とりあえず四級取ろうかな
アイゼンハルトを発ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
大学での用事は昨日の発表ですべて終わっている。あとは錬金ギルドから転移陣で帰るだけだったのだが、その前にエレノアが寄りたい店があると言い出した。
そこで買ったのが、レッサードラゴンの錬金肉だった。
「これ、結構高くないですか?」
店を出てから値段を聞いて、レイジは思わずそう言った。
「ワイバーンの肉と同じくらいだな」
「天然の?」
「そうだ」
高いじゃないか。
レッサードラゴンはワイバーンより希少で、討伐するとなれば危険も大きい。当然、天然の肉はさらに高価になる。それを食品錬金で再現したものらしいが、錬金肉だからといって安いわけではないようだった。
エレノアは気にした様子もなく、包みを抱えて歩いている。思えば、この人は妙なところで金を使う。
普段の食事は驚くほど普通だ。キノコのスープだけで済ませる日もあるし、本人もそれで特に不満そうにはしない。だが、贅沢すると決めたときは遠慮がない。
そういえば、この世界に来た初日に食べた肉もワイバーンだった。あれも天然だったはずだ。
「……師匠って、結構稼いでるんですか?」
「なんだ、急に」
「いや、なんとなく」
「困ったことはないな」
それだけ言って、エレノアは話を終わらせた。少なくとも金に困っている人間の答えではなかった。
買い物を終えた二人はアイゼンハルトの錬金ギルドへ向かい、転移陣を使って森の家へ戻った。
光が収まると、そこは見覚えのある部屋だった。初めてグレイスへ向かった日、レイジがこの家にこんな部屋があったのかと驚いた場所だ。床にはあのときと変わらず転移陣が刻まれている。
グレイスへ向かった日から考えれば、随分いろいろな場所を見てきた気がする。それでも部屋を出れば、そこにあるのはいつもの家だった。
荷物を置き、買ってきた肉を焼く頃には夕方になっていた。レッサードラゴンの錬金肉は、値段だけのことはあった。
「うまいですね、これ」
「だろう」
「師匠が作ったわけじゃないでしょう」
「私が選んだ」
「そういうことにしておきます」
食事をしながら、レイジは久しぶりに自宅の映像受信機を眺めた。王立放送局では夕方のニュースが流れている。
壊れていた映像受信機を直したのは、もう随分前のことのように感じた。あのときは必要な性質を探して、抽出して、精製して、魔石へ付与した。最後には《発現》の術式まで組んで、どうにか映像が出るようになった。
今なら、少し違うやり方ができるかもしれない。
《格納》の中に複数の性質を持たせ、それを必要に応じて切り替えられるようになれば、《発現》の術式そのものをもっと簡単にできる可能性がある。
発表の場で口にしたのは、まだ思いつきに近い話だった。《格納》へ狙った性質を入れる方法すら分かっていないのだから、すぐに試せることでもない。それでも、以前はそんなことを考えもしなかった。
レイジは肉を一切れ口に入れ、映像受信機から視線を外した。
今回のことも、最初は倉庫にあった鉄鉱石を見ただけだった。それがオリハルコンになり、また鉄鉱石に戻った。ルークやノエルと一緒に調べて、エレノアが《格納》を見つけた。鉱山まで行き、アイゼンハルトではベルダリアと研究をまとめた。
論文には、自分の名前も載った。
レイジ・クゼ。
必要になったから昔の姓を借りただけだったのに、発表が終わったあとには、知らない男から「君がレイジ君か」と声をかけられた。なんだか、妙な感じだった。
森でエレノアと二人で錬金術をやっているだけだったはずなのに、外へ出てみれば錬金術師はいくらでもいた。企業で働いている者もいれば、大学で研究している者もいる。
そういう働き方があること自体は、ルークから聞いていた。だが、実際に外へ出て見てみると、以前よりずっと現実味がある。
ルークは十五歳ですでに四級錬金術師として働いていた。自分も、このままずっとエレノアに食わせてもらうわけにはいかない。別に今すぐどうこうという話ではないが、いずれは自分で金を稼ぐことになる。
そのとき何をするかと考えれば、答えはもう決まっていた。錬金術だ。
前の人生では営業しかやってこなかったが、こちらへ来て一年。今では毎日やっていることだった。そして錬金術師として働くなら、どうやら四級あたりが最初の一歩になるらしい。
もっとも、四級についてレイジが知っているのはその程度だった。試験で何をするのかも、どうやって受けるのかも知らない。
「師匠」
「なんだ」
エレノアは映像受信機を見たまま答えた。
「俺、とりあえず四級取ろうかなと思うんですけど」
そこでようやく、エレノアがこちらを見る。
「四級?」
「はい。錬金術師として仕事するなら、その辺からなのかなって。詳しいことは全然知らないんですけど」
「そうだな」
「取れます?」
「今のお前なら、四級の内容で困ることはない」
あっさりした答えだった。
「じゃあ、取ってもいいですか?」
「好きにしろ」
エレノアは肉を一切れ口へ運ぶ。
「ただし約束は十年だ。好き勝手は許さん」
レイジは少しだけ笑った。森で目を覚ました日、行くあてもなかった自分に、エレノアは錬金術をやるかと聞いた。あのとき決めた十年は、まだ一年ほどしか過ぎていない。
「分かってますよ」
「ならいい」
それで話は終わった。
映像受信機からは、変わらず夕方のニュースが流れている。エレノアは何事もなかったように食事を続け、レイジも残っていた一切れに手を伸ばした。
四級がどんなものなのかは、まだよく知らない。
ただ、次にやってみたいことは決まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回で第二章終了となります。
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