待てば分かる
誰も錬金術を使っていないはずの第五倉庫で。
いったい何が、《格納》を切り替えていたのか。
「まず、人の出入りを確認します」
最初に動いたのはノエルだった。
机の上に広げていた記録をまとめると、別の束を持ってくる。第五倉庫へ誰が入り、何をしたのか。管理者であるノエルが残していた記録だった。
「問題の鉱石が搬入されたのは、一週間ほど前です。それから今日まで、第五倉庫で作業した人は全部確認できます」
「錬金術師は?」
ルークが尋ねる。
「何人かいます。検品でも入っていますし、わたしも四級ですから。ただ……」
ノエルが記録をめくる。
「鉱石が変わった時間とは合わないんですよね」
鉄鉱石になったと確認された時間。その前後に誰が倉庫へ入ったのか。何をしていたのか。四人で一枚ずつ確認していく。
合わない。
錬金術師が入った後に変わっていることもあれば、誰もいない間に変わっていることもある。そもそも、倉庫内で鉱石へ錬金術を使った記録がない。
「人じゃない、か」
エレノアが呟いた。
「少なくとも、誰かが定期的に錬金術を使っていたわけではなさそうですね」
ルークも記録から顔を上げる。
何が《格納》へ干渉しているのか。その答えはまだ見えない。
レイジも記録を眺めた。第五倉庫への搬入。検品。保管。最初に鉄鉱石へ変わったという報告。その後、オリハルコン鉱石へ戻ったという確認。そこから先にも、何度か同じような記録が続いている。
「あれ?」
ノエルが言った。三人がそちらを見る。
「どうした?」
「いえ……ちょっと待ってください」
ノエルは記録を一枚前へ戻した。それから、もう一枚。指で何かを追いながら、しばらく黙る。
「これ……変わるまでの間隔、短くなってませんか?」
レイジはノエルの手元を覗き込んだ。
「間隔?」
「はい。最初に変わったときは、次に確認されるまで一日以上空いてます」
ノエルが記録を指す。
「その次は、だいたい一日くらいです。新聞に載った頃ですね。それで……ここからは、半日くらいしか空いてません」
レイジも順番に見ていく。
確かに短くなっている。最初は一日以上。その次は一日ほど。今は半日程度。
変わった時間だけを見ていたときには気づかなかった。だが、前に変わってから次に変わるまでの時間として並べると、違いは分かりやすかった。
「今までの分、全部並べてみませんか?」
レイジは言った。
「変わった時間じゃなくて、前に変わってからどれくらい経ってるかで」
「あ、それならすぐ出せます」
ノエルが新しい紙を引き寄せた。記録を一つずつ拾っていく。ルークも途中から加わった。
「ここは?」
「その前日の夜に確認しています」
「なら、一日も空いてませんね」
「そうですね」
数が増えていく。
完全に同じ割合で短くなっているわけではない。少し長いところもあれば、短いところもある。それでも、全体として見れば明らかだった。
後になるほど、短い。
「偶然ではなさそうですね」
ルークが言った。
「だな」
エレノアも紙を見ている。
「だが、時間そのものが切り替えているわけではない」
「《格納》に干渉が必要だからですか?」
レイジが聞く。
「ああ。放っておくだけで切り替わるなら、先ほどの実験と合わん」
つまり、何かが干渉している。それが何かは分からない。ただ、その何かによって起きる切り替わりは、少しずつ早くなっている。
レイジは紙に並んだ記録を見た。
倉庫に来てから、ずっと目の前の鉱石を調べてきた。《識別》して、変わるところを見て、《格納》を見つけて、実際に切り替わる条件まで試した。それでも、この変化には気づかなかった。
ノエルが毎日残していた記録を並べて、初めて見えた。
目の前にあるものを見るだけが、調べるということではないらしい。
「今はどれくらいですか?」
レイジが尋ねた。
「今?」
「最後に変わってからです」
ノエルが記録を確認する。
「まだ数時間ですね」
「じゃあ、次も測ってみませんか?」
ルークがすぐに頷いた。
「僕もそれがいいと思います。このまま短くなっているなら、次は半日もかからないかもしれません」
「待つか」
エレノアが椅子へ座った。簡単に言った。
この人にとって待つというのがどれくらいまで含まれるのか、レイジは知っている。
三日にならなければいい。
幸い、その心配は必要なかった。
数時間も経たないうちに、鉱石が再び変わった。
「変わりました!」
ノエルが声を上げる。
積まれていた鉱石は、オリハルコン鉱石へ変わっていた。一つだけではない。見える範囲すべて。
「早いですね」
ルークが鉱石を確認しながら言った。
ノエルも記録を見る。
「前より短いです」
予想通りだった。切り替わる間隔が、また短くなっている。
エレノアが鉱石を一つ手に取り、《識別》する。
「《格納》はあるな」
「じゃあ、また変わりますかね?」
