示すものであるから、高評価を得れば文化人として帝の覚えもめでたくなるというわけである。
「おっ、そこにいらっしゃるのは公任殿じゃありませんか」
「おお、これは義憲殿。ご無沙汰してございます」
そして遂に今回の主人公、藤原公任のお出ましである。私自身は管弦も詩作もからっきしなのだが、今回は公任に会うためだけにやって来たのだ。
「お元気そうでなにより。…………時に公任殿、どの舟に乗られますか?」
「ふむ、そうですね……では、和歌の舟に乗りましょう」
(おっし史実ルート突入!)
目論見通り公任は和歌の舟に乗り込み、あの有名な「小倉山嵐の風の寒ければもみぢの錦きぬ人ぞなき」を詠み上げた。「漢詩の方がもっと名声が上がった」などと持つ者の苦悩を述懐したのも史実通りである。
「旦那様。どうせ歴史が変わるのなら、これはしなくてもいい苦労だったのでは?」
「いやまあ、そうなんだけどね……」
個人的なエゴにも似た何かだろうが、なんとなく歴史を辿る必要があると思っただけである。どうせ大鏡が出来るとも限らないのだし、後世に残るかも甚だ怪しい以上、確かに意味はないのかもしれないが。
美「実際のところ、昇進した人っているんですか?」
義「今回のこれだと、源時中が管弦を評価されて公卿入りを果たしたね」
美「本当にあるんですね、そういうの……」
義「勿論全部がそうというわけじゃないけど、教養の有無は人事に関わり得る問題だからねぇ」




