助かった
「少し、お話をさせていただけませんか?」
そう言われて、レイジは足を止めた。
クラーク錬金魔道具。
七大企業の一つだ。この国で暮らしていて、その名前を知らない者の方が珍しい。高品質な魔道具を扱うことで知られ、値段は決して安くない。それでも、魔道具を買うならクラークのものを、と考える者も多いほど信頼されている会社だった。
当然、レイジも知っている。
問題は、そんな会社の人間が自分に何の用なのかだった。
「話、ですか?」
「はい。突然のお声がけになってしまい、申し訳ありません」
マルクはもう一度軽く頭を下げた。
「先ほど、四級錬金術師試験の結果を拝見しました。四百九十八点での首席合格、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
やはり試験の話らしい。
それなら、さっき掲示の前でも散々聞いた。だが、わざわざ七大企業の人間が声をかけてくる理由までは分からない。
レイジが続きを待っていると、マルクは本題へ入った。
「もし今後、錬金術師として働くことをお考えでしたら、ぜひ一度、弊社をご検討いただけないかと思いまして」
「……就職の話ですか?」
「はい」
本当に来た。
レイジは思わず隣を見る。
エレノアは何も言わなかった。
ただ、こちらを見ている。
その顔を見て、レイジは今朝の会話を思い出した。
――お前にもいくつか来るだろう。
(だから言っただろ、って顔してるな……)
たぶん気のせいではない。
「もちろん、すぐに決めていただきたいという話ではありません。弊社は魔道具の製造、開発、販売まで幅広く手がけています。錬金術師として働くにしても、選べる仕事は多い。クゼさんほどの成績であれば、ご希望に沿った配属も十分に検討できます」
「なるほど……」
かなりいい話だった。
前世で人事の仕事をしていたから、そのくらいは分かる。資格を取ったばかりの十五歳に、会社側から仕事の選択肢まで提示して声をかけている。
しかも、相手は七大企業だ。
少なくとも、四級を取ったばかりの新人に対する普通の採用ではない。
問題は。
「すみません。今のところ、就職するつもりはないんです」
「そうですか」
マルクは少し残念そうな顔をしたが、食い下がることはなかった。
「理由をお聞きしても?」
「まだ師匠に教わっている途中なので。今はそっちの方が面白いですし」
レイジがエレノアを見る。
エレノアは相変わらず何も言わない。
「エレノアさんは、クゼさんの今後について何かお考えは?」
話を振られて、ようやくエレノアが口を開いた。
「本人が決めることだ」
それだけだった。
マルクが少しだけ目を瞬く。
「ただ、十年教える約束はしている」
「師匠」
「なんだ」
「いえ」
間違ってはいない。
間違ってはいないのだが、もう少し何かあるだろう。
「分かりました。もしお気持ちが変わりましたら、いつでもご連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
レイジは頭を下げた。
思いがけず七大企業から誘われた。
四百九十八点というのは、自分が思っていた以上に評価される成績だったらしい。
それでも、今のところ就職するつもりはない。
あとは森へ帰ればいい。
そう思って歩き出そうとした。
「お待ちください!」
今度は別の方向から声が飛んできた。
レイジは足を止める。
また知らない男だった。
こちらへ急いで歩いてくる。
「レイジ・クゼさんですね?」
「……はい」
さっきも聞かれたな、と思いながら答える。
「サンタンデール工房の者です。少しお時間をいただけませんか?」
「サンタンデール……」
思わず名前を繰り返した。
これも七大企業だ。
王国最大の工房として知られ、各地に工房を持っている。魔道具の修理や整備まで広く扱っているため、錬金術師でなくとも名前くらいは知っているような会社だった。
レイジは一度、マルクを見る。
マルクはまだそこにいた。
次にエレノアを見る。
何も言わない。
(……二社目?)
