だから調べるんですよ
《格納 Lv.4》。
あのエレノアですら知らない性質。
理由を探して始まった調査は、いつの間にか、この世界でまだ誰も知らないものへ辿り着いていた。
机の上には、その《格納 Lv.4》の性質結晶と、先ほどまでそれを持っていた鉄鉱石が並んでいる。
レイジは二つを見比べた。《格納》を抜いた鉄鉱石は、もうオリハルコン鉱石には戻らない。なら、やはりこれが原因だったのだろう。
そう考えていたときだった。
「……エレノアさん」
ルークが鉄鉱石を見つめたまま言った。
「なんだ」
「これ、鉄鉱石のままですよね?」
「そうだな」
「どうしてですか?」
エレノアがルークを見る。
レイジも一瞬遅れて、その言葉の意味に気づいた。
「あ」
性質を一つ抜いた。それなのに、鉄鉱石のままだ。
「……変わってない」
「ですよね」
ルークが鉄鉱石を手に取った。
「《格納 Lv.4》があったから、これが鉄鉱石とオリハルコン鉱石を行き来していた。それは分かります。でも、今は《格納 Lv.4》を抽出したんですよね?」
「ああ」
「なら、性質構成が変わっているはずです」
性質が変われば、物質も変わる。
それはレイジが錬金術を習い始めた最初の日から教えられてきたことだった。
実際、ゴブリンの牙から《硬質》を抜けば紫色の液体に変わった。《毒》を抜けば別の魔物の牙になった。性質構成が物質を決める。一年近く錬金術を学んできた今では、わざわざ意識することもないくらい当たり前の話だ。
なのに、目の前の鉄鉱石は変わっていない。
エレノアが鉄鉱石を受け取った。
「なるほど」
もう一度《識別》する。
「《格納》はない。他は先ほどと同じだな」
「それで鉄鉱石のままなんですか?」
「そう見える」
ルークの顔が、少しずつ明るくなっていった。
嫌な予感がする。
いや、悪い意味ではない。単純に、ものすごく楽しそうだった。
「じゃあ、逆はどうなるんでしょう」
「逆?」
「《付与》です」
ルークが机の上の性質結晶を見る。
「《格納》を何かに付与したら、その物質は変わるんでしょうか」
エレノアの口元がわずかに上がった。
「試すか」
「はい!」
返事が早い。
「待ってください」
レイジが口を挟むと、三人の視線が集まった。
「試すなら、何種類か用意した方がよくないですか?」
「何種類か?」
「一つに付与して変わらなかったとしても、その素材だけが特別なのか、《格納》が特別なのか分からないですよね。性質の違う素材をいくつか使って、同じことが起きるか見た方がいいと思います」
ルークが少し考え、すぐに頷いた。
「確かに。その方がいいですね」
「エヴァンス」
エレノアが呼ぶと、ノエルが背筋を伸ばした。
「はい!」
「何か使えそうなものはあるか?」
「確認してきます。実験に回せそうなものを、いくつか借りてきますね」
ノエルは机の上の記録をまとめると、慌ただしくテントを出ていった。
その背中を見送り、ルークが性質結晶へ目を戻す。
「《格納》を付与しても変わらないなら、すごいですよね」
「そうですかね?」
「すごいですよ。性質を追加しているのに元の物質のままなら、僕はそんな性質を知りません」
「私も知らんな」
さらりとエレノアが言った。
ルークが黙った。
レイジも黙った。
この人が知らないと言うと、途端に話が大きくなる。
「……楽しみですね」
ルークが笑った。
やっぱり楽しそうだ。
しばらくして、ノエルが小さな木箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。実験に使っても問題ないものを、いくつか借りてきました」
木箱が机に置かれる。その中を見たレイジは、一つの素材に目を止めた。
「ゴブリンの牙……」
「どうかしました?」
「最初に錬金術を習ったときに使ったんです」
一本を手に取る。
見覚えのある、少し黄ばんだ牙。
あの日はこれを前に座り、《識別》すらまともにできなかった。見えたのは《硬質 Lv.2》と《毒 Lv.1》。それだけで、錬金術というものが少し面白くなった。
「ちょうどいいですね」
ルークも牙を覗き込んだ。
「まずこれで試してみませんか?」
「そうだな」
エレノアが牙を受け取る。
「《識別》」
少しして頷いた。
「問題ない。普通のゴブリンの牙だ」
机の上から《格納 Lv.4》の性質結晶を取る。
「では、付与するぞ」
全員の視線が集まった。
「《付与》」
性質結晶が消える。
レイジは牙を見た。
何も起きない。
「……そのまま?」
色も形も変わっていない。
エレノアが牙を持ち上げる。
「《識別》」
数秒。
「あるな。《格納 Lv.4》」
「でも、ゴブリンの牙のままですよね?」
ルークが確認する。
「ああ」
「僕も見ていいですか?」
