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ゴブリンの牙

四級錬金術師試験の開始を待つ教室は、思っていたより静かだった。


レイジと同じように受験票を手にした者たちが、決められた席に座っている。年齢はまちまちで、レイジと同じくらいに見える者もいれば、明らかに年上の者もいた。


試験開始までは、まだ少し時間がある。


「一問目だけは絶対に落とすなよ」


斜め後ろから聞こえてきた声に、レイジはなんとなく耳を傾けた。


「エレノア・アイゼンハルトだろ?」

「ああ。一問目のエレノア・アイゼンハルトさえ書ければ、筆記は受かるらしいぞ」


んなバカな。


いくら錬金術五体系を確立した偉人だからといって、名前一つで資格を取れるなら試験の意味がない。


やがて試験官が入室し、問題用紙と答案用紙が配られた。


開始の合図とともに、レイジは問題用紙をめくる。


問一。


『錬金術五体系を確立した人物の名を答えよ』


本当に出るんだな。


レイジは答案用紙に、エレノア・アイゼンハルト、と書き込んだ。もっとも、これを書いたから受かるという話までは信じていない。


そのまま次の問題へ進む。


『《抽出》を最後まで行った場合、素材はどのように変化するか』


素材は消滅する。


これも迷う必要はなかった。


問題を読み、答えを書く。それを繰り返していく。錬金術そのものについて問われる問題は、特に困るものもない。


だが、途中でレイジの手が止まった。


『魔石以外への《付与》によって、採取が禁止、あるいは許可制となっている素材を生成した場合、その素材をどのように管理すべきか』


レイジは問題文をもう一度読んだ。


危険な素材や希少な素材に、採取を禁止されたものや許可が必要なものがあることは知っている。その理由も師匠から教わっていた。


問題は、作ってしまった場合だ。現在の制度で、どこへ何を届け出るのかまでは知らない。


少し考えて、レイジは答案を書き始めた。


採取してはいけないものを《付与》で作ったからといって、自由に扱っていいとは思えない。前の世界でも、危険なものを人工的に作ったから好きにしていい、なんて話にはならなかったはずだ。


自由に使用、譲渡せず、適切に隔離して保管する。その上で、必要な届け出を行う。


そんな趣旨の回答を書き終えて、レイジは小さく息を吐いた。


……たぶん、これで合ってるよな。


それ以外は特に詰まることもなく、午前の筆記試験は終わった。


昼は大学の外で待っていたエレノアとベルダリアに合流し、三人で食事を済ませた。


午後になると、レイジは再び大学へ戻った。今度は筆記試験とは別の教室へ案内される。


四級試験の実技は、一人の試験官が数人の受験者をまとめて見る形式らしい。


指定された場所へ向かったレイジは、そこに立っていた人物を見て足を止めた。


二メートル近い筋肉質な体躯を、きっちりとしたスーツに収めた男。白髪をオールバックに撫でつけ、片目にはモノクルをかけている。


グレイス錬金ギルド長、ヴィルツだった。


都市間転移陣を使うたびに顔を合わせるので、レイジにとっては見慣れた人物でもある。


「……ヴィルツさん?」


声をかけると、ヴィルツもレイジに気づいた。


「レイジさん。まさかここでお会いするとは」

「ヴィルツさんも試験官やるんですね」

「ええ。今年はこちらに呼ばれまして」


そんな会話を交わしていると、周囲から小さな声が聞こえてきた。


「……ヴィルツさんって、グレイスの錬金ギルド長だよな?」

「なんであいつ、普通に話してるんだ……?」


レイジがそちらを見ると、声はすぐに止まった。


ヴィルツは気にした様子もなく、手元の書類へ目を落とす。


「先に言っておきますが、いくらレイジさんだからって、甘く採点はしませんよ」

「それやられると俺が困ります」

「そう言うと思いました」


ヴィルツは小さく笑うと、他の受験者へ向き直った。


今度は先ほどよりもはっきりと、周囲の視線がレイジへ集まった。


……なんか申し訳ない。試験前に余計なことを気にさせてしまった気がする。


やがて全員の前に、一つずつ素材が置かれた。


ゴブリンの牙。


レイジはそれを見て、少し懐かしい気分になった。最初に師匠から《識別》を教わったときもこれだったし、《格納》を調べたときには実験で《付与》もした。


そして今度は四級試験である。


……俺の人生、妙にゴブリンと縁があるな。


「これから《識別》の実技試験を始めます」


ヴィルツの声で、レイジは意識を切り替えた。


「制限時間は三十分。目の前にあるゴブリンの牙を《識別》し、確認できた性質を答案用紙に記入してください」


開始の合図とともに、教室が静まり返る。


レイジはゴブリンの牙へ手を伸ばし、《識別》を始めた。


見つけた性質を一つずつ、順番に答案用紙へ書き込んでいく。


ゴブリンの牙に存在することが知られている性質は、全部で八十一種類。その数自体は珍しい知識ではないが、八十一種類すべてを覚えている者がどれだけいるのかは知らない。


少なくとも師匠なら覚えている。というより、あの人なら覚えていて当然のような顔をするだろう。


レイジは余計なことを考えるのをやめ、再び牙へ意識を集中させた。


やがて三十分が経過し、終了の合図がかかる。


レイジは答案用紙に並んだ性質を数えた。


七十八。


三つ見落としたか。


少し悔しい。師匠なら八十一種類すべて見つけるんだろうな。


まだまだだ。


「答案を提出してください」


ヴィルツの声に従い、レイジは席を立った。


「お願いします」

「はい。お疲れさまでした」


ヴィルツは答案用紙を受け取ると、落ち着いた様子で上から順に目を通し始めた。


しばらくして、その視線が止まった。


ヴィルツは答案用紙を見たまま数秒動かず、それからゆっくりと顔を上げた。


レイジと目が合う。


「……?」


何かあっただろうか。


レイジが首を傾げると、ヴィルツは何も言わずに答案用紙へ視線を戻した。


今度は先ほどまでとは違い、書かれている内容を一つずつ確認するように、ゆっくりと上から下まで目で追っていく。


最後まで確認したヴィルツは、それでも答案を置かなかった。


もう一度、最初から目を通す。


そして最後まで確認すると、ヴィルツは再び顔を上げた。


もう一度、レイジと目が合った。

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