十年教える約束だからな
「レイフォードさん……!」
レイジは思わず声を上げた。
「お久しぶりです、レイジ君」
ルーク・レイフォード。
二年前、グレイスで起きた鉄鉱石の変質騒ぎで知り合い、《格納》について共に調べた錬金術師だ。
二年ぶりに見るルークは、随分と印象が変わっていた。長めの銀髪は以前と変わらず綺麗に整えられている。銀色の瞳もそのままだ。だが、二年前よりかなり背が伸びており、今では百七十五センチほどあるだろう。
細身の身体を包む白いスーツに、黒い革靴。両手には黒の革手袋を嵌めている。何より、声が変わっていた。以前より少し低く、落ち着いた声になっている。
「エレノアさんも、お久しぶりです」
「ああ。二年ぶりか」
「そのくらいですね。お元気そうで何よりです」
「お前もな」
ルークは笑ってから、改めてレイジへ向き直った。
「背、伸びましたね」
「伸びましたよ。二年前はまだ小さかったですから」
「いや、俺も人のこと言えないですけど」
レイジもこの二年で随分と成長した。十二歳でこの世界に来た頃など、まともに食事も取れていなかったせいで実年齢よりずっと幼く見えていた。それを思えば、今はようやく十五歳らしい身体になってきたと言える。
「それより、首席だったそうですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「四百九十八点には驚きました」
「俺もです」
正確には、試験が終わった時点でかなり手応えはあった。だが四百九十八点まで取れているとは思っていなかったし、その結果がここまで大事になるとも思っていなかった。
「いやあ、助かりました」
「助かった?」
「さっきから会社の人にずっと声をかけられてて」
「ああ……」
ルークが納得したように頷いた。
「クラーク錬金魔道具と、サンタンデール工房と、グレア工務店です」
「なるほど」
その反応を見る限り、やはりこの状況はルークにとってそれほど不思議なものではないらしい。レイジとしては、七大企業が三社も続けて十五歳の新人錬金術師を勧誘してくるという状況自体が十分におかしいのだが。
「全部断ったんですか?」
「はい。今はまだ師匠のところで修行を続けたいので」
「そうですか」
ルークはそれ以上理由を聞かなかった。二年前にエレノアとレイジの関係を見ているからだろう。少なくとも、奇妙な判断だとは思っていないようだった。
「それで今日は、セレスティア・アルケミーからお話があって来たんですが」
「…………」
レイジはルークを見た。
銀色の瞳がこちらを見ている。
「……レイフォードさんも?」
「はい」
「会社の人?」
「僕、セレスティアで働いてますからね」
そうだった。知っていた。二年前から知っていた。
むしろルークと知り合ったのも、セレスティア・アルケミーが所有する鉱石の問題を調べるためだった。知っていたのだが。
(助かってなかった……)
レイジは小さく息を吐いた。
「僕が来たのは、レイジ君とは面識がありますから。知らない人が話すより、その方がいいだろうということになりまして」
「なるほど……」
理由まで極めて真っ当だった。
「それで、話だけでも聞いてもらえますか?」
「それはもちろん」
断るにしても、話すら聞かない理由はない。
ルークは一度エレノアを見る。
「エレノアさんも、よろしいですか?」
「私に聞くな。本人が決めることだ」
「ですよね」
ルークは苦笑すると、再びレイジへ向き直った。
「セレスティアとしては、レイジ君に錬金研究部へ来てほしいと考えています」
「研究部ですか」
「はい。研究内容については、かなり自由に決めてもらって構わないそうです。当然、研究成果は求められますけど、会社から指定されたものだけを研究するような部署ではありません」
それはレイジにも魅力的に聞こえた。決められた魔道具を延々と作るより、自分で気になったものを調べ、試し、形にしていく方が性に合っている。
「《格納》の件もありますからね。会社は二年前からレイジさんのことを知っています」
「俺、ほとんどレイフォードさんと師匠についていっただけですけど」
「そんなことはありませんよ。論文にも名前が載っているでしょう?」
主著者はルークだったが、レイジも共著者として名を連ねている。
「当時十三歳だったレイジさんがあの研究に参加していたことは、社内でもかなり話題になりました。それで十五歳になってすぐ四級を受けて、四百九十八点ですから」
「ああ……」
今回の試験だけを見て突然声をかけてきたわけではない。二年前から知っていて、今回の結果で改めて評価された。そう考えると、これまでの三社とは少し事情が違う。
「待遇についても、かなり良い条件が出ています」
ルークが提示した額を聞いて、レイジは一瞬黙った。
前世で十五年、法人営業として働いてきた経験から見ても、明らかに普通の新人へ提示する額ではない。