さすがに今度は意味が違う。
クラーク一社なら、たまたま自分の成績が目に留まっただけとも考えられた。
だが、また七大企業だ。
「もしかして、スカウトですか?」
「はい。ぜひ弊社で働いていただけないかと」
やっぱりだった。
サンタンデールの男は、待っていたと言わんばかりに話し始めた。
王国最大規模の工房網を持っていること。各地の工房には経験を積んだ錬金術師が多く、若手を育てる環境も整っていること。待遇についても、四級を取ったばかりの錬金術師として扱うつもりはないらしい。
話を聞く限り、こちらもかなりいい。
普通に錬金術師として働くつもりなら、断る理由を探す方が難しいのではないだろうか。
だが。
「すみません。今は師匠のところで修行を続けるつもりです」
「条件については、もちろん――」
「いえ、条件が悪いとかじゃないんです」
それは本当にそうだった。
給料がいくらなら行くとか、もっといい工房なら考えるとか、そういう話ではない。
十二歳の時、十年間教えてもらうと決めた。
まだ三年だ。
それに、今の修行がつまらないわけでもない。
「そうですか……」
男は明らかに残念そうだった。
少し申し訳ない気持ちになる。
とはいえ、こればかりは仕方ない。
七大企業が二社。
さすがに、四百九十八点という成績が相当高く評価されていることは分かってきた。
「では――」
「でしたら、我々からもお話を」
三人目が来た。
レイジは口を閉じた。
今度は驚かなかった。
驚かなかったが。
(まだ来るのか)
男はレイジの前まで来ると、グレア工務店の者だと名乗った。
また七大企業だった。
比較的安価で、それでいて十分な性能を持つ魔道具を広く扱っている会社だ。町へ出れば製品を見かけることも多い。クラークやサンタンデールと同じく、知らない者を探す方が難しい会社だった。
七大企業が、三社。
それも、四級試験の合格発表があったその日に。
(いや、ちょっと待て)
さすがに偶然ではない。
「特に、今回の《発現》の結果を高く評価しています」
「《発現》ですか?」
「はい。五つの性質をただ《発現》させるだけでなく、一つの実用品として成立させたと聞いております」
そこまで見ているのか。
試験結果だけではない。
自分が何をしたのかまで確認した上で、声をかけてきたらしい。
「弊社では《発現》を用いた製品開発にも力を入れています。クゼさんであれば、研究開発の分野でも――」
そこから先も、かなり具体的な話だった。
先ほどの二社とは少し違う。
四百九十八点だから、とにかく成績のいい新人を確保したいというだけではない。自分が試験で何をしたかまで見た上で、欲しいと言っている。
レイジは話を聞きながら、考えた。
一社だけなら、たまたま目に留まったのだと思ったかもしれない。
二社目が来て、どうやらそれだけではないと分かった。
そして三社目。
全部、七大企業だ。
しかも今度は《発現》の内容まで調べている。
(……俺、かなり評価されてるな)
そこはもう疑う必要がなかった。
四百九十八点が高いことは、結果を見た時点で分かっている。二位とは三十三点差だったし、周囲の反応を見ても普通ではない。
ただ、どの程度のものなのかが分かっていなかった。
少なくとも、七大企業が三社もその日のうちに声をかけてくる程度には、自分は錬金術師として高く評価されているらしい。
朝、エレノアが言っていた。
――お前にもいくつか来るだろう。
本当に来た。
それも、全部七大企業から。
レイジは隣を見る。
エレノアは何も言わない。
やはり、だから言っただろうという顔をしているように見えた。
「師匠」
「なんだ」
「助けてくれません?」
「なぜだ?」
駄目だった。
グレアの男がエレノアを見る。
「エレノアさんとしては、クゼさんには今後もご自身の下で?」
「十年教える約束はしている」
またそれだった。
「それ以外は本人が決めればいい」
完全にこちらへ投げられた。
いや、元々自分のことなのだから正しいのだが。
レイジは改めてグレアの男へ向き直った。
「すみません。やっぱり今は、師匠のところで修行を続けたいです」
「そうですか……」
三度目の断りを入れる。
これでようやく終わった。
さすがにもういないだろう。
クラーク錬金魔道具。
サンタンデール工房。
グレア工務店。
七大企業のうち三社。
その三社が、四級を取ったその日に自分を欲しいと言ってきた。
(四百九十八点って、どのくらいおかしいんだ……?)
自分が高く評価されていることは、もう分かった。
分からないのは、その程度だ。
比較対象が少なすぎる。
二位のセシリア・ギルバートが四百六十五点。それがどの程度のものなのかも、レイジにはまだよく分かっていない。
三年間、錬金術で比べる相手といえばほとんどエレノアだけだった。
《識別》で三つ見落とせば、師匠なら全部見つける。
《発現》で一応使えるものを作っても、師匠ならもっと上手く作る。
そんな基準でやってきた。
だから、四百九十八点が高いことは分かっても、どこまで高いのかが分からない。
少なくとも。
(四級取れました。じゃあ森に帰ります、で終わる成績ではなかったらしいな)
そこまでは、よく分かった。
「では、俺たちはこれで」
レイジは三人へ頭を下げた。
今度こそ帰る。
大学を出て、転移陣でグレイスへ戻る。
そこから森へ帰れば、明日からまたいつもの修行だ。
歩き出そうとした、その時だった。
「レイジ君?」
聞き覚えのある声がした。
レイジは振り返った。
そこにいた人物を見て、思わず肩の力が抜ける。
「レイフォードさん……!」
ルーク・レイフォードが立っていた。
知っている顔だった。
二年前、グレイスで一緒に《格納》を調べた相手。年齢も近く、錬金術師として普通に話ができる。何より、さっきから知らない大人に囲まれ続けていたレイジにとって、この場で初めて見る知り合いだった。
助かった。
レイジは、心の底からそう思った。




