試験ってどうやって受けるんですか?
温まってはいる。
レイジは皿の上に置かれた肉を指で押した。表面はちゃんと温かい。少なくとも、さっきまで冷めていた料理とは思えないくらいには温度が上がっている。
問題は、その中だった。
「……駄目だな」
ナイフを入れる。
切り分けた肉の断面へ触れてみると、表面ほどの温かさはない。冷たいというほどではないが、これでは求めているものとは違う。
「また表面だけか?」
「ですね」
向かいに座っていたエレノアが、切り分けられた肉を一つ摘まんだ。そのまま口へ運ぶ。
「食うんですか?」
「食えるだろう」
「食えますけど」
別に失敗したから毒になったわけではない。
レイジも一切れ口へ運んだ。温かい。途中までは。噛んでいるうちに、中心に残った微妙な冷たさが分かる。
「やっぱり駄目ですね」
「そうだな」
エレノアはそう言いながら、もう一切れ食べた。駄目と言ったわりには気にしていないらしい。
レイジは机の上に置かれた箱型の魔道具へ目を向けた。
食べ物を入れる。起動する。しばらく待つ。それだけで、冷めた料理が温かくなる。
やりたいこと自体は単純だった。
前の世界には、そういう便利な道具があった。電子レンジ。
もっとも、レイジが知っているのは使い方だけだ。どういう原理で食べ物を温めているのかと聞かれても、よく分からない。電気を使って、何かを飛ばして、それで食べ物が温まる。その程度の知識しかなかった。
当然、それをこの世界で再現することもできない。
なので、再現するのは仕組みではなく機能にした。箱の中へ食べ物を入れれば温まる。それだけなら、この世界の錬金術でもできる。
実際、できている。
「温めること自体はできてるんですよね」
「ああ」
「じゃあ、問題は中まで熱が届いてないことか」
レイジは魔道具を開けた。内部には、何度も組み直した術式が刻まれている。
三年前なら、こんなものを見ただけで頭を抱えていただろう。今は違う。どこで何を発現させているのか。どの性質がどこへ作用しているのか。少なくとも、自分で組んだものなら追える。
だからこそ、分からない。
加熱はできている。術式も動いている。食べ物も温まっている。それなのに、中だけが温まりきらない。
「外から温めてるから駄目なのか……?」
「さあな」
「師匠はどう思います?」
「お前の課題だろう」
「ですよね」
聞くだけ無駄だった。
いや、エレノアなら答えは分かるのかもしれない。だが、これはレイジの課題だ。
そもそもの始まりは、以前レイジが前の世界の料理について話したことだった。
冷めた飯でも、箱に入れて少し待てば温かくなる。
そんな話をしたところ、エレノアが食いついた。飯の話だったからだと思う。
そして一通り話を聞いたあと、彼女は言った。
『作れ』
簡単に言ってくれる。
それから試作を始め、ようやく食べ物を温めるところまでは来た。なら、次は中まで温めればいい。問題が分かっているなら、調べることはできる。
「もう一回、術式から見直すか」
「そうしろ」
エレノアは最後の肉を口へ放り込んだ。
「あ」
「なんだ」
「それ、俺のですけど」
「そうか」
そうか、ではない。
レイジは空になった皿を見る。
十五歳になっても、この人は相変わらずだった。
「……十五歳?」
自分で考えて、そこで止まった。
「どうした?」
「いや」
そういえば、最近十五歳になった。
この世界で目を覚ましたときは十二歳だったのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、三年という時間が思った以上に早かった。
そして十五歳になったら、やろうと思っていたことがある。
「師匠」
「なんだ」
「試験ってどうやって受けるんですか?」
「試験?」
「四級錬金術師ですよ」
「ああ、知らん」
「知らんって師匠、資格は?」
「なぜ私が受けなければならんのだ」
「ええ……」
どういうことだ。
資格がなくても錬金術はできる。それは分かる。エレノアがどこかの企業で働いているわけでもないことも知っている。
だが、だからといって資格そのものを取っていないとは思わなかった。
「じゃあ、試験の申し込みとかも?」
「知らん」
「どこで受けるかは?」
「知らん」
「いつやってるかは?」
「知らん」
「何なら知ってるんですか?」
「錬金術なら教えてやる」
「そういう話じゃないんですよ」
困った。
四級を取りたいと思ったのは二年前だ。
グレイスでルークと出会い、自分とそれほど年齢の変わらない少年が、四級錬金術師として普通に仕事をしているところを見た。
自分も、いずれは錬金術で食っていく。なら、とりあえず取れる年齢になったら四級くらいは取っておこう。
そう考えていた。
そして実際に十五歳になった。
問題は、取り方を知らないことだった。
「……あ」
一人いる。
レイジは顔を上げた。
「こういう話なら、ルークに聞けばいいのか」
「好きにしろ」
エレノアは興味をなくしたらしい。空になった皿を持って立ち上がった。
グレイスの一件から二年。
ルークとは、たまに手紙をやり取りしていた。頻繁ではない。
錬金術そのものについて分からないことがあれば、目の前にエレノアがいる。わざわざルークへ手紙を送る必要はない。
だが、錬金術師として働くための制度や、企業のこと。ギルドや業界の慣習。
そういう話になると、エレノアは急に役に立たなくなることがある。
今回も、どうやらそちらだった。
レイジは紙とペンを用意した。長い手紙を書く必要はない。
聞きたいことは一つだった。
四級試験って、どうやって受けるんですか?
◇
数日後。
ルークから返事が届いた。
「早かったな」
封を開ける。
近況について簡単に書かれたあと、レイジが聞いた四級試験についての説明が続いていた。
試験は年に一度。受験できるのは十五歳から。会場は王都錬金術ギルド。
そして、レイジが想像していたような事前の複雑な手続きは必要ないらしい。
「当日でいいのか」
もう少し面倒なものを想像していた。
前世で資格試験を受けた経験はほとんどないが、少なくとも試験というものは事前に申し込んで、受験票のようなものを用意して、それから会場へ行くものだと思っていた。
この世界では違うらしい。
手紙には試験の日程も書かれている。まだ間に合う。
「師匠」
居間で本を読んでいたエレノアが顔を上げた。
「なんだ」
「ルークから返事来ました」
「そうか」
「王都で受けられるみたいです。試験の日も分かりました」
「そうか」
興味がない。
自分の弟子が錬金術師の資格を取ろうとしているのだから、もう少しくらい何かあってもいいと思う。
「俺、受けてきますね」
「ああ」
「王都まで行ってきます」
「ああ」
そこでエレノアが本から目を上げた。
「いつだ?」
「この日です」
手紙を見せる。
エレノアは日付を確認した。
「なら私も行く」
「師匠も?」
「ああ」
「試験の受け方知らないのに?」
「お前、喧嘩売ってるのか?」
「いえ」
ちょっとだけ。
とは言わなかった。
王都へ行くこと自体は、以前ほど大きなことには感じなくなっている。
グレイスの一件以来、エレノアが外へ出るときについていくことも増えた。最初にグレイスへ行った頃と比べれば、この世界を実際に歩くことにも慣れている。
今回は、その行き先が王都になるだけだ。
そして、ついでに資格試験を受ける。
それくらいの感覚だった。
レイジはルークからの手紙を畳んだ。
「じゃあ、四級取ってきますか」
こうしてレイジは、エレノアと王都へ向かうことになった。




