この目で見ました!!
山のように積まれた鉱石は、オリハルコンに戻っていた。
レイジは手にした鉱石をもう一度《識別》する。結果は変わらない。オリハルコン。
隣ではルークも別の鉱石を手に取り、何度も《識別》していた。
「間違いありません。全部オリハルコンです」
「こっちもです」
午前中まで、何度確認しても鉄だった。それが昼食を取って戻ってきたら、オリハルコンに戻っている。
「テントの方は?」
エレノアに言われ、レイジは顔を上げた。
午前中、鉱石の山からいくつか抜き出し、離れた場所へ置いていた。レイジとルークは急いでそちらへ向かい、布をめくる。
中に置いていた鉱石も、色が変わっていた。《識別》する。
オリハルコン。
「こっちも戻ってます」
「僕の方もです」
ルークが答える。
これで、少なくとも一つ分かった。倉庫の山だけではない。離しておいた鉱石まで、同じように変わっている。
レイジは腕を組んだ。
搬入されたときはオリハルコンだった。今朝は鉄になっていた。そして今は、またオリハルコン。
しかも昼食に出ていたのは、ほんの一時間ほどだ。
「ノエルさん。俺たちが昼飯に行ってる間、ここに誰か入りました?」
「いえ。第五倉庫は立入禁止にしていますし、わたしたちが出た後も出入口は閉めています」
「他に入口は?」
「ありません」
ノエルが即答する。
そもそも、ここはイステンデットの倉庫だ。大量の商品を扱っている以上、誰でも好き勝手に出入りできるような場所ではない。
とはいえ、絶対に誰も入れないとまでは言い切れない。知らない出入口が作られているかもしれないし、壁に穴でも開けているかもしれない。
それでも、一時間ほどでこれだけの鉱石を入れ替えるとなると――。
「……試してみません?」
「何をです?」
ルークが聞き返す。
「これ、俺たちで運んでみましょう」
「運ぶ?」
「はい。誰かが入れ替えてる可能性を考えるなら、一時間くらいでこの量を運び出して、同じだけ運び込まないといけないですよね」
レイジは足元のオリハルコン鉱石を一つ持ち上げた。
考えて分からないなら、やってみればいい。
四人でいくつかの鉱石を倉庫の外へ運び始めた。
一往復。二往復。三往復。
「……これ、無理じゃないですか?」
レイジは振り返った。
運んだ。確かに運んだ。だが、倉庫の中に山のように積まれているオリハルコン鉱石と比べれば、誤差みたいな量だった。
しかも実際に入れ替えるなら、これで終わりではない。今ある鉱石を外へ運び出して、代わりの鉱石を同じだけ中へ運び込む必要がある。それを、昼食に出ていた一時間ほどで。
「少なくとも、普通に人が運んで入れ替えたっていうのは無理がありそうですね」
ルークも倉庫の中と、外へ運んだ鉱石を見比べる。
「僕もそう思います」
「ですよね」
「レイジ」
エレノアが呼んだ。
「はい」
「この行動に意味はあるのか」
「自分でもよく分からなくなってきました」
実際、何往復かしたところで、倉庫一つ分を入れ替えられないことは十分分かった。
レイジは外に並べた鉱石を見る。
「……あ」
「なんだ」
「これ、このまま外に置いておけば、倉庫の中に何か原因があるのかも確認できますね」
エレノアがレイジを見る。
「それはただの思いつきだろう」
「その通りです」
「そうか」
結果的に、もう一つ検証項目が増えた。
倉庫の外へ出した鉱石。倉庫の中に残した鉱石。テントへ分けた鉱石。それぞれを定期的に《識別》する。
変わらない。
時間を置いて、もう一度調べる。やはり変わらない。
レイジは手にしていた鉱石を置いた。
人力でこれだけの鉱石を入れ替えるのは、途方に暮れるような作業だった。それを一時間ほどでやるとなれば、なおさらだ。
それなら。
「……見られるかもしれない」
「何をだ?」
エレノアが聞いた。
「変わるところです」
今朝は鉄だった。それが昼食から戻るまでの一時間ほどで、オリハルコンに戻っていた。
「いつ変わるのかは分かりませんけど、これだけ短い時間で変わるなら、ずっと見てれば変わるところを見られるかもしれません」
ルークも鉱石を見る。
「少なくとも、誰も触れていない状態で変わるところを確認できれば、かなり絞れそうですね」
「はい」
問題は、いつ変わるのか分からないことだった。それからも三人で鉱石を調べ続けた。
「まだオリハルコンですね」
ルークが手にした鉱石を置く。
「こっちもです」
レイジも答える。何度目か分からない《識別》だった。
外を見ると、空がかなり暗くなっている。朝から調べ続けている。昼食を挟んだとはいえ、さすがに疲れてきた。
「もうこんな時間ですか」
ノエルも外を見る。
「皆さん、夕食はどうされます?」
「飯か」
エレノアが反応する。
やっぱり早い。
「またカウミーちゃんでいいんじゃないですか?」
レイジが言うと、ルークも頷いた。
「僕も構いません」
