ここからは私の出番だな
「よくやった。ここからは私の出番だな」
そう言ったエレノアは、すぐに鉱石へ向かおうとはしなかった。
「しかし、変わるところを見る、か」
「はい」
「単純な話だが、私もレイフォードも思いつかなかった」
ルークが少し困ったように笑う。
「そうですね。僕も変わった鉱石を何度も《識別》して、そればかり考えていました」
「私もだ。物がおかしければ《識別》する。錬金術師なら、まずそう考える」
エレノアはそこで、第五倉庫の方へ視線を向けた。
「聞けばエヴァンスも四級錬金術師らしい。似たようなものだろう」
「え、ノエルさんも錬金術師なんですか?」
「はい。一応、四級は持ってます」
ノエルが答える。
「十八歳のときに取りました。今は倉庫の管理ばっかりなので、仕事で錬金術を使うことはあんまりないですけど」
なるほど。だからノエルも、鉄鉱石に変われば《識別》し、オリハルコンに戻ればまた《識別》した。それでおかしなところがないかを探していた。
レイジも同じだ。違ったのは、錬金術師として過ごしてきた時間くらいだった。
「お前はまだ、錬金術師としては半端者だからな」
「褒めてます?」
「さっき褒めただろう」
「そうでしたね」
褒められた気がしなくなってきた。
エレノアは気にした様子もなく立ち上がった。
「行くぞ」
「はい」
ここからは私の出番。
その言葉どおり、第五倉庫へ戻ってからはエレノアが調査を進めた。
ノエルが見ていた鉱石。その周囲にあった鉱石。倉庫の外へ運び出したもの。テントの中へ分けて置いたもの。それぞれからいくつかを選び、《識別》する。
結果はすべて同じだった。
鉄鉱石。
ノエルが変化を見る直前まで、それらは確かにオリハルコンだった。そして誰も触れていない。運んでもいない。それでも今は鉄鉱石になっている。
「レイジ。レイフォード」
「はい」
「もう一度、できる限り深く見ろ」
レイジは近くにあった鉱石を手に取った。昼間にも何度もやったことを、もう一度繰り返す。
《識別》。
意識を鉱石へ集中させる。鉄鉱石を構成している性質を一つずつ拾う。見つけたところで終わらない。その奥へ意識を伸ばし、見落としているものがないかを探していく。
何もない。
もう一度。
同じだった。
隣ではルークも別の鉱石を手にしている。しばらくして、先に顔を上げたのはレイジだった。
「分かりません」
「僕もです」
ルークも鉱石を置いた。
「普通の鉄鉱石にしか見えません。何か違う性質があると思って探しているんですが……」
「そうか」
エレノアはそれだけ言って、自分も一つ手に取った。《識別》を始める。
レイジとルークも別の鉱石を取った。
そこから、同じことが何度も続いた。鉱石を変える。《識別》する。何も見つからない。今度は同じ鉱石をレイジとルークで順番に調べる。結果は一致した。
鉄鉱石。
エレノアにも渡す。エレノアはしばらく黙って見たあと、別の鉱石を手に取った。また《識別》する。
どれくらい経っただろう。
レイジは鉱石から手を離し、目元を押さえた。何度も深く《識別》を繰り返しているせいで、頭が重い。隣を見ると、ルークも似たようなものだった。
「……疲れますね、これ」
「ですね」
それでもルークはもう一度鉱石へ手を伸ばした。レイジも続ける。
分からない。
何度やっても、分からない。
少なくとも自分に見えている範囲では、本当にただの鉄鉱石だった。
やがてルークが小さく息を吐いた。
「エレノアさんの集中力はすごいですねえ」
その視線の先では、エレノアが相変わらず鉱石を手にしていた。ほとんど姿勢も変わっていない。
「多分まだ序の口ですよ」
「と言うと?」
「最悪、この状態が三日ほど続きます」
ルークが笑った。
「まさか。ご冗談を」
「いえ」
レイジはエレノアを見る。
「本当に」
ルークの笑顔が少しだけ固まった。
