晩飯はキノコスープだな
第一章をお読みいただきありがとうございました。
引き続き第二章もよろしくお願いします!
エレノアに弟子入りしてから、しばらくの時が過ぎた。
「レイジ」
朝食を終えたところで、エレノアに呼び止められた。
「はい」
振り返ると、エレノアは両手で抱えられる程度の箱を持っていた。見覚えがある。居間に置かれていた小型映像受信機だ。
「これを直せ」
そう言って、箱が差し出される。レイジは受け取ってから、正面の黒い画面を見た。
「そういえば、壊れてましたね」
少し前から映像が出なくなっていた。音は聞こえるので受信そのものはできているらしいが、画面には何も映らない。一度、エレノアが分解しているところを見た覚えもある。
「師匠が直してたんじゃなかったんですか?」
「途中まではな」
「途中までは?」
「映像出力用の魔石を調べているときに、少し思いついたことがあった」
エレノアが研究室の方を見る。嫌な予感がした。
「それで?」
「そちらを調べることにした」
「受信機は?」
「忘れていた」
やっぱり。
レイジは手の中の映像受信機を見る。
「じゃあ、師匠が直した方が早くないですか?」
「早いな」
「ですよね」
「だがお前の実習にはちょうどいい」
そう来たか。
エレノアは映像受信機の一部を指で叩いた。
「受信部分は生きている。映像周りだけ直せ」
「何が壊れてるかは?」
「自分で調べろ」
「ですよね」
聞くだけ無駄だった。この一年で、師匠の教育方針はだいたい分かっている。分からないことは教えてくれる。ただし、自分で調べれば分かることまで教えてくれるとは限らない。
「期限は?」
「特にない。まあ、やってみろ」
それだけ言うと、エレノアは研究室へ向かった。
「師匠は?」
「少し調べたいことがある」
扉が閉まる。レイジはしばらくその扉を見たあと、手元の映像受信機へ目を落とした。
どうやら、しばらく出てこないらしい。
まずは《識別》からだった。
映像受信機を作業台へ運び、外装を外す。中には大小いくつもの魔石と、それらを繋ぐ術式が組み込まれていた。一年前なら、見ても何が何だか分からなかっただろう。今なら、ある程度は分かる。
レイジは映像出力を担当している魔石へ手を伸ばし、意識を集中する。
《識別》。
魔石に保持されている性質が、一つずつ認識できるようになる。数が多い。それだけならまだいい。問題は、何のために入っているのか分からない性質までいくつもあることだった。
「……師匠、こんなの作ってたのか」
普段は何気なく見ていた映像受信機だ。映る。音が出る。それだけ分かっていれば生活するには困らない。作ったのがエレノアだということも知っていたが、中身まで調べようと思ったことはなかった。
レイジは紙を取り出し、《識別》できた性質を書き出していった。しばらくして、色に関係していそうな性質へ目を止める。
「色は……Lv.2で揃ってるけど、赤だけ抜かれた形跡があるな」
《赤 Lv.2》。
紙へ書き加え、次の性質を追う。
そこからが長かった。
昼食を挟み、午後も作業を続ける。魔石に残っている性質を調べ、それが術式のどこへ繋がっているのかを確認する。一つ分かるたびに紙へ書き込み、分からなければ別の場所を調べる。
気づけば、窓の外が赤くなっていた。
もう少しだけ。
術式の続きを追おうとしたところで、左腕から声がした。
『レイジ。もう終わりだ、休め』
手が止まる。
左手首には、エレノアに渡された小さな魔道具が巻かれている。時刻が分かる。どれくらい身体を動かしたかも分かるらしい。離れた場所にいるエレノアとも話せる。ついでに、こうして生活まで管理される。
正式な名前は知らない。そもそもエレノアが名前をつけているのかも怪しい。レイジは脳内で、師匠式スマートウォッチと呼んでいた。
「あと少しなんですけど」
『八時間経った』
「キリのいいところまで」
『明日やれ』
研究室に籠もっているはずなのに、こちらの研究時間はきっちり把握しているらしい。
「師匠はまだやるんですか?」
『やる』
「俺は駄目で?」
『駄目だ』
理不尽ではないだろうか。
とはいえ、ここで粘っても許可が出ないことは知っている。
「分かりました」
『よし』
レイジはため息をついて、紙と映像受信機を作業台に残した。
翌朝。
