誰の弟子だと思ってる
「レイフォードさんって、セレスティア・アルケミーで働いてるんですよね?」
「はい。まだ入ったばかりですけどね」
四人で第五倉庫を出て、ノエルの案内で昼食を買いに向かう。
十五歳。レイジより二つ上なだけだ。それなのに、もう資格を持って会社に入り、オリハルコンなんていう高価な鉱石の品質管理まで任されている。
十三歳の自分と比べるつもりはない。そもそもレイジは錬金術を始めて、まだ一年しか経っていない。ただ、錬金術師を目指しているくせに、錬金術師になった後のことをほとんど知らないことに今さら気づいた。
「錬金術師って、何歳くらいから働けるんですか?」
「資格を取れるのが十五歳からなので、早ければ十五歳ですね」
「十五歳……」
本当に二年後じゃないか。
「見えてきましたよ。あそこです」
前を歩いていたノエルが振り返り、一軒の店を指さした。
《カウミーちゃんの生活商店 イステンデット・グレイス倉庫群店》
その名前を見て、レイジは足を止めた。
「……カウミーちゃん?」
「どうかしました?」
「いや、この店……さっき倉庫に来る途中でも見たような気がして」
錬金ギルドからここへ来る途中、同じ名前の看板を一軒か二軒見かけた覚えがある。
「ああ。カウミーちゃんの生活商店はいろんなところにありますよ」
「同じ店が何店舗もあるんですよね?」
「はい。ホワイトカウ・ミートのお店です。うちの会社もカウミーちゃんの看板を借りて、ここでお店をやってるんですよ」
ホワイトカウ・ミート。こちらもセレスティアやイステンデットと並ぶ、王国七大企業の一つだ。
レイジは店の看板をもう一度見上げた。
「……看板を借りて?」
「はい。お店の名前や仕組みを借りる代わりに、決められたお金を払うんです」
「なるほど……」
それ、フランチャイズじゃないか。
錬金ギルドから倉庫群へ向かう途中には、イステンデット・ラグネルスタジアムなんてものまであった。ネーミングライツだけじゃなくて、フランチャイズまである。
どうなってんだ、この国。
「レイジ君?」
「なんでもないです」
店に入り、それぞれ昼食を選ぶ。
会社が店を出す。会社が鉱石を運ぶ。会社が錬金術師を雇う。当たり前といえば当たり前なのだが、この世界へ来てからのレイジにとって、錬金術師というものはほとんどエレノアだった。
森の中で研究をして、錬金術を教えて、時々三日くらい研究室から出てこなくなる。
あれを錬金術師の一般的な姿だと思ってはいけない。たぶん。
四人で席につくと、レイジは隣に座ったルークへ話を戻した。
「さっきの話なんですけど、資格って四級からでしたっけ?」
「そうです。四級、三級、二級、一級ですね」
「十五歳になったら、四級を受けられる?」
「はい」
二年後。思っていたより近い。
「レイフォードさんは、資格を取ってすぐセレスティア・アルケミーに?」
「そうですね。試験の後に新人錬金術師ドラフトがあったので」
それだ。第五倉庫でノエルが言っていた。
「その新人錬金術師ドラフトって、どういうものなんですか?」
「簡単に言えば、新しく資格を取った錬金術師と、人を採りたい工房を結びつける制度ですね。僕はそこでセレスティア・アルケミーから指名を受けました」
「全体一位で」
正面に座ったノエルが付け足した。ルークが少し困ったように笑う。
「それはもういいじゃないですか」
「よくないですよ。それに、そもそもドラフトにかかるのは資格試験で優秀な成績を収めた人たちなんですから。その中で全体一位ですよ?」
「運もありましたから」
十五歳で資格を取り、その試験でも上位に入り、さらにドラフト全体一位でセレスティア・アルケミーへ入社。
なるほど。目の前にいる少年がかなり優秀らしいことは、レイジにもようやく分かってきた。
「じゃあ、資格を取った人はみんなドラフトに?」
「いえ。普通に工房へ応募する人もいますし、ギルドに仕事を紹介してもらう人もいます」
「ああ、普通の就職もあるんですね」
「もちろんです」
少し安心した。錬金術師になるたびに全国規模のドラフトへ放り込まれる世界だったらどうしようかと思った。
「会社に入らない人もいるんですか?」
「いますよ。独立して工房を持つ人もいます」
「独立?」
「自分の工房を持って、お客さんから直接仕事を受けるんです。依頼されたものを作ったり、修理したり、自分で作ったものