医療的には、失敗だ
ルークと二人で魔道具を眺めていると、研究室の扉が開いた。
「ちょうどいらっしゃったみたいですね」
ルークが顔を上げる。
入ってきたのは二人の女性だった。一人には見覚えがある。
「レイジ君、お久しぶりです!」
「ノエルさん。お久しぶりです」
ノエル・エヴァンス。
最後に会ったときより少し大人びて見えるが、明るい雰囲気は変わっていない。
「聞きましたよ。森の天才なんて呼ばれてるそうじゃないですか」
「俺もいつの間にかそう呼ばれてました」
好きで名乗っているわけではない。
新聞に名前が載る機会が増えてから、いつの間にかそんな呼び名までついていた。森に住んでいるのは事実だし、否定して回るほどのことでもないので放っている。
「ノエルさんは、今回どうしてここに?」
「イステンデット側から共同研究の監修を任されてるんです。私は主に魔道具の運用や実用面ですね」
「なるほど」
第五倉庫で会った頃とは、随分立場が変わったらしい。
もう一人の女性がこちらへ歩いてくる。赤い髪に赤い目。白衣の下には白いシャツと黒いパンツを着ていた。髪型は、前世でいうウルフカットに近いだろうか。
「オルビア・スカーレットだ。医師をしている。今回の研究では医療側を担当している」
「レイジ・クゼです。よろしくお願いします」
「ああ。森の天才レイジ・クゼの噂は私も聞いている」
やっぱりそこまで広まっているらしい。
オルビアはレイジを少し見てから、ルークへ視線を向けた。
「それで、ルーク君。何か分かったのか?」
「レイジ君が一つ、問題に気づきまして」
「そうか」
オルビアが再びこちらを見る。
「では私もレイジ君と呼ばせてもらおう」
「どうぞ」
呼び方など何でもいい。それより今は、さっきの話だ。
「オルビア先生。ちょっと聞きたいんですけど、病素なら全部まとめて排出するのは駄目なんですよね?」
「ああ。まず、病素にも身体に害を及ぼさないものと、病気の原因になるものがある。医学では便宜上、前者を良性病素、後者を悪性病素として分けている」
「良性病素と悪性病素……」
聞いたことのない言葉だった。
「それだけではない。今の仕組みでは病素だけを正確に見分けているわけではないから、身体に必要な小さなものまで一緒に拾う可能性がある」
「ああ、それはまずいですね」
説明を聞けば、何となく分かる。
前世でいうなら、病気の原因になる細菌やウイルスを取り除こうとして、赤血球や白血球までまとめて掃除してしまうようなものだろう。
この世界にも顕微鏡はある。目に見えないほど小さなものでも、観察する方法自体は確立されていた。
問題は、見えることと魔道具が区別できることは別だということだ。
「今の魔道具を人に使えば、そういうものまで排出される可能性があると?」
「ああ。だから止まっている」
オルビアがあっさり答える。
ルークの言っていた安全性の問題が、ようやく具体的に見えてきた。悪性病素を排出できたとしても、それと一緒に身体に必要なものまで排出するなら使えない。
なら、全部を一緒に扱わなければいい。
レイジは少し考え、オルビアを見る。
「良性病素を色で仕分けましょう。よくある色を教えてください」
「色?」
「顕微鏡で見てるんですよね。全部同じ色じゃないでしょう?」
オルビアが一瞬黙った。
「……なるほど。色を条件にするのか」
「はい。赤いものなら《赤》、白いものなら《白》で拾えるかもしれません。それを排出対象から外します」
映像受信機を直したとき、《赤》は扱ったことがある。《白》も四級試験で使った。
今までは色を出すために使っていた性質だが、性質である以上、条件として利用できない理由はない。
「良性病素に多いのは赤と白だ。もちろん、それだけではないが」
「まず試すなら十分です」
ルークが机の上の魔道具へ視線を落とした。
「色で除外するなら、他の性質も条件にできるかもしれません」
「ああ」
「《治癒》を持つものを除外条件に加えるのはどうでしょう。必ず身体に必要だとは限りませんが、候補にはなると思います」
「なるほど」
「逆に、排出する側には《毒》を条件として加えられるかもしれません」