朝食を済ませると、昨日の続きが気になった。まだ調べられていない箇所がある。あそこを確認すれば、もう一つくらいは絞れるかもしれない。
作業台へ向かおうとしたところで、左腕から声がした。
『何をモタモタしている。走ってこい』
レイジは足を止めた。
「……見てるんですか?」
『何をだ』
「いや、俺が走ってないのを」
『分かるようにしてある』
やっぱりこの腕輪、思っていたより色々測られているらしい。
「師匠、研究してるんですよね?」
『している』
「俺のこと気にしてる暇あります?」
『ある。走れ』
「はい」
諦めて外へ向かう。
弟子になった頃に比べれば、身体はかなり動くようになった。最初は少し走るだけで息が上がっていたが、今では朝のランニング程度なら普通にこなせる。好きになったかと聞かれれば、別にそんなことはない。
ただ、サボることはできない。何しろ研究室に籠もっている師匠からでも見つかる。
走り終え、汗を拭いてから作業へ戻った。
二日目も、《識別》に費やした。
《陰 Lv.2》。
《陽 Lv.2》。
《遮光 Lv.2》。
似たような性質はいくつも残っている。だが、術式を追っていくと、どうしても一か所だけ繋がらない。
翌日も朝から調べ続け、三日目の午後になってようやくレイジは紙の上に並んだ文字を見直した。
「《陰 Lv.2》と《陽 Lv.2》、《遮光 Lv.2》も確認したから……ここは《影 Lv.2》が入るはず」
術式と照らし合わせる。合う。
残っていた箇所も、周囲の性質と術式から考えれば候補はほとんどなかった。
《発光 Lv.3》。
レイジは紙に三つの性質を書き並べた。
《赤 Lv.2》。
《影 Lv.2》。
《発光 Lv.3》。
「……これだな」
三日かかった。ようやく修理に必要なものが分かった。
そのとき、研究室の扉が開いた。
三日前に入っていったエレノアが出てきた。普段は流れるように整った紫色の長髪が、今は見る影もなくぼさぼさに乱れている。十人に聞けば十人が美人と答えそうな整った顔もひどくやつれ、目の下には大きな隈までできていた。
見慣れた姿だった。
「師匠」
「なんだ」
「飯食います?」
「いや。寝る」
それだけ言って、エレノアは寝室へ向かっていった。
俺には八時間を超えて研究するなと言う。朝は走れと言う。飯もちゃんと食えと言う。その本人は三日間研究室から出てこない。
最初の頃は心配したが、今ではもう慣れた。だいたい三日ほど研究して、そのあと一日か二日、死んだように眠る。
錬金術師としては間違いなくすごい人なのだと思う。それ以外は、わりと駄目なところがある。
寝室の扉が閉まるのを確認してから、レイジは作業台へ戻った。
必要な性質は分かった。次は、それを用意する。
素材置き場から、ホワイトカウの肝臓を取り出した。《識別》で目的の《赤 Lv.2》を確認し、そのまま《抽出》する。肝臓から淡い光が抜け出し、小さな結晶へと形を変えていく。
《赤 Lv.2》の性質結晶。
同時に、作業台の上に残った肝臓が形を変えた。色が変わり、形が縮み、別の内臓へと再構成される。
ホブゴブリンの胃袋。
一年前、ゴブリンの牙が紫色の液体へ変わったときは、何が起きたのか分からなかった。今ではもう見慣れたものだ。
続いて取り出したのは、グレイシャドウの外套。同じように《識別》し、《影 Lv.2》を《抽出》する。性質結晶ができあがると、外套は薄い皮へと姿を変えた。
ランニングチキンの皮。
「二つ」
問題は最後だった。
レイジは素材置き場から籠を一つ持ってきた。中には、淡く光るキノコがいくつも入っている。
ヒカリダケ。
これが持っているのは《発光 Lv.1》。欲しいのは《発光 Lv.3》。
そこで必要になるのが《精製》だ。
《精製》は、抽出した性質結晶のLvを変える技術だ。Lvを下げるのは比較的簡単だが、上げるのは難しい。しかも上方精製に失敗すれば、性質結晶そのものが壊れてしまう。
今回は《発光 Lv.1》をLv.2へ、さらにLv.3まで二段階上げる必要がある。だから最初から数を用意した。
レイジは一つ目のヒカリダケから《発光 Lv.1》を《抽出》した。淡く光る結晶が生まれ、残ったヒカリダケは光を失う。
タケノキノコ。
普通に食べられるキノコだ。
結晶を器へ置き、《精製》を始める。《発光 Lv.1》から《発光 Lv.2》へ。結晶の光が強くなっていく。