「さてな」
エレノアが鉱石を置く。
「待てば分かる」
また待つ。今度は、さっきほど長くなかった。
鉄鉱石へ戻った。
「また短くなりました」
ノエルが記録へ書き込む。ルークはその横から紙を覗いていた。
「ここまで来ると、かなりはっきりしてますね」
楽しそうだった。目の前で未知の現象が、過去の記録と同じ傾向を見せている。研究する側からすれば面白いのだろう。
「レイフォードさん」
「はい?」
「これ、セレスティアの商品ですよね?」
ルークが倉庫を見る。鉄鉱石が大量に積まれている。
「……そうなんですよね」
少しだけ声が落ちた。
「上手いこと、オリハルコンで止まってくれるといいんですが……」
研究者と会社員が同じ身体に入っていると大変そうだ。
もっとも、鉄鉱石のままでも《格納》は残っている。干渉すればオリハルコン鉱石へ戻せることも分かっている。
量を考えなければ。
レイジは倉庫を見回した。
考えるのをやめた。
その後も観察は続いた。
もう一度、オリハルコン鉱石へ。そして鉄鉱石へ。間隔はさらに短くなった。
ノエルの記録には、今までより明らかに短い時間が並んでいく。
「このままだと、もっと早くなるんでしょうか」
ノエルが紙を見ながら言った。
「分からんな」
エレノアは鉱石を見ていた。
「少なくとも、短くなっている理由はまだ何も分かっていない」
その通りだった。何が干渉しているのかも分からない。なぜ間隔が短くなっているのかも分からない。分かったのは、そうなっているということだけだ。
それでも、分からないものを分からないまま記録していく。
しばらく前なら、そんなものに何の意味があるのかと思ったかもしれない。今は違った。
ノエルが一週間ほど残していた記録が、さっき一つのことを教えてくれた。なら、今残しているこれも、後で何かを教えてくれるかもしれない。
そして、次の変化が起きた。
鉄鉱石。
「変わりました」
ノエルが記録する。ルークが時間を確認した。
「また短くなってますね」
「次はもっと早いかもしれませんね」
レイジは倉庫を見る。
待った。
次は来なかった。
最初は、少し遅れているだけだと思った。これまでの間隔にも多少のばらつきはあった。毎回きっちり同じ割合で短くなっていたわけではない。
だが、さっきまでならもう変わっていてもおかしくない時間が過ぎても、鉱石は鉄鉱石のままだった。
「遅いですね」
ノエルが言った。
「ですね」
さらに待った。
変わらない。
ルークが立ち上がった。
「確認してきます」
「俺も行きます」
二人で第五倉庫へ入る。どこを見ても鉄鉱石だった。入口近く。奥。積み上げられた木箱の中。
ノエルも別の場所を確認して戻ってくる。
「……全部、鉄鉱石です」
前に聞いたときとは、ずいぶん声の調子が違った。
エレノアが一つを手に取る。
「《識別》」
しばらくして、鉱石を置いた。
「《格納 Lv.4》は残っている」
「残ってるんですか?」
「ああ」
レイジも《識別》する。
深く潜る。すべては見えない。それでも、一度場所を教えられた性質なら追える。
《格納 Lv.4》。
確かにある。
「じゃあ、《格納》がなくなったから止まったわけじゃないんですね」
「そうなるな」
ルークが鉄鉱石を見つめる。
「干渉すれば、オリハルコンには戻せますよね?」
「できるだろう」
エレノアが答えた。
ルークが少しだけ安心した顔をした。それから、倉庫いっぱいの鉄鉱石を見る。
「……これ、全部ですか」
「頑張ってください」
今度は声に出した。
「レイジ君も手伝ってくれていいんですよ?」
「四級錬金術師じゃないので」
便利な言葉だった。
ルークが笑う。
「覚えておきます」
何をだ。
だが、少なくとも戻せる。鉄鉱石になったからといって、すべて失われたわけではない。
問題はそこではなかった。
レイジは手にしていた鉄鉱石を見る。
《格納》は残っている。オリハルコン側の性質も、その中にあるはずだ。それなのに、切り替わらなくなった。
「師匠」
「なんだ」
「《格納》が残ってるなら」
一度、言葉を切る。
「なくなったのは、そっちじゃないですよね」
エレノアがレイジを見る。ルークも黙った。ノエルが記録から顔を上げる。
「そうだな」
エレノアが答えた。
「《格納》へ干渉していた何か。それがなくなったと考える方が自然だ」
何か。
誰かではなかった。
人が触れていない間にも働き、鉄鉱石とオリハルコン鉱石を何度も切り替えたもの。その間隔は少しずつ短くなり、最後には消えた。
レイジは鉄鉱石を見た。
最初にここへ来たときから、ずっと同じものを見ていた。だが、まだ何かを見落としている。
「これ、どこから採れた鉱石なんですか?」
ノエルが瞬きをした。ルークも鉄鉱石を見る。
そしてエレノアが、わずかに口元を上げた。
調べるものは、まだ残っていた。