エレノアから牙を受け取ったルークが《識別》する。しばらくして、その目が大きくなった。
「本当だ……」
レイジも続いた。
「《識別》」
見慣れた二つの性質を探す。
《硬質 Lv.2》。
《毒 Lv.1》。
そこからさらに深く潜る。すべてを見ることはできない。それでも、昨日までなら気づくことすらできなかった場所に、エレノアから場所を教えられたことで意識を向けられる。
《格納 Lv.4》。
ある。
間違いなく、ゴブリンの牙の中にある。
なのに、目の前にあるものはゴブリンの牙だった。
「……おかしいですね」
「ああ。おかしい」
エレノアは楽しそうに答えた。
「性質構成が変われば物質も変わる。それが今までの前提だった」
ルークが牙を何度も眺める。
「《格納》だけは違う……?」
「少なくとも、この牙ではな」
「じゃあ、ほかの素材でも試しましょう」
ルークはすぐに次の素材へ手を伸ばしかけ、止まった。
「あ」
「どうした?」
「《格納》、今この牙の中ですよね」
「そうだな」
「一度抜かないと次へ付与できません」
「抜けばいい」
「それで牙がどうなるかも確認できますね」
「そういうことだ」
二人の会話が早い。
レイジは机の上に並んだ素材を見た。ゴブリンの牙だけではない。せっかく複数の素材で試すなら、結果を覚えているだけでは後で分からなくなる。
「ノエルさん」
「はい?」
「試した素材ごとに、結果を分けて残しませんか? 付与する前と後、それから《格納》を抜いた後。同じ結果が出ても、どの素材で試したのか分からなくなったら比べられないので」
「あ、それなら元の保管場所も一緒に残しておきます。借りてきたものは全部分かりますから」
「お願いします」
ノエルが記録用紙を引き寄せた。
「状態も書いておいた方がいいですよね?」
「そうですね。何か違いが出たときに、あとから確認できるようにしておきましょう」
「分かりました」
ノエルが素材を一つずつ確認しながら書き始める。レイジも横から結果を伝えた。
付与前。付与後。抽出後。
こうして並べれば、何が変わって、何が変わらなかったのかが見やすい。
前の仕事でも、似たようなことをやった気がする。商品管理だったか、営業資料だったか。
まさか異世界で、ゴブリンの牙を並べるために使うとは思わなかった。
「レイジ君、それいいですね」
ルークが記録を覗き込んだ。
「あとで結果を比べやすいでしょう」
「それなら、付与した後に《識別》した人も残しておきませんか? 見間違いの可能性も消せます」
「あ、それも入れましょう」
「切り替わったときの条件も欲しいですね」
「まだ切り替えられるか分かってませんけどね」
「だから調べるんですよ」
笑顔で返された。
強い。
何が強いのか分からないが、強い。
そこから、実験は一気に進んだ。
《格納》を付与する。物質が変わらないことを確認する。《識別》で《格納》が存在することを確認し、再び《抽出》する。それでも元の物質は変わらない。
素材を変える。もう一度やる。結果は同じだった。
《格納》だけが、性質構成に加わっても物質を別のものへ変えない。そして抜いても、物質は元のまま。
「こんな性質、本当にあるんですね……」
ノエルが記録用紙を見ながら呟いた。
「あるから困ってるんですけどね」
レイジが言うと、ルークが首を振った。
「困るというより、面白くないですか?」
「レイフォードさん、さっきからずっと楽しそうですね」
「楽しくないですか?」
「楽しいですけど」
即答すると、ルークが笑った。
否定はできない。レイジだって、少し前からずっと気になっている。
《格納》は何なのか。どうして鉄鉱石とオリハルコン鉱石が入れ替わるのか。何ができるのか。
分からないことが一つ分かるたびに、また次が気になる。
ふと、机の上のゴブリンの牙を見る。
一年ほど前。あの牙を前にして、《硬質》と《毒》が見えた。それだけで面白かった。
あの頃はエレノアが用意した素材を、エレノアに言われた通り《識別》して、《抽出》していた。
今は違う。
隣ではルークが次の実験を考えている。ノエルが結果を記録している。エレノアはその案を聞きながら、必要な操作をしている。そして自分も、その中で次に何を比べればいいのかを考えている。
たった一年。まだエレノアには到底届かない。ルークにも、自分にはないものがいくらでもある。
それでも、教えてもらうだけではなくなっている。
「レイジ君?」
「いえ。なんでもないです」
牙を置いた。
「それより、次は何を試します?」
「そうですね」
ルークの目が輝いた。
そこからが長かった。
《格納》には何を保持できるのか。どこまで保持できるのか。内部にあるものを《識別》できるのか。《格納》そのものを《格納》できるのか。
