第三十一話〜歌合と思惑〜
寛和二年六月十日、花山帝の意によって内裏で歌合が行われた。世に言う寛和二年内裏歌合である。
尤も私はこれに参加していたわけではなく、この時期に行われていた「記録が残っている」と知っていただけである。よって、以下は史料に記されたものである。
そもそも、歌合とは何か。これは歌人を左右に分けて行う遊び兼文芸批判の場であり、自身の出世をも賭けた真剣な行事でもあった。始まりは9世紀後半で、私が飛ばされてきた天徳四年にも(内裏焼亡以前に)行われている。
役割分担は、歌を提出する方人、歌を読み上げる講師、方人から講師に歌を受け渡す読師、自陣営の歌を褒め敵陣営の歌を批判する念人、勝敗を判定する判者(置かれない場合もあり、その際は衆議判と呼ばれる)である。流れとしては、左方→右方と歌を詠み(厳密には提出されたものを講師が読み上げる)、念人がディベートを行い、判者が勝敗を判定し判詞(判定理由)を伝える──これを複数回行う。そして最終的な結果を総合し、左右の勝敗を決める。
今回の歌合は20題20番、方人即歌人(その場の参加者全員が歌を詠む)方式である。題の内訳は四季18題と祝・恋の人事2題。主催は勿論花山帝、判者は帝の外戚である権中納言藤原義懐、左方講師は藤原公任、右方講師は藤原長能、他に主だった参加者として大中臣能宣や曾禰好忠などがいる。
注目すべき参加者は藤原道長であろう。当時の彼は数えで21歳、位階は従五位下であり、序でに言えば私から見て格下の存在である。それはさておき、彼はこの歌合で祝の歌を詠み、曾禰好忠に勝っている。歌の内容までは覚えていないが、さぞ素晴らしい名歌なのだろう。はたしてこの道長、父親の持つ陰謀を知っているのかいないのか。
「……で、美月君、彼らに動きは?」
「恐らく史実通りに動きます」
「なら13日後か。……官職も頼忠殿に手を回してもらったし、後は手筈通りに……」
今から武者震いがする。
ああ、私は歴史を変えるのだ。それも、何か偉大なことをするわけではない。未来を知った上でそれを変える、時間警察やら時空警察の類が大激怒しそうな私欲に満ちた改変だ。
成功すれば輝かしい未来が、だが失敗すれば未着手以上に悪い結果が待っている。失敗しないために手を尽くしたのだ、絶対に成功して見せよう。
*>──京内某所──<*
「……改めて計画を確認する。道兼、お前は蔵人として帝を寺まで導かねばならん。決してしくじってはならんぞ」
「はっ」
「次に道隆、道綱。お前たちは帝が門を通り次第、神器を皆東宮御在所たる梅壺へ移せ」
「承りました」
「計画通りに」
「道長、全てが済み次第、お前は関白殿に帝出家の旨を知らせろ」
「はい」
「最後に満仲、お前は源氏として道兼と帝を確実に寺まで守り通せ。もし道兼が出家させられそうになったら、力尽くで引き戻せ」
「御意」
その場に集まった4人を見回し、陰謀の首謀者たる還暦近い老人──藤原兼家は薄ら笑う。
「……ああ、今は亡き兄上、己は長く貴様に苦しめられてきたが、これでこの苦しみも終わりだ。貴様子飼いの頼忠も追い払い、己が上に立とう……!」