レイジは魔道具を見る。
《赤》《白》《治癒》《毒》。
残す側と排出する側、その両方から条件をつける。色だけで分けるよりは、かなり絞れるはずだ。
「じゃあ、四つとも入れてみますか」
「ちょっと待ってください」
ノエルだった。
「四つ全部ですか?」
「はい」
「一つの魔石に?」
「入りますけど」
四級試験では五つ入れた。あれからさらに四年修行している。四つ程度なら問題はない。
だが、ノエルは少し呆れたような顔をした。
「入るかどうかだけの話じゃありません。医療用の魔道具として使うんですよ? 一度動けばいいわけじゃないんです。何度起動しても同じように動くこと、性質同士が干渉しないこと、使う人が変わっても結果が安定すること。その辺りも確認してください」
「……そうですね」
研究用の試作品を一度動かすだけなら、多少無理に詰め込んでもいい。だが、最終的に医療現場で使うなら話は違う。
「じゃあ、条件ごとに分けて組みましょうか」
「その方がいいと思います」
ノエルが頷いた。
そこからは、四人で役割を分けて術式を詰めていった。
オルビアから顕微鏡で確認できる良性病素や身体に必要なものの特徴を聞き、レイジとルークがそれを錬金術の性質へ置き換える。《赤》《白》《治癒》を残す側、《毒》を排出する側の候補として組み込み、ノエルが安定して動作するかを確認する。
もちろん、四つの条件を加えれば終わりというほど簡単ではなかった。《赤》を強くしすぎれば本来拾いたいものまで除外し、《毒》を優先すれば他の条件がうまく働かない。一つ直しては試し、結果を見てまた術式を修正する。
大学で発煙の術式を直したときとは、やはり違う。
あれは間違っている場所を見つければよかった。今回は、そもそも正解が決まっていない。
「レイジ君。《白》を少し弱くしてみませんか?」
「俺もそう思ってました。その分、《治癒》の判定を先にします?」
「やってみましょう」
術式を修正して何度か起動する。途中、一度だけ反応が遅れたのをノエルが見つけ、もう一度調整した。
「今度は大丈夫そうですね」
ノエルが何度か動作を確認してから頷く。
「じゃあ、試しますか」
用意された試料へ魔道具を近づけ、ルークが起動した。
淡い光が魔石に灯る。
試料そのものは、見た目にはほとんど変わらない。しばらくして魔道具が停止すると、オルビアがすぐに試料を持って顕微鏡へ向かった。
レイジたちも結果を確認する。
「おお……」
思わず声が出た。
さっきまでとは明らかに違う。
排出されたものを確認すると、良性病素や身体に必要なものの混入が大きく減っている。それだけではない。残った試料にも、先ほどより悪性病素が少ない。
狙った通りだ。
「かなり減ってますね」
「はい」
ルークも嬉しそうに結果を見ている。
完全に悪性病素だけ、とはいかない。それでも最初の状態と比べれば、かなり正確に分けられていた。
一度目でここまでいくとは思っていなかった。
これなら、いけるんじゃないか。
少なくとも方向は間違っていないはずだ。
だが、顕微鏡を覗いているオルビアは、なかなか顔を上げなかった。
何度か試料を替えて確認したあと、ようやく顕微鏡から目を離す。
「すごいな。さっきまでとは比較にならない。これだけ短時間で、ここまで選別できるとは思っていなかった」
その言葉に、レイジは少し安心した。
だが、オルビアの表情は晴れない。
「良性病素や身体に必要なものの混入は大きく減っている。悪性病素も、かなり排出できている。錬金術の実験としてなら、成功と言っていいと思う」
そこでオルビアは一度言葉を止めた。
「ただ、まだ排出してはいけないものが混じっている。それに、残った試料にも悪性病素がある」
レイジは顕微鏡へ視線を戻した。
確かにゼロではない。
かなり減った。だが、残っている。
《赤》だから身体に必要とは限らない。《白》も同じだ。《治癒》や《毒》だって、医学的な良性と悪性をそのまま表しているわけではない。
錬金術では分けられた。
かなり正確に。
それでも、患者に使っていいかは別の話だった。
オルビアはもう一度試料を見て、小さく息を吐いた。
「……医療的には、失敗だ」