あと少し。
そう思ったところで、結晶にひびが入った。
「あ」
砕ける。
失敗。
レイジは次のヒカリダケを取った。もう一度《抽出》し、タケノキノコが一つ増える。
今度は《発光 Lv.2》まで上がった。そこから《発光 Lv.3》へ精製を続ける。結晶が震えた。嫌な感じがする。
次の瞬間、砕けた。
「……まあ、そう簡単にはいかないか」
上方精製の成功率が高くないことは知っている。だから失敗そのものに驚きはしない。ただ、二段階となると面倒だった。
そこからも《抽出》と《精製》を繰り返し、気づけば作業台の端には光らないキノコが積み上がっていた。
レイジはそれを見る。
「……晩飯はキノコスープだな」
食材を無駄にする理由もない。
さらに何度か繰り返したところで、《発光 Lv.2》の結晶が安定した。
そこから、もう一段。
慎重に《精製》する。結晶の光が少しずつ強くなる。先ほどまでとは違う。崩れない。
やがて光が安定した。
《発光 Lv.3》。
「……できた」
三つ揃った。
次は《付与》だ。
《付与》は、取り出した性質を別の物質へ加える技術だ。普通の素材へ性質を加えれば、その性質構成に応じて素材そのものが変質する。ただし、魔石は例外だった。魔石は付与された性質を、別の物質へ変わることなく内部に保持できる。
レイジは《赤 Lv.2》の性質結晶を映像出力用の魔石へ《付与》した。結晶が淡い光となって魔石へ吸い込まれる。続けて《影 Lv.2》、最後に《発光 Lv.3》。
三つ目の光が収まったところで、改めて《識別》する。抜けていた性質は、すべて戻っている。
だが、これだけでは映像受信機は直らない。魔石に性質を入れただけでは、魔道具として正しく機能しないからだ。
最後に必要になるのが《発現》。
《発現》は、魔石が持つ性質を、いつ、どこで、どの程度作用させるのかを術式によって決める技術だ。たとえば《発光》を付与しただけなら、それは光る性質を持った魔石にすぎない。必要なときに、必要な場所を、必要な強さで光らせるためには、それを制御する《発現》の術式がいる。
《発現》そのものは、もう何度もやっている。簡単な術式なら、一人でも組める。
だからレイジは、壊れている術式を確認した。
「……なんだこれ」
思わず声が出た。
特に《赤 Lv.2》へ繋がる部分がひどい。ただ赤色を出せばいいわけではない。映像に合わせて、画面のどこへ、どれだけの強さで、どの瞬間に赤を出すのか。それを他の色や明るさと合わせながら、絶えず変化させる必要がある。
当然、それを制御する術式も複雑になる。
「これ、師匠が作ったんだよな……」
分かっていたことを、改めて口にした。作った本人なら、すぐに直せるのだろう。
だが今は寝ている。
起こせば怒られる気がするし、何よりこれは自分に出された課題だ。
レイジは椅子へ座り直し、術式を一つずつ追った。《赤》がどこへ繋がっているのか。他の色がどう発現しているのか。正常な部分と見比べながら、壊れた箇所を組み直していく。
何度か手を止めた。紙に書いた。消した。もう一度、術式を見る。
そうして、ようやく最後の一本を繋いだ。
「……これで、どうだ」
映像受信機を組み直して起動する。
音が聞こえた。そこまでは前と同じ。
レイジは画面を見る。
一瞬だけ、黒い画面に光が走った。色が浮かぶ。赤が出る。影ができる。やがて、途切れていた映像が画面いっぱいに映し出された。
しばらく眺める。色がおかしくないか。明るさは変ではないか。映像が乱れていないか。
問題なさそうだった。
「直った……」
思わず息を吐く。
三日かけて壊れている場所を調べ、その先も自分の手で修理した。
一年前は、ゴブリンの牙に《硬質》と《毒》があることが分かっただけで驚いていた。今では、自分で《識別》し、《抽出》し、《精製》し、《付与》し、《発現》まで使って、魔道具を一つ直している。
まだ師匠が作ったものを直すだけでも苦労する。
それでも。
レイジは映像の戻った画面を眺めた。
「……結構、できるようになったな」
誰に聞かせるでもなく呟く。寝室から返事はなかった。まあ、今頃は死んだように眠っているだろう。
レイジは作業台の端へ目を向けた。
大量のタケノキノコが残っている。
とりあえず、夕飯の準備をすることにした。




