やっぱり師匠を基準にしたら駄目なんじゃないか……?
試験の翌日。
レイジはエレノアとともに、再びルヴェリア王立大学へ向かっていた。
昨日とは違い、今日は試験を受けるわけではない。目的はただ一つ、四級錬金術師試験の合格発表を見るためだった。
「そういえば」
大学へ向かう途中、エレノアが思い出したように口を開いた。
「毎年、成績の良かった者には企業や工房から声がかかるらしいぞ」
「スカウトですか?」
「そうだ。四級を取れば仕事として錬金術を扱えるようになるからな。優秀な者を早いうちに確保しておきたいのだろう」
なるほど。考えてみれば当然の話だった。
四級錬金術師になれば、ようやく錬金術師として仕事ができる。企業側からすれば、試験結果は新人を探すにはちょうどいい材料なのだろう。
「お前にもいくつか来るだろう」
「来ますかね」
「来るだろう。だが――」
エレノアがこちらを見る。
「十年の約束だからな」
「分かってますよ」
忘れているわけがない。
十二歳でこの世界に来て、行く当てもなかった自分を弟子にしてくれた。その時に交わしたのが、十年間エレノアの下で錬金術を学ぶという約束だ。まだ三年しか経っていない。
そもそも、昨日の試験に受かっているかどうかも分からないのに、就職先の心配をするのは気が早い。
(大丈夫だとは思うけどな)
昨日の手応えは悪くなかった。少なくとも、何か致命的な失敗をした覚えはない。
そんなことを考えているうちに、ルヴェリア王立大学へ到着した。
昨日と同じように、大学には大勢の人が集まっていた。ただ、昨日とは空気が違う。
試験前の緊張した雰囲気はなく、あちらこちらから歓声や落胆した声が聞こえてくる。どうやら、すでに結果を確認した者も多いらしい。
レイジとエレノアも人の流れに従って進む。
やがて見えてきたのは、大きく掲示された試験結果だった。
「……ずいぶん詳しく出すんだな」
合格者は順位順に並べられていた。
名前だけではない。《識別》《抽出》《精製》《付与》《発現》。五科目すべての点数と、その合計まで載っている。周囲では同じ内容が記された紙を手にしている者もいる。
(さすが異世界だけあって、個人情報の概念がないな……)
前世の会社でこんなものを張り出したら、一体どこから怒られるのだろう。
まあ、この世界でそんなことを気にしているのは自分くらいか。
レイジは気を取り直して、自分の名前を探すことにした。
昨日はそれなりにできたと思う。なら、真ん中より少し上くらいから見ればいいだろう。
視線を走らせる。
「……ないな」
もう少し上か。
再び名前を追っていく。
ない。
さらに上へ。
「…………」
まだない。
思っていたより、かなり上だったらしい。レイジの視線は、そのまま上へ上へと移動していった。
そして、とうとう掲示の一番上まで辿り着く。
一位 レイジ・クゼ
「…………」
あった。
まず浮かんだのは、それだった。
つまり、受かった。四級錬金術師試験に合格した。
三年前、ゴブリンの牙を前に《識別》すらまともにできなかった自分が、四級錬金術師になった。その事実が遅れて胸に落ちてくる。
そして、そのすぐあとに。
(……一位?)
もう一度見る。
間違いない。
一位。
(トップかよ!!!!)
さすがにそこまでは思っていなかった。
慌てて横に並んだ数字を見る。
《識別》 98
《抽出》 100
《精製》 100
《付与》 100
《発現》 100
合計 498
「……四百九十八」
思わず声に出た。
《識別》で二点落としている。それ以外は全部満点だった。
昨日の実技は上手くいったとは思っていた。《抽出》も、《精製》も、《付与》も、大きな失敗はなかった。《発現》で作ったものだって、悪い出来ではなかったと思う。
それでも。
(満点だったのか……)
自分で思っていたより、ずっと評価されていたらしい。
では、他の受験者はどのくらいなのだろう。
レイジはすぐ下へ視線を移した。
二位 セシリア・ギルバート
《識別》 94
《抽出》 95
《精製》 93
《付与》 92
《発現》 91
合計 465
三位 ハロルド・バラック
《識別》 88
《抽出》 91
《精製》 92
《付与》 94
《発現》 95
合計 460
そこから先も名前と点数が続いている。順位が下がるにつれて点数は少しずつ広がり、合格基準である四百点へ近づいていく。
「……三十三点差?」
二位との差を計算して、レイジは首を傾げた。思っていた以上に離れている。
その時だった。
「ギルバートが二位?」
すぐ近くから声が聞こえた。
「嘘だろ。あのセシリア・ギルバートが?」
「いや、二位だ。ほら」
「四百六十五点だぞ。それで二位なのか?」
レイジは声の方へ目を向ける。何人かの受験者が掲示を見上げていた。
どうやら、二位の名前について話しているらしい。
(ギルバート……有名な人なのか?)
レイジにはまったく覚えがない。
この三年間、ほとんど森でエレノアと錬金術ばかりやっていたのだから、同年代の有名な錬金術師など知るはずもなかった。
「一位、四百九十八だぞ」
「実技、全部百点じゃないか」
「レイジ・クゼって誰だ?」
今度は自分の名前が聞こえてきた。思わずそちらを見る。
「知らないな」
「俺も聞いたことない」
「でも、クゼって……なんか論文に名前なかったか?」
「論文?」
一人が何かを思い出そうとするように眉を寄せる。
「ああ! 《格納》の!」
「そうだ。《格納》の論文だ。共著にレイジ・クゼって名前があったはずだ」
「え? じゃあ同じ奴なのか?」
「名前まで同じなら、たぶんそうだろ」
周囲の視線が、再び一位の名前へ集まっていく。
レイジは何とも言えない気分でそれを聞いていた。
(……そっちまで知られてるのか)
《格納》について発表したことはもちろん覚えている。論文に自分の名前が載っていることも知っている。
だが、見ず知らずの受験者が名前を覚えているとは思っていなかった。
もう一度、掲示を見る。
一位。四百九十八点。二位とは三十三点差。
しかも、その二位はどうやら試験前から名前を知られていた人物らしい。
(……俺、思ってたよりいい成績だったのか?)
少なくとも「そこそこ」ではなさそうだ。
「確認できたか?」
隣から声をかけられ、レイジは振り返った。
エレノアがいつも通りの顔で立っている。
「受かってました」
「そうか」
「一位でした」
「そうか」
「四百九十八点でした」
「そうか」
「……もうちょっと何かないんですか?」
「合格すると思っていたからな」
あっさり言われた。
周囲では今も一位の成績について声が上がっているというのに、師匠だけは普段と何も変わらない。
(やっぱり師匠を基準にしたら駄目なんじゃないか……?)
そんなことを思いながら、レイジはエレノアとともに掲示の前を離れた。
大学の外へ向かう。
これで、四級錬金術師になった。ひとまず目的は達成した。
あとは森へ戻れば、またいつもの修行が始まる。
「レイジ・クゼさんですね?」
不意に、後ろから声をかけられた。
足を止めて振り返る。見覚えのない男が、こちらへ歩いてくる。
「はい」
レイジが答えると、男は軽く頭を下げた。
「突然申し訳ありません。クラーク錬金魔道具のマルク・ヘイデンと申します」
男はそう名乗ると、レイジへ向き直った。
「少し、お話をさせていただけませんか?」
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