「では――」
ノエルが言いかけて、倉庫の中を見る。それからレイジたちを見た。
「あの、わたしが残ります!」
「え?」
「このまま誰も見ていない間に変わったら、また同じことになりますよね?」
ノエルは眼鏡を押し上げた。
「わたしがやります! 御三方は先に夕ご飯など済ませてきてください!」
エレノアは少しだけノエルを見た。
「そうさせてもらう」
「師匠、決断早くないですか?」
「腹が減った」
知ってた。
ノエルに第五倉庫を任せ、レイジたちは再びカウミーちゃんの生活商店へ向かった。昼にも来た店だ。
三人で食事を買い、空いていた席につく。今度はノエルがいない。
レイジが食事を始めてしばらくすると、隣に座ったルークがエレノアへ顔を向けた。
「エレノアさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「エレノアさんは、いつから錬金術を?」
エレノアは食事の手を止めなかった。
「さあな。ずっと前からだ」
「ずっと前から、ですか」
ルークは少し考える。
「自分が言うのも何ですが、エレノアさんもお若いでしょうに」
「そうだな」
レイジも食事を続ける。
エレノアの年齢は知らない。見た目だけなら、二十歳を少し過ぎたくらいだろう。ルークが十五歳で四級資格を取り、ドラフト全体一位になったことを考えれば、若くても優秀な錬金術師がいること自体は不思議ではない。
ただ、エレノアはどう考えてもその中でもおかしい。
「今日、《識別》を見ていて思ったんです。どれだけ修練を積めば、エレノアさんほどの錬金術師になれるでしょうか」
エレノアが初めてルークを見る。少しだけ、その目が細くなった。
「お前なら届くかもな」
ルークが目を瞬いた。
「本当ですか?」
「ああ」
短い返事だった。だが、レイジには少し意外だった。
エレノアが他人の錬金術を褒めるところなど、ほとんど見たことがない。少なくとも今日一日、ルークの《識別》を見たうえで言っている。
やっぱりこの人、相当すごいんじゃないだろうか。
「ありがとうございます」
ルークは素直に嬉しそうだった。それから、何かを思い出したように首を傾げる。
「そういえば、エレノアさんのお名前も、かの有名なアイゼンハルト氏から取られたんですか?」
レイジも顔を上げた。
やっぱりそう思うよな。
一般教養の本に出てきた、現代錬金術の五体系を作った人物。エレノア・アイゼンハルト。師匠が名乗ったエレノアという名前も、そこから取ったものだとレイジは思っている。
「さあな」
エレノアは何でもないことのように答えた。
「親が死んで久しい」
「あ……これは失礼しました」
「気にするな」
会話が終わった。ルークもそれ以上は聞かなかった。レイジも食事へ戻る。
そのときだった。
店の扉が勢いよく開いた。
「変わりました!!」
聞き覚えのある声に、三人が同時に振り返る。
入口にノエルが立っていた。肩で息をしている。倉庫から走ってきたらしい。店内の客まで何人かノエルを見ていた。
「飯屋だぞ。声がでかい」
いや、コンビニだろ。
そう思ってから、レイジは店の名前を思い出した。
いや、生活商店か。そのイートインスペースね。
「す、すみません!」
ノエルが慌てて声を落とす。それでも興奮は収まらないらしい。そのまま三人のところまで駆け寄ってきた。
「でも、本当に変わったんです! この目で見ました!!」
レイジは立ち上がった。
「どう変わったんです?」
「光ったんです!」
「光った?」
「はい。見ていた鉱石が急に光を纏って、それから一瞬、ものすごく明るくなって……! 眩しくて、一瞬目を閉じちゃったんですけど、開けたら鉄鉱石になってました!」
ノエルは興奮したまま両手を動かしている。
オリハルコンから、鉄へ。
「誰か触りました?」
「いません! わたし、ずっと見てましたから!」
「人が入ってきたりは?」
「それもありません!」
「外に出したやつは?」
「変わってました! 倉庫の中も、外に出したものも、テントに分けたものも全部です!」
レイジはルークと顔を見合わせた。
人が運んで入れ替えた可能性は低い。それは自分たちで実際に鉱石を運んでみて、嫌というほど分かった。
そして今度は、ノエルが見ている目の前で変わった。誰も触れていない。誰も運んでいない。それでも、オリハルコンだった鉱石が光を放ち、その場で鉄鉱石になった。
見られるかもしれない。そう考えて、誰かが直接見ていればいいと提案した。その結果が、返ってきた。
まだ理由は分からない。何が起きているのかも分からない。だが、一つだけ確かなことが増えた。
同じ鉱石そのものが、オリハルコンと鉄の間で変化している。
「レイジ」
呼ばれて、顔を上げる。
エレノアがこちらを見ていた。そして、にやりと笑った。
「よくやった。ここからは私の出番だな」




