こちらが受験票です
転移陣を抜けると、そこは王都の錬金ギルド長室だった。
各都市に設置された転移陣は、その街の錬金ギルド長室へ繋がっている。レイジにとっても、もう転移陣を使うこと自体は珍しい経験ではない。
ギルド長へ挨拶を済ませ、エレノアとともに錬金ギルドを出る。
まず目に入ったのは、人だった。
「……多いな」
王都ルヴェリア。
人口およそ百万人。ルヴェリア王国最大の都市だとは聞いていたが、数字で聞くのと実際に見るのとではやはり違う。
グレイスも十分に大きな街だった。二年前、初めて訪れたときにはその規模に驚いた覚えがある。それから二年の間にも、エレノアについて何度か森の外へ出ている。
それでも王都は明らかに違った。
通りが広い。その広い通りを埋めるように人が歩いている。馬車も一台二台ではなく、次々と行き交っていた。道沿いには大きな建物が並び、その向こうにもまだ街が続いている。
少し離れたところには、巨大な楕円形の建物まで見えた。
「あれ、競技場ですか?」
「ああ。王立競技場だな」
グレイスで見たイステンデット・ラグネルスタジアムも相当な大きさだったが、それよりさらに一回り、いや二回りは大きく見える。
前世なら百万人という数字自体は珍しくない。それでも、この世界で実際にそれだけの人間が暮らす都市を見ると話が違った。
「でかいですね」
「そうか?」
「師匠に聞いた俺が悪かったです」
エレノアは王都の大きさなどどうでもよさそうだった。
今日ここへ来た目的は観光ではない。四級錬金術師の資格試験だ。
試験会場になっているのは、王都にあるルヴェリア王立大学。
王国有数の総合大学で、錬金術を含めて幅広い分野を学ぶことができる。錬金術ならアイゼンハルト大学の方が有名だが、それ以外の分野を学ぶためにこちらを選ぶ学生も多いらしい。
年に一度行われる四級試験では、大学の教室をいくつも使って大勢の受験者を収容する。
二人は人混みの中を進み、ルヴェリア王立大学へ向かった。
しばらく歩くと、大きな校門と、その奥にいくつもの校舎が見えてくる。校門へ向かっている人間も多い。
レイジと同じくらいの年齢に見える者もいれば、明らかに年上の者もいる。付き添いらしい人間も混ざっていた。
その中に、見覚えのある人物が一人立っていた。
頭から足元まで全身真っ黒。
大勢の人間が行き交う校門前で、ものすごく目立っている。
「……クローネ教授?」
黒い女の肩がわずかに動き、ゆっくりこちらを見る。
「……レイジ君」
やっぱりクローネ教授だった。
二年前、グレイスで起きた鉱石変質事件。その調査に参加していた性質学の研究者、ベルダリア・クローネ。
あれ以来直接会ったことはなかったが、向こうもレイジのことは覚えていたらしい。
「お久しぶりです」
「……お久しぶりです」
「こんなところで何してるんですか?」
「……試験を見に来ました」
「四級試験を?」
「はい」
大学教授が資格試験を見に来ること自体は、それほど不思議でもないのかもしれない。
それにしても、レイジはベルダリアの格好を見る。二年前も黒い服を着ていた気がするが、今日も見事に黒一色だった。
「……何か?」
「いえ、なんでもないです」
ベルダリアは少しだけ目を細めた。
「……十五歳になったんですね」
「なりました」
「……そうですか」
それだけ言うと黙った。
何だったんだろう。
「レイジ」
「あ、はい」
エレノアはすでに校門へ向かっていた。レイジがその後を追うと、ベルダリアもついてくる。
校門を抜けると、すぐ先にいくつもの大きなテントが設置されていた。
四級試験受付。
そう書かれた案内板の前には、すでに受験者の列ができている。レイジも最後尾へ並んだ。
列は思ったより早く進み、やがて順番が回ってくる。
「本日の四級試験ですね。お名前をお願いします」
「レイジ・クゼです」
受付の女性が手元の用紙へ名前を書き込む。
「年齢は?」
「十五歳です」
いくつか簡単な確認を終えると、受付の女性が顔を上げた。
「では、最後に一つ確認します。錬金術五体系とは何ですか?」
「《識別》《抽出》《精製》《付与》《発現》です」
「はい。結構です」
受付の女性はそのまま用紙へ何かを書き込んだ。
レイジは待つ。何か続くのだろう。
「こちらが受験票です。記載されている教室へ移動してください」
紙を一枚渡された。
「……それだけですか?」
「はい?」
「あ、いえ。ありがとうございます」
思ったよりずっと簡単だった。
三年間、毎日のように錬金術をやってきた人間にとって、五体系を答えるだけなら名前を言うのと大差ない。もちろん、これは試験ではない。最低限、錬金術を学んできた人間なのかを確認しているだけなのだろう。
受験票を見ると、校舎と教室番号が書かれていた。これで正式に受験できるらしい。
レイジは列を離れ、エレノアたちのところへ戻った。
「受付終わりました」
「ああ」
「じゃあ、行ってきます」
「行ってこい」
「……頑張ってください」
「ありがとうございます」
レイジは受験票に書かれた校舎へ向かった。二人の姿が人混みの向こうへ消えていく。
エレノアとベルダリアが残された。
「…………」
「…………」
受付を終えた受験者たちが、次々と校舎へ向かっていく。
別に、話す必要はない。
レイジの試験が終わるまで待つだけだ。
エレノアは何も喋らない。
ベルダリアも黙っていた。
「…………」
「……二年前」
先に負けたのはベルダリアだった。
「ん?」
「……あなたがいきなり質問してきたの、忘れてませんからね」
エレノアがベルダリアを見る。
「そんなこともあったか?」
「……そういうところです」
ベルダリアは黙った。
やはり話しかけるべきではなかった。
二人の間に、また沈黙が戻ってくる。
「…………」
「……そもそも、二年前、素人だと言ってましたけど」
「そうだったか?」
「あなたが素人だったら、錬金術師は存在しえません」
「そうだろうな」
ベルダリアはエレノアを見る。
「……だからそういうところです」
「何がだ?」
「……もういいです」
また沈黙した。
今度こそ喋らない。
ベルダリアはそう決めた。
「…………」
「…………《格納》なんですけど」
無理だった。
「この二年間で、いくつか調べました。《格納》そのものが付与先を変質させない点については、やはり既存の性質とは挙動が違います。それと内部に保持された性質への干渉ですが、あのときは残存魔力による外部干渉という特殊な条件でした。なら、同じ状態を意図的に再現できれば内部の性質を任意に――」
そこから急に口数が増えた。
二年前の事件以来、ベルダリアが《格納》について調べてきたことを次々と話していく。エレノアは黙って聞いていた。
ベルダリアが一通り話し終えると、エレノアは少し考えた。
「それは私も二年前に考えた」
「……本当にそういうところです」
「何がだ?」
ベルダリアは答えなかった。
答えてもたぶん伝わらない。
再び沈黙が訪れる。
しばらくして。
「……それで、もう一つあるんですけど」
ベルダリアはまた《格納》の話を始めた。
今度はエレノアも自分の考えを返す。どうにも噛み合っていないように見える二人だったが、錬金術の話だけは妙に続いた。
その頃レイジは、指定された教室の席に座り、四級試験の開始を待っていた。




