第三十三話〜夜が明けて〜
兼家一家捕縛の報せは京中を──特に朝廷を動揺させた(政治権力を握ろうとしていた集団が一挙に掃討されたのだから、ある意味では当然である)。よって日の出を待たずして公卿の召喚が行われ、花山帝の御前にてその処分が話し合われた。
事の重大さから、養老律に示された八虐(8つの重大犯罪、最高刑は死罪)から謀叛(国家への反乱、外患誘致、亡命)や大不敬(俗に言う不敬罪)の適用を提案する声もあったが、最終的に以下の処罰が決定された。
藤原兼家:右大臣 → 大宰員外師(権帥)
藤原道隆:右近衛中将 兼 東宮権大夫 → 下野権守
藤原道綱:備前介 → 隠岐権守
藤原道兼:左少弁 兼 蔵人 → 佐渡権守
藤原道長:右兵衛権佐 → 紀伊権介
源 満仲:摂津守 → 伊豆権守
どれも歴とした官職ではあるが、実権らしい実権は持たない。言うなれば窓際族にされる。特に兼家の処遇は嘗ての道真とほぼ同じ流れであり、昌泰の変の再来を見た者もいたとかどうとか。また、兼家は「出家して京に留まりたい」と希ったらしいが、安和の変における同様の要望への対応を引き合いにして拒否した。確かあの件は兼家が関わっていたと聞いているが、本人はどう思っているだろうか。自身が排除した方法と同じことをされて、悔しがっているだろうか?
「……と言うわけで聞きに来ました。今のお気持ちは?」
「さあな。己がお前に答えるとでも?」
正論である。この辺りのことは、きっと歴史の奥底にでも沈んでいくだろう。寂しいような、もどかしいような。
花山帝周りについても、大きな変化があった。結局元慶寺への出家を思い留まらせることに成功したらしく、政務にも精力的に励んでいると言う。「そのうち出家のことなど忘れるでしょう」とは頼忠の言である。
その頼忠と義懐も関係を修復したらしく、帝-頼忠-義懐の三つ巴状態だった朝廷は一枚岩になったらしい。義懐は権中納言から大納言へ昇進(元々大納言だった藤原為光が右大臣になり、欠員補充の意味合いもあった)し、私自身も参議から権中納言へ召し上げ(位階は正四位上から従三位に格上げ)となった。義懐とは今ではすっかり仲も良く、たまに甘味を振る舞う仲である。
最後に、皇太子である懐仁親王の処遇である。
一番議論に時間を割いたのがこの問題であった。というのも、親王の立太子は円融法皇(昨年に出家あそばされた)の強い希望によるものだが、親王の祖父が兼家なのである。維持か廃太子かで侃侃諤諤の議論が為されたが、結局、以下のように取り決められた。
・懐仁親王は、東宮のままとする。
・摂政適任者不在のため、向こう6〜7年は東宮据え置きとする(現時点で数え7歳のため、元服を待つ)。
・東宮元服まで、今上は在位たること。
兼家の血を残すことに抵抗のある貴族が散見されたが、九条流を汲む家がない以上心配無用とされた。むしろそれを外部から悪用しようとする人物の出現を問題視し、東宮の御代に天皇親政が行われることを期待しての3条件となった。
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「旦那様、これってかなり大きな歴史改変では?」
「作品が作品ならタイムパトロール案件だね」
さて、今回の一件で何が起こったか。
まず、後世における「摂関政治」の概念そのものが変わる可能性がある。少なくとも、道長が行なったような大規模な権力掌握は行われなくなるだろう。この世界の未来日本では、きっと兼家以下の名前は教科書に載らないと思われる。
次に、文学作品への影響である。今回の件で藤原為時なる人物は失職せず、また道隆や道長の娘が中宮になることは無い(仮にあったとして、かなり低い確率である)。これが意味することは、すなわち「紫式部や清少納言が宮仕えしなくなる可能性」である。より簡潔に言えば「源氏物語や枕草子の消滅」となり、大事と言える。
最後に、公家の家格に関する問題である。本件によって兼家ファミリーが軒並み失脚し、その子孫が権力中枢に再び参入する可能性は極めて低くなった。つまり道長から見て来孫(孫の曾孫)である近衛基実(近衛家始祖)と九条兼実(九条家始祖)がいなくなり、さらに近衛基実の孫である鷹司兼基(鷹司家始祖)もいなくなり、ダメ押しで九条兼実の曾孫である一条実経(一条家始祖)と二条良実(二条家始祖)もいなくなることになる。纏めればすなわち、摂政・関白・藤原氏長者になれる家である五摂家の消滅である。この辺は頼忠の子孫が取って代わるだろうが、さて。
また、これは未確定だが、懐仁親王の践祚時期がずれることによってその子孫が大きく変わる可能性がある。今後の皇統がどうなるかは不明だが、史実通りに行くとは思えない。
「……予想以上に色々変わるけど、どれも可能性でしかない。その中にあって、一つだけ確実なことがある」
「確実なこと、ですか?」
「君を守ることが出来る──この一点は、確実だと言える」
「……なんというか、クサイ台詞ですね」
「黙らっしゃい」
これとて自らが選び取った道だ、後悔などしていない。摂関期の全盛を見たくなかったというと嘘になるが、それは美月君との素晴らしい毎日を捨ててまで見るものでもない。まして私には数え6歳の子供2人がいる。尚のことこの家を守らないわけにはいかない。
私は歴史家として、この新しい日本史を記録しよう。歴史を変えた者として、それが責務だと思うから。
美「皇太子が兼家様の孫なら、廃嫡してもよかったのでは?」
義「兼家を排除して探そうとすると、村上帝の息子まで遡らないと適任者いないのよね。円融帝の子は親王だけだし、花山帝は子供いないし、冷泉帝は兼家系以外は内親王しかいないし」
美「村上天皇の息子だと……流石に無理がありますね」
義「そゆこと。円融帝の機嫌を損ねたくないってのもあったけどね」




