全部やらせなくていい?
オルビアの言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
医療的には、失敗。
錬金術としてはかなりうまくいったと思っていた。最初に比べれば、排出されるものは明らかに絞り込めている。それでも駄目だった。
「オルビア先生。具体的に何が駄目だったかって、分かりますか?」
「今ここで分かる範囲ならな」
オルビアは机の上に置かれた試料へ目を落とした。
「だが、詳しく調べた方がいい。排出されたものと、残ったもの。両方持ち帰らせてもらう」
「どれくらいかかります?」
「一日か二日だな」
それくらいなら待つしかない。俺たち錬金術師に分からないから、医者であるオルビアに来てもらったのだ。ここから先まで自分たちだけで考えても仕方がない。
俺たちは一度研究を中断し、オルビアの検証結果を待つことにした。
それから二日後。
再び集まった俺たちの前で、オルビアはいくつかの資料を机に並べた。
「結論から言う。やはり、このまま患者に使うのは難しい」
予想していた答えではある。それでも、少しだけ残念だった。
「《毒》を持つものの中にも、排出すべきではないものがあった。《治癒》を持つものについても同じだ。持っているから残せばいい、というわけではない」
「《治癒》でもですか?」
「ああ。それに、錬金術的にはよく似た性質を持っていても、医学的には扱いが違うものもある」
オルビアの説明を聞きながら、俺は資料へ目を落とした。
《赤》を除外する。《白》を除外する。《治癒》を残す。《毒》を排出する。
前回、俺たちはそうやって条件を重ねていった。実際、それで結果はかなりよくなった。なのに、正解にはならなかった。
「オルビア先生。一ついいですか?」
「何だ?」
「先生から見て、どう分かれていれば正解だったんですか?」
オルビアが少し考えてから、試料の記録を指差した。
「これは残っていてほしかった。こちらは排出されても問題ない。これは患者の状態による」
「状態による?」
「ああ。同じものでも、常に排出していいとは限らない」
俺はオルビアが示したものを順番に確認した。
残すもの。排出していいもの。場合によるもの。
その横には、ルークたちが調べた性質が並んでいる。
「……あれ?」
「どうしました?」
ルークがこちらを見る。
「俺たちと先生で、そもそも分け方が違うんじゃないですか?」
「分け方、ですか?」
「はい。俺たちはずっと、性質で分けてますよね。《赤》だから残す。《白》だから残す。《毒》だから出す。《治癒》だから残す。でも先生は、身体に必要かどうかで分けてる」
オルビアを見る。
「そうですか?」
「ああ。必要か不要かだけでもない。排出して問題ないか、残す必要があるか、患者の状態はどうか。医者ならそちらを見る」
「ですよね」
やっぱりそうだ。
「だったら、条件を増やしても駄目なんじゃないですか?」
ルークが黙り込んだ。少しして、机の上の資料へ視線を落とす。
「……なるほど」
「レイフォードさん、分かりました?」
「ええ。僕はまだ、適切な性質を探せばいいと考えていました」
俺も少し前までそうだった。《赤》と《白》で足りないなら《治癒》と《毒》。それでも駄目なら、また別の性質。そうやって条件を増やしていけば、いつか正解に辿り着けると思っていた。
「ですが、そもそも性質が医学的な必要、不必要を示しているわけではない」
「たぶん、そういうことだと思います」
俺たちが見ているものと、オルビアが見ているものが違う。性質が同じでも医学的な扱いが違うことがあるし、逆に性質が違っても同じ扱いになることもある。
「オルビア先生。今の理解で合ってます?」
「ああ。問題ない」
それなら、少なくとも失敗した理由は分かった。問題は、分かったところでどうすればいいのかということだった。
そこから、俺たちは何度も案を出した。別の性質ならどうか。もっと細かく条件を指定できないか。複数の条件を組み合わせれば、医学的な分類に近づけられないか。
そのたびにルークが錬金術として成立するかを考え、オルビアが医学的に問題がないかを確認する。俺も二人の話を聞きながら案を出したが、どれも最後には同じところへ戻ってくる。
性質と、医学的な正解は同じものではない。
近づけることはできても、同じにはならない。
何度目かの案が駄目になった頃には、研究を始めてからかなり時間が経っていた。
「難しいですね……」
「そうですね」
俺の言葉にルークも頷いた。オルビアは資料を見直している。俺ももう一度考えようとして――。
「あの」
それまで話を聞いていたノエルが、遠慮がちに手を上げた。
「はい?」
「少し気になったんですけど、それ、一つで全部やる必要あります?」
「……はい?」
何の話だ?
「いえ、私も医学のことは分かりませんし、お三方みたいに錬金術に詳しいわけでもないんですけど。うちだと、運ぶものによって使う馬車を変えるんですよ」
「馬車?」
「はい。大量の荷物を一度に運びたいときと、街中で少量の荷物を運びたいときで、同じ馬車を使う必要はないでしょう? だから、その魔道具も用途ごとに分ければいいんじゃないかなって」
用途ごとに分ける。
俺はその言葉を頭の中で繰り返した。
今まで俺たちは、身体の中から悪性病素を見つけ、必要なものと不要なものを分け、不要なものだけを排出して病気を治そうとしていた。
全部、一つの魔道具で。
「……全部やらせなくていい?」
「はい。そういうことです」
ノエルが頷く。
いや、待て。
だったら――。
「病気を治すところまで、やらせなくていいんじゃないですか?」
「……え?」
ノエルが首を傾げた。
「治すんじゃなくて、症状を楽にするだけなら?」
「…………」
ノエルの顔を見る。なんだろう。微妙に思っていた答えと違うものが返ってきたような顔をしている。
「ノエルさん?」
「いえ。続けてください」
違ったらしい。
でも、何か思いついた。
「オルビア先生。病気そのものを治すんじゃなくて、身体の中にあるもののうち、出しても問題ないものだけを取り出して、症状を軽くすることはできますか?」
オルビアが少し考える。
「それなら話は変わる」
「本当ですか?」
「ああ。病気の原因をすべて取り除く必要がないなら、医療側で対象を限定できる。体外へ排出しても問題ないものだけを選べばいい」
そこまで聞いたところで、ルークが口を開いた。
「対象が決まっているなら、錬金術側でも方法は考えられます」
「性質で?」
「ええ。最初から何を取り出すか分かっているなら、その対象が持つ性質を利用できます。必要なら、こちらから性質を付与する方法もある」
それなら、魔道具自身に身体の中の善悪を判断させる必要がない。
何をしていいのかは、医者が決める。どうやってそれを実現するかは、錬金術師が考える。
「……それならいけません?」
「少なくとも、今までよりは現実的だ」
オルビアが頷いた。
「実際に何を対象にするかは、これから調べる必要があるがな」
「もちろんです」
ルークも資料を手に取る。
「僕も一度、術式を組み直してみます。最初から目的が違うなら、今の形に拘る必要もありません」
「ノエルさんはどう思います?」
「実用品として考えるなら、そちらの方がいいと思います」
「ありがとうございます。ノエルさんのおかげです」
「……いえ、お役に立てたなら何よりです」
やっぱり少しだけ納得していない顔だった。
でも、ノエルが用途を分けると言わなければ、たぶん俺は思いつかなかった。
最初に考えていたものより、できることはずっと小さくなる。風邪の原因を全部取り除いて、簡単に治してしまうようなものではない。
医者が取り出しても問題ないと判断したものだけを、錬金術で取り出す。それで患者が少し楽になる。
最初に思い描いていたものとは違う。
でも、俺は机の上に広がった資料を見た。
これなら、いけるかもしれない。