仕方ない。普通はそう思う。レイジも最初に三日間研究室から出てこなかったときは、何をしているんだと思った。今ではもう慣れた。
エレノアは興味を持った研究なら、食事も睡眠も忘れて三日くらい平気で籠もる。今回もそうなるかは分からない。ただ、少なくとも今の様子を見る限り、やめる気はなさそうだった。
「お二人とも、何か飲みますか?」
ノエルの声がした。
「お願いします」
「僕もいただきます」
ノエルがテントの方へ歩いていく。戻ってきた彼女から飲み物を受け取り、少し休む。それから、また《識別》した。
時間だけが過ぎていった。
第五倉庫の中は静かだった。時折、鉱石を置く音が響く。外へ出れば、辺りはすっかり暗くなっていた。
レイジは何度目か分からない《識別》を終え、息を吐いた。もう集中が続かない。ルークも少し前から手を止めている。
ノエルは。
「あれ」
テントの中を見ると、椅子に座ったまま机へ突っ伏して寝ていた。
「寝ちゃいましたね」
ルークが小声で言う。
「そりゃ寝ますよ」
昼からずっと付き合っている。むしろ今まで起きていた方がすごい。
レイジは再び倉庫の中へ目を向けた。
エレノアは起きていた。当然のように。
「……本当に三日続くんですか?」
「だから言ったじゃないですか」
「僕、少し信じてきました」
信じなくてもいい。できれば今日中に終わってほしい。
そんなことを考えていると、エレノアの手が止まった。
「……ん?」
レイジは顔を上げる。
エレノアが手元の鉄鉱石を見ている。しばらく動かなかった。
「師匠?」
返事はない。もう一度、鉱石へ意識を集中させているようだった。ルークも気づいたらしい。椅子から立ち上がる。
やがて、エレノアがゆっくり顔を上げた。
「《格納 Lv.4》……」
「格納?」
初めて聞く性質だった。
エレノアは鉱石を見る。
「はて?」
「知らないんですか?」
「知らん」
即答だった。
レイジは思わずルークを見る。ルークも目を丸くしている。
エレノアが知らない。その事実の方が、《格納》という聞いたこともない性質より驚いた。
「レイフォード。知っているか?」
「いえ。僕も初めて聞きました」
「だろうな」
エレノアはもう一度鉱石を見る。驚いている様子はなかった。ただ、少し楽しそうだった。
「格納、か」
鉱石を指先で転がす。
「名前どおりなら、何かを内部に保持する性質だろう。別の性質を保持している。あるいは、何らかの物質を取り込んでいる。今は表に出ていない性質構成そのものを格納している可能性もあるな」
「性質構成を?」
「可能性の話だ。まだ何も分かっていない」
エレノアはそう言いながら、鉱石を置かなかった。その目が完全に研究をしているときのものになっている。
嫌な予感がした。
いや、この一年で何度も見た顔だ。
「まずは抜いてみるか」
エレノアが鉄鉱石へ意識を集中させる。
「《抽出》」
「あ」
ルークが声を上げた。
鉱石から淡い光が浮かび上がる。それがエレノアの手元へ集まり、小さな結晶を形作っていった。
性質結晶。
エレノアは出来上がった結晶を光へ透かすように眺める。
「ふむ」
「エレノアさん」
「なんだ」
「それ、うちの商品……」
エレノアの動きが止まった。
手元の性質結晶を見る。次に、性質を抜かれた鉄鉱石を見る。最後にルークを見る。
「……そうだったな。すまない」
ルークは何も言わなかった。とりあえずレイジも黙っておくことにした。
しばらく待った。
鉄鉱石は変わらなかった。さらに時間が経っても、オリハルコンには戻らない。
エレノアが性質結晶を指先で摘まむ。
「少なくとも、こいつが関係しているのは間違いなさそうだな」
《格納 Lv.4》。
あのエレノアですら知らない性質。
理由を探して始まった調査は、いつの間にか、この世界でまだ誰も知らないものへ辿り着いていた。
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