これは簡単じゃないな
アイゼンハルト大学から戻って数日後。
昼食を終えたレイジは、届いていた手紙の束を食卓の上に置いた。
錬金術師の資格を取ってから、レイジ宛ての手紙は随分と増えた。仕事の依頼だったり、以前関わった人からの近況報告だったり、未だにどこかの企業から勧誘が届くこともある。
その中に見慣れた名前を見つけた。
「レイフォードさんからか」
封を切る。
ルークとは四級錬金術師の試験が終わってからも、定期的に連絡を取り合っている。研究について意見を求められることもあれば、新しく作った魔道具の発表に呼ばれることもあった。
なので、今回も何かの研究についてだろうと思っていた。最初の数行を読むまでは。
「……医療錬金術?」
思わず声に出した。
ルークが研究しているのは、風邪の原因となる病素を体外へ排出するための魔道具らしい。
病素というのは、この世界で病気を引き起こす小さなものをまとめて呼ぶ言葉だ。前世でいうウイルスや細菌をひっくるめたようなものだと、レイジは理解している。
試料を使った実験では既に一定の成果が出ている。しかし、人間に使用するとなると安全性に問題があり、研究が止まっている。そこで別の錬金術師の意見も聞きたいと、手紙にはそう書かれていた。
「いつの間にそっちに行ったんだ」
ルークが研究を続けているのは知っていたし、何度か手伝ったこともある。だが、医療錬金術に手を出しているとは聞いていなかった。
医療錬金術について、レイジも知らないわけではない。
『生命は医者、性質は錬金術師だ』
以前、エレノアに教えられた言葉を思い出す。
病気を診断し、どう治療するのかを決めるのは医者。錬金術師は医者の求める効果を実現するために、素材や性質を扱う。それが医療錬金術の基本だ。
レイジも知識としては一通り教わっている。ただ、実際にやったことはなかった。
「何をだ?」
顔を上げると、エレノアが向かいに座っていた。
「医療錬金術です。レイフォードさんから手紙が来てまして」
「そうか」
レイジが手紙を渡すと、エレノアは黙って読み始めた。その間に、残っていた手紙を適当に分けていく。
「どう思います?」
「何がだ」
「行ってもいいですか?」
エレノアが手紙から顔を上げた。
「行きたいのか?」
「興味はあります。師匠から習ってはいますけど、実際に医療錬金術を扱ったことはないですし。それにルークが困ってるなら、俺で役に立てることがあるかもしれません」
「そうか」
エレノアはもう一度手紙へ目を落とした。しばらくして、レイジへ返してくる。
「いい修行になるな。行ってこい」
「分かりました」
思ったよりあっさり許可が出た。
もっとも、今のレイジがどこへ行くにもエレノアがついてくるわけではない。先日の大学だってそうだった。エレノアから教わり始めて七年、こういうことも随分と増えた。
◇
数日後、レイジは王都ルヴェリアを訪れていた。
向かったのは、セレスティア・アカデミーが管轄する研究施設だ。受付で名前を告げると話は通っていたらしく、そのまま奥へ案内された。
「レイジ君」
研究室に入ると、ルークがこちらへ歩いてきた。
銀色の髪に銀色の瞳。白いスーツに黒い革手袋。十七歳だった頃と比べれば多少大人びたが、それ以外は見慣れた姿だった。
「お久しぶりです」
「そんなに経ってませんけどね」
「そうでしたね」
ルークが笑う。
最後に会ったのも、別に何年も前というわけではない。レイジは挨拶もそこそこに、研究室の中へ目を向けた。
「それより、医療錬金術なんてやってたんですね」
「言っていませんでしたか?」
「聞いてませんよ」
「それは失礼しました」
相変わらずだな、とレイジは思う。
「最近始めたんですか?」
「研究そのものは以前から行われていました。僕が本格的に関わるようになったのは、それほど前ではありません」
「なるほど。手紙は読みました。病素を排出する魔道具でしたっけ」
「はい。実物を見てもらった方が早いでしょう」
ルークに案内され、研究室の奥へ進む。机の上にはいくつもの容器と、見慣れない魔道具が置かれていた。
「こちらが実験に使っている試料です」
ルークが一つの容器を手に取る。
「この中に対象となる病素が含まれています。そして、こちらが現在開発している魔道具です」
レイジは魔道具を手に取らず、まず外側から眺めた。手紙には、病素が持つ《菌》や《菌糸》の性質を利用していると書かれていた。
「試料では成功してるんですよね?」
「はい。見ますか?」
「お願いします」
ルークが魔道具を操作する。
しばらく観察していると、確かに試料の中から狙った病素だけが分離されていく。
「おお。ここまでできてるなら、かなり進んでるじゃないですか」
「試料に対してなら、ですが」
ルークが答えた。
レイジは容器を覗き込む。少なくとも、目の前の実験だけを見れば失敗しているようには思えない。
「これ、排出する病素はどうやって決めてるんです?」
「僕たちが指定しています」
「最初から?」
「はい。対象となる病素が分かっている試料を用意して、それに合わせています」
「ああ……」
そこで、手紙に書かれていた安全性の問題が少し見えてきた。
「じゃあ、人に使うときは?」
ルークがレイジを見る。
「そこなんです。人体には、排出したい病素だけが存在しているわけではありません」
「ですよね」
「試料であれば、僕たちがあらかじめ対象を指定できます。しかし実際の患者に使う場合、魔道具にはどれを排出すべきか判断できない」
レイジはもう一度、机の上の魔道具を見る。
「病素なら全部まとめて、ってわけにはいかないんですか?」
「それをしていいのか判断するのは、僕たちではありません」
その言葉で、エレノアから教わった言葉が頭をよぎった。
生命は医者、性質は錬金術師。
なるほど。これは確かに、今までレイジがやってきた研究とは少し違う。
目的の性質を見つければいいわけでも、術式の間違いを探せば終わるわけでもない。できるだけ強く、正確に病素を排出できる魔道具を作ればいいという話ですらなかった。
むしろ性能を上げたところで、何を排出していいのか分からないなら意味がない。
「……なるほど」
レイジは腕を組み、もう一度試料を見る。
少し考えてみたが、すぐに答えは出てこなかった。
「これは簡単じゃないな」