ルークが思いつく。レイジが条件を分ける。ノエルが素材と記録を揃える。エレノアが試す。
失敗すれば、別の方法を試す。その繰り返しだった。
「これは無理ですね」
ルークが言った。《格納》の中へ、別の《格納》を入れようとした結果だった。
「入らんな」
エレノアもあっさり認める。
「じゃあ、これは?」
次。
「中にある性質を《識別》できませんか?」
「やってみるか」
エレノアが《格納》を持つ試料へ手を伸ばす。
しばらく沈黙が続いた。さらに続いた。
レイジはルークを見る。ルークもレイジを見る。昨日から嫌というほど見た光景だった。
「……どうですか?」
ルークが尋ねる。
「見えないというより、届かん。見える手応えはある」
「エレノアさんでも?」
「ああ」
ルークが黙った。
そして。
「じゃあ、どうすれば届くんでしょう」
そこなのか。
レイジは思わずルークを見る。
できないから諦める、ではない。エレノアですら届かない。それでも、その先に何かがある手応えはある。
なら、どうすればそこまで届くのか。
昨日、何時間も《識別》を続けていた少年と同じだった。
「それは今考えても仕方ない」
エレノアが切った。
「ほかを試すぞ」
「はい」
素直に戻った。
そこは戻るんだな。
やがて、もう一つ大きなことが分かった。
《格納》の中に別の性質構成を保持させた試料へ、エレノアが錬金術的に干渉したときだった。
目の前で、試料の姿が変わった。
「変わった!」
ノエルが身を乗り出す。
「今の、もう一度できますか?」
ルークがすぐに聞く。
「ああ」
「待ってください」
レイジは記録へ目を落とした。
「さっきまで変わらなかったときと、今の違いを一個ずつ確認しましょう」
ルークが手を止める。
「……そうですね。もう一度同じ条件でお願いします」
エレノアが再び試す。
変わる。
条件を一つ外す。
変わらない。
戻す。
変わる。
何度か繰り返したところで、四人の視線が同じ場所へ集まった。
「干渉か」
エレノアが言った。
「《格納》へ性質の干渉が入ることで、表に出ている性質構成が切り替わっている」
ルークが頷く。
「だから第五倉庫の鉱石も、鉄鉱石とオリハルコン鉱石を行き来していた」
「おそらくな」
原因が見えた。
少なくとも、何が起きていたのかは分かった。
レイジは息を吐いた。最初にここへ来たときは、鉄鉱石がオリハルコン鉱石に入れ替えられているとしか思えなかった。それが今では、未知の性質まで見つかっている。
「ルークさん」
ノエルが恐る恐る声をかけた。
「これ、会社に報告した方がいいですよね?」
ルークの表情が止まった。
「……そうですね」
さっきまであれだけ楽しそうだった顔から、少しだけ光が消えた。
「《格納》のこともありますし、現状ではこの鉱石を動かさない方がいいと思います。加工も出荷も止めてもらった方がいいですね」
「わたしからも倉庫側へ伝えます」
「お願いします。僕はセレスティアへ報告します」
ルークが記録用紙を見る。
未知の性質。既存の錬金術では説明できない挙動。そして、オリハルコン鉱石として保管されていた大量の商品。
「……これ、僕が報告するんですよね」
「セレスティアの錬金術師ですからね」
レイジが答えた。
「ですよね」
頑張ってください。
声には出さなかった。
報告を受けたセレスティアの判断は早かった。対象となる鉱石について、加工も出荷も一時停止。第五倉庫にあるものも、調査が終わるまで可能な限り現状を維持する。
ノエルはすぐに倉庫側の手配へ動き、ルークも追加の報告に追われ始めた。
レイジはその様子を少し離れたところから見ていた。
自分たちは、ただ倉庫の中で鉱石を調べていただけだ。けれど、その結果で会社が動いた。
物が止まり、人が動き、これから先の仕事まで変わる。
錬金術師の仕事というものを、少し前にルークから聞いたばかりだった。資格を取って、会社に入って、錬金術を使って仕事をする。その意味を、今度は目の前で見ている。
そして自分も、その調査の中にいた。
「師匠」
「なんだ」
「《格納》が原因だったんですよね」
「ああ」
「性質に干渉すると切り替わる」
「今のところはそう考えていい」
レイジは第五倉庫を見る。
そこで、引っかかった。
「じゃあ」
エレノアがこちらを見る。ルークも報告書から顔を上げた。ノエルの手も止まる。
「第五倉庫では、誰が《格納》に干渉してたんですか?」
誰も答えなかった。
鉱石は、人が触れていない間にも変わっていた。
鉄鉱石からオリハルコン鉱石へ。オリハルコン鉱石から鉄鉱石へ。
何度も。
《格納》が原因だった。切り替わる条件も分かった。
だからこそ、新しい疑問が残った。
誰も錬金術を使っていないはずの第五倉庫で。
いったい何が、《格納》を切り替えていたのか。




