受かってるかな
まずは、他の受験者が何をしているのか見てみることにした。
隣の机では、若い男が魔石へ向かって集中している。しばらくすると、その表面から紫色の液体がじわりと滲み出した。
毒だろうか。
少し離れたところでは、別の受験者が作業を終えたらしい。試験官が魔石を手に取り、何かを確認している。見た目はほとんど変わっていない。ただ、机へ戻されたときの音が妙に硬かった。
あれは《硬質》かもしれない。
なるほど。どうやら、そこまで複雑なものを作る必要はないらしい。
レイジは自分の魔石へ視線を戻した。
《臭気 Lv.3》《治癒 Lv.2》《甘味 Lv.2》《風 Lv.2》《白 Lv.2》。
《精製》で一つも壊さなかったので、五つ全部が残っている。別に、全部使えと言われたわけではない。一つか二つだけ使って、何か実用性のあるものを作ればいいのだろう。
だが、せっかく五つある。
使えるなら、使った方がいい。
まず《臭気》。匂いを出すだけでは、あまり使い道が思いつかない。悪臭を出せば何かに使えるかもしれないが、わざわざ試験会場でやることでもない。
《甘味》と組み合わせればどうだろう。
甘い匂い。
そこへ《治癒》を加える。
甘くて、嗅いでいると少し癒やされる香り。
そこまで考えて、前の世界にあったものを思い出した。
アロマディフューザー。
もちろん、同じものを作るわけではない。構造も知らない。ただ、香りを周囲へ広げて、気分を落ち着かせるもの。それなら作れそうだった。
残るのは《風》と《白》。
《風》は簡単だ。香りを出すだけでは、魔石の近くにしか届かない。なら、《風》で運べばいい。魔石を中心に、周囲へ広がるようにする。
これで四つ。
最後に《白》。
「……白か」
小さく呟いて、魔石を見る。今の魔石は、元々のくすんだ色のままだ。
癒やすための道具なら、見た目もそれらしくしておけばいい。
白なら悪くない。
「よし」
使い道は決まった。あとは、それをどう働かせるか。
レイジは魔石へ意識を集中した。
《臭気》を基礎にして、《甘味》と《治癒》を繋ぐ。ただ匂いを出すのではない。甘さを持った、嗅いでいて不快にならない香りとして働かせる。
そこへ《風》を繋げる。一方向ではなく、魔石を中心に周囲へゆっくりと広げる。強すぎれば香りが一気に飛んでいく。弱すぎれば近くにしか届かない。その間を探しながら、術式を組んでいく。
最後に《白》。これは他の四つとは分けた。香りには繋げず、起動している間、魔石そのものへ作用させる。
五つの性質。それぞれの働きを決め、互いに邪魔をしないように繋いでいく。
途中で一度、レイジは手を止めた。
少し複雑になった。
映像受信機を直したときに比べれば、まだ単純だ。あれは画面の位置や明るさ、色まで絶えず変化させなければならなかった。今回は、決めた働きを続けさせればいい。
それでも五つある。
レイジは一つずつ術式を確認し、そのまま作業を続けた。
しばらくして、最後の繋がりを整える。
できた。
もう一度、最初から確認する。
《臭気》《甘味》《治癒》《風》《白》。
どこにもおかしなところはない。
なら。
レイジは組み上げた術式を《発現》させた。
魔石の色が、ゆっくりと変わっていく。くすんでいた表面が白くなった。真っ白というほど強い色ではない。見ていて落ち着くような、柔らかな白。
ほぼ同時に、微かな風が起こった。
レイジの手元から、机の上を撫でるように周囲へ広がっていく。その風に乗って、甘い香りが漂った。
強くはない。鼻につくほどでもない。それでも、少し離れた場所まで届いている。
レイジは一度、息を吸った。
甘い。
それに、なんとなく気分が落ち着く。
狙った通りにはできているらしい。
周囲を見る。紫色の液体を出していた魔石は、今も少しずつ液体を滲ませている。硬くなった魔石も、そのまま机の上に置かれていた。
それらと比べると、自分のものは少しやっていることが多い気がする。
まあ、五つ残ったのだから仕方ない。使えるものを使っただけだ。
「……なるほど」
声が聞こえた。
顔を上げると、ヴィルツが立っていた。
いつから見ていたのかは分からない。いや、考えてみれば《発現》が始まってから何度か視線を感じていた。
ヴィルツは白くなった魔石を見ている。それから、周囲へ広がる香りを確かめるように一度だけ息を吸った。
「地元の鉱石事件の時から、できるお弟子さんだとは思っていましたが……まさかここまでとは」
「そうですか?」
「ええ」
それ以上は言わなかった。試験中だからだろう。
ヴィルツは手元の用紙へ何かを書き込み、次の受験者のところへ向かった。
レイジは改めて自分の魔石を見る。
悪くはない。
思った通りには動いている。
ただ。
師匠なら、もっと上手く作っただろう。
まず《風》。自分は魔石を中心に、同じ強さで周囲へ広げているだけだ。だが、人がいない方向へ香りを送っても意味はない。
師匠なら、人がいる場所に合わせて風の向きを変えるくらいはするだろう。外から風が入っているなら、それも使うかもしれない。わざわざ逆らって風を起こすより、元からある流れに乗せた方が無駄がない。
それだけではない。
香りの強さも一定だ。狭い部屋と広い部屋で、同じ濃さの香りを出す必要はない。魔石へ干渉することで、《臭気》と《甘味》の働きを調整できるようにしておけば、使う場所や好みに合わせて香りの強さを変えられる。
《治癒》も同じだ。今は決めた強さで働き続けるだけだが、これも調整できた方がいい。
香りだけ少し強くする。《治癒》を強くする。《風》を弱めて、近くにいる人だけへ届くようにする。逆に、広い場所なら《風》を強くする。
そこまで考えて、レイジは魔石を見つめた。
師匠なら、そのくらいはやるだろう。
いや。
もっとやるかもしれない。
あの映像受信機では、画面の場所ごとに色も明るさも変え、それを映像に合わせて絶えず動かしていた。それに比べれば、人のいる方向へ香りを流して、強さを変えられるようにするくらいなら――。
「……まだまだだな」
小さく呟いた。
とはいえ、今から作り直す必要はない。試験なのだ。自分なりには、ちゃんと作れたと思う。
しばらくして、最後の受験者も作業を終えた。試験官たちが順番に確認し、用紙へ何かを書き込んでいく。
やがて、全員の確認が終わった。
「以上で、本日の四級錬金術師資格試験を終了します」
教室のあちこちから息を吐く音が聞こえた。レイジも肩の力を抜く。
筆記。
《識別》。
《抽出》。
《精製》。
《付与》。
そして《発現》。
全部終わった。
大きな失敗はしていないと思う。実技も、自分なりにはできた。
たぶん、大丈夫だとは思う。
思うのだが。
レイジは白い魔石を見ながら、少しだけ不安になった。
(大丈夫だとは思うけど……受かってるかな)




