第三十話〜花山帝の践祚〜
永観二年八月二十七日、円融帝は位を退かれた。兼家の圧力に半ば屈したような形ではあったが、しかしそこには兼家との妥協点が存在した。そしてこの妥協点こそが、私の頭を悩ませる種となるのである。
後院である朱雀院に居を移した帝の代わりに立ったのは、冷泉帝を父に持つ師貞親王である。後に花山帝と追号されるこの方は、冷泉帝譲位の宣命において「守平親王(円融帝)の皇太子として立てること」と定められていた。
同じことが、先述の妥協点として行われた。すなわち、円融帝は自身が位を退く条件として「息子である懐仁親王を立太子させること」を提示し、兼家はそれを呑んだのである。もとより懐仁親王は兼家の孫である──母である藤原詮子こそ兼家の次女である──から、兼家としても外戚の地位を手に入れられ、また円融帝も自分の子供を皇位に即かせることが可能になるのだ。
(それが厄介なのよなぁ……)
高御座の脇に設けられた幔(幕屋)から花山帝の即位礼を眺めつつ、今後の身の振り方に思考を割く。
懐仁親王が立太子し即位する──ここにどのような問題があるかというと、ずばり「自分と仲の悪い兼家が権力者となる」という点に尽きる。
改めて前提を整理しよう。私が後ろ盾として頼っている頼忠は、藤原兼通から信頼された人間である。この兼通は兼家と兄弟であるが、史料に残されているように大変仲が悪い。そのために兼家は頼忠とも仲が悪く、関連して私とも仲が悪い。余談だが、花山帝践祚の現時点で頼忠は関白太政大臣、兼家は右大臣である。
頼忠の関白職は円融帝譲位の宣命で保障されているが、それも花山帝に限った話。懐仁親王が践祚した段階で関白を辞さざるを得ず、従って頼忠の庇護下に事実上置かれている私の立場も危うくなる。ましてその後は兼家を相手にせねばならないのだから、出世どころか安定さえも怪しくなるだろう。
(……あっ、始まったわ)
式の途中で、花山帝が女官を高御座に引き込んだ。残念なことに、これも史料の通りである。
話を戻すと、私の地位が危ぶまれることは、畢竟自分の誓いを反故にしかねない。つまり、美月君を守れなくなる。
8年前に密かに立てた行動方針に従い、私は行動を起こさねばならない。
まず考えつく手段は、懐仁親王を践祚させないことである。但しこれは円融帝の宣命で確定しているため、惜しくも却下である。
兼家を失脚させてはどうか。しかし兼家の息子は依然として朝廷に残ることになるので、彼らが代わりに立つことになるだろう。却下。
では、花山帝の譲位を阻止するか。史料によれば、この事件自体は兼家の策略である。実に綿密に組まれているが、もしかすればいけるかもしれない。
(……賭けだな、これは……)
自ら動いて歴史を変える──タイムスリッパーの醍醐味であろうが、実際は大きな代償を伴う。私の場合、もし失敗すればそれこそ只では済まないだろう。だがやらなければ、確実に落ちぶれる。
私は、美月君を守らなければならない。
美「で、即位礼で何が始まったんですか?」
義「……あの方は女性関係に病的なまでの問題があるからねぇ……」
美「話を逸らさない。何があったんです?」
義「ノクターンの方で一本書けそうなこと」