「……これ、七大企業でも役員級じゃないと出ないんじゃないですか?」
「そうですね」
「俺、まだ十五歳ですよ?」
「知ってますよ」
「ですよね」
知っていて出しているらしい。どうやらセレスティア・アルケミーは、本気でレイジを取りに来ている。
そこで、ふと気づいた。
今回の話を任されているのはルークだ。レイジと面識があるから、という理由なのは分かる。だが、提示された条件について説明している様子を見る限り、特別驚いているようにも見えない。
(……待てよ)
ルークも十五歳で四級錬金術師になり、そのままセレスティアに入っている。
つまり新人だった頃のルークも――。
(このくらい貰ってたんじゃないだろうな……)
その可能性に気づくと、提示された自分の待遇よりもそちらの方が気になってきた。
十五歳の新人二人に役員級の待遇を出す会社。七大企業とはそういうものなのだろうか。
いや、たぶん違う。
「研究をするなら悪くない環境だ」
横からエレノアが口を挟んだ。
珍しい。
レイジが振り返ると、エレノアはいつも通りの調子でルークを見ていた。
「こいつもいる。錬金術師としての腕も問題ない」
「ありがとうございます」
「別に褒めてはいない」
「エレノアさんの場合、それで十分ですよ」
二年前から付き合いがあるだけあって、ルークもエレノアの扱いには慣れているらしい。
だが、エレノアがそう言うなら、研究環境が良いという話も間違いではないのだろう。
七大企業の一角。自由度の高い研究環境。破格の待遇。そして、知っている人間もいる。
条件だけを見れば、これまでで一番魅力的だった。
だからこそ、一つ気になった。
「そういえば、レイフォードさん」
「はい?」
「レイフォードさんって、四級の試験、何点だったんですか?」
ルークが少し目を瞬かせる。
「僕ですか?」
「はい」
「四百七十六点です」
レイジは黙った。
「……それで何位だったんです?」
「一位ですよ」
「…………」
四百七十六点。首席。
ルーク・レイフォードは、レイジが知っている同年代の錬金術師の中では間違いなく優秀な人間だ。二年前の時点ですでに四級を持ち、セレスティア・アルケミーで働き、《格納》の研究では主著者として論文をまとめている。
そのルークが、四百七十六点で首席。
自分は、四百九十八点。
「……二十二点差か」
「そうなりますね」
「四百九十八点って、やっぱり相当高いんですね」
「今さらですか?」
「高いのは分かってましたよ。ただ、比較する相手がいなかったんです」
レイジはエレノアを見る。
「師匠を基準にしたら駄目なのは分かりましたし」
「なぜだ?」
「そこから説明するんですか?」
ルークが小さく笑った。
ようやく分かった。
クラーク錬金魔道具、サンタンデール工房、グレア工務店。そして、セレスティア・アルケミー。
七大企業が立て続けに声をかけてきた理由。
(……そりゃ七大企業が来るわ)
レイジは自分の結果を低く見積もっていたわけではない。四百九十八点が良い点数なのは分かっていたし、三社目に声をかけられた時点で、自分がかなり高く評価されていることも理解していた。
ただ、その程度が分かっていなかった。
ルークという物差しを得て、ようやくその異常さを実感できた。
「どうします?」
ルークが尋ねる。
研究環境には惹かれる。待遇も文句のつけようがない。ルークと一緒に研究できるというのも、悪くなかった。
それでも、答えは最初から決まっている。
「すみません。やっぱり今は師匠のところで修行を続けます」
「分かりました」
ルークはあっさりと頷いた。
「もう少し悩むと思ってました」
「条件はすごく良いと思います。でも、まだ師匠から教わりたいことがあるので」
「十年教える約束だからな」
エレノアが言う。
「まあ、どうするかはレイジが決めればいい」
「だそうです」
「エレノアさんらしいですね」
ルークは苦笑した。無理に食い下がってくることもなかった。会社から話を持ってきたとはいえ、元々知り合いだからこそなのかもしれない。
「もし気が変わったら連絡してください。今回の話がなくても、また一緒に研究する機会はあるでしょうし」
「はい。その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
話が終わった。
今度こそ帰れる。
そう思ったところで。
「……レイジ君」
後ろから声がした。
聞き覚えのある声に振り返る。
「クローネ教授……!」
ベルダリア・クローネが立っていた。
アイゼンハルト大学の教授。《格納》の研究発表以来の知り合いであり、昨日も王都で会ったばかりだ。
レイジはその姿を見て、ほっと息を吐いた。
クラーク錬金魔道具、サンタンデール工房、グレア工務店、セレスティア・アルケミー。
四社続いた。
だが、ベルダリアは大学教授だ。
会社員ではない。
(ようやく助かった……!)




