↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/45

大学にも興味があります

思っていたよりずっと、自分に向いているかもしれなかった。


レイジは改めてベルダリアを見る。


ベルダリアは何も言わなかった。


「…………」


「…………」


帰る気配もない。


どうやら返事を待っているらしい。


レイジはもう一度考えた。


二年前、《格納》について調べていたときのことは今でも覚えている。鉄鉱石とオリハルコン鉱石が入れ替わる理由を考え、時間を測り、仮説を立てて試した。予想と違う結果が出れば、また考え直した。


そうして最後には、それまで誰も知らなかった性質が見つかった。


あれは楽しかった。できることなら、またやりたい。


アイゼンハルト大学へ行けば、それを続けられるのだろう。資料があって、設備があって、分からないことを調べられる。分からなければ試して、また考える。それを仕事にして生きていく。


しかも、自分が勝手に向いていると思っているだけではない。


目の前にいるベルダリアは性質学の専門家だ。そのベルダリアが、四百九十八点を取った今日ではなく、二年前から自分を研究室へ誘おうと考えていた。


だったら、研究者としてやっていくというのも、案外現実的な話なのかもしれない。


(大学か……)


昨日まで考えたこともなかった。


四級を取る。そのあとは森へ帰って、また修行する。それだけのつもりだったのに、今日一日で随分と選択肢が増えた。


会社に入って錬金術師として働くこともできる。セレスティア・アルケミーなら、ルークと一緒に研究することもできる。そしてアイゼンハルト大学へ行けば、研究そのものを続けていくこともできる。


どれも、できない話ではないらしい。


なら、自分はどうしたいのか。


レイジは隣に立つエレノアを見る。


エレノアは何も言わない。視線に気づいたのか、こちらを見ただけだった。


「なんだ」


「いや、なんでもないです」


「そうか」


それだけだった。


レイジは小さく息を吐く。


三年間、エレノアから錬金術を教わってきた。


今日の試験では四百九十八点だった。《抽出》も《精製》も《付与》も《発現》も満点だった。それでも、《識別》では三つ見落とした。


エレノアなら、たぶん全部見つける。


試験の途中でも何度そう思ったか分からない。自分では十分にできたつもりのことでも、師匠ならもっと速く、もっと正確にやる。


三年も教わった。


だが、もう教わることがないとは、とても思えなかった。


それに、十年間教えてもらうと決めて始めた修行だ。大学という面白そうなものを見つけたからといって、三年でそちらへ移るのも違う。


研究はしたい。大学にも興味はある。いつか研究を仕事にするのも、今なら普通に想像できる。


ただ、今ではない。


今はまだ、師匠から学びたい。


そこまで考えると、答えは思っていたより簡単だった。


「クローネ教授」


「……はい」


ベルダリアがすぐに顔を上げた。


「ありがとうございます。すごくいい話だと思います」


「はい」


「研究も面白いですし、大学にも興味があります」


「……はい」


ベルダリアの返事が少しだけ速くなった。


期待させている気がして、レイジは続ける。


「でも、今は行きません」


「…………」


ベルダリアが止まった。


「まだ師匠から学びたいことがありますし、十年教えてもらうって決めたのに、途中でやめるのも違うと思うので」


「……そうですか」


「すみません」


「いえ」


ベルダリアは頷いた。


思っていたよりあっさりしている。


そう思ったのだが。


「…………」


「…………」


ベルダリアはまだ帰らなかった。


「クローネ教授?」


「……その」


「はい」


「修行が……終わったあとは?」


やはり諦めたわけではなかったらしい。


レイジは少し考える。


「それは、まだ分からないですね」


「……そうですか」


「七年後ですよね。そのとき何をしたいかなんて、今はまだ分かりません」


今の時点で七年後の仕事まで決めるつもりはなかった。


「でも、そのときやりたいことが研究だったら、俺から声をかけさせてもらいます」


ベルダリアがレイジを見る。


「……本当ですか?」


「はい。そのときクローネ教授がよければですけど」


「大丈夫です」


返事が早い。


「七年後ですよ?」


「……大丈夫です」


「そうですか」


何が大丈夫なのかはよく分からないが、ベルダリアがそう言うなら大丈夫なのだろう。


「じゃあ、そのときはよろしくお願いします」


「……はい」


ベルダリアが小さく頷く。声はいつもと変わらないが、さっきより少しだけ機嫌がよくなったような気がした。


「決まったか」


エレノアが言った。


「はい。今は師匠のところで続けます」


「そうか」


やはり、それだけだった。


行きたいなら行けばいいと言ったときと何も変わらない。


レイジは苦笑する。


「もうちょっと何かないんですか?」


「何がだ」


「いや、ないならいいです」


「そうか」


本当にないらしい。


ベルダリアとの話も終わった。


今度こそ帰れる。


今日だけで何度そう思ったか分からないが、今度こそ本当だろう。


「じゃあ師匠、ギルドに行きましょうか」


「ああ」


王都錬金ギルドには転移陣がある。そこまで行けば、あとは森へ帰るだけだ。


レイジはエレノアと歩き出した。


大学の周辺は、まだ四級試験の結果発表を見に来た人間で騒がしかった。合格者らしい若者と、その家族。企業の人間。見覚えのある受験者もいる。


少し歩いたところには、朝にはなかった簡易の受付が作られていた。


「四級合格者のドラフトエントリーはこちらです!」


声が聞こえる。受付の前には何人かの合格者が並んでいた。


レイジはそちらを見る。


今日、四社から声をかけられた。


クラーク錬金魔道具。サンタンデール工房。グレア工務店。そしてセレスティア・アルケミー。


条件を聞いて、ルークとも話した。その上で、今は働かないと決めた。


なら、登録する理由もない。


レイジはそのまま受付の前を通り過ぎた。


「――すみません!」


後ろから声が飛んできた。


またか。


レイジは足を止める。


振り返ると、一人の男がこちらへ走ってきていた。企業の人間には見えない。手には紙と筆記具を持っている。


「レイジ・クゼさんですよね?」


「はい」


「王立新聞です。少しだけよろしいでしょうか」


「新聞?」


レイジはエレノアを見る。


「好きにしろ」


「じゃあ、少しだけなら」


「ありがとうございます」


男は一度息を整え、それから受付のほうを見た。


「ドラフトにはエントリーされないんですか?」


「しません」


男の手が止まった。


「……されない?」


「はい」


「これから、ということでもなく?」


「今のところは」


「理由を聞いても?」


「まだ師匠のところで修行を続けるつもりなので」


男がエレノアを見る。


エレノアは何も言わない。


「そう、ですか」


「はい」


男は手元の紙に何かを書き込んだ。


「ありがとうございました」


「もういいんですか?」


「はい。十分です」


何が十分なのか分からないが、終わったならありがたい。


「じゃあ、行きましょうか」


「ああ」


レイジは再び歩き出す。


後ろでは、まだドラフト受付の声が響いていた。


四級を取るために王都へ来た。


試験を受けて、四百九十八点を取って、なぜか四社から勧誘され、最後には大学にまで誘われた。


思っていたより随分と長い二日間になった。


だが、これで全部終わりだ。


あとは王都錬金ギルドまで行って、転移陣を使うだけ。


ようやく森へ帰れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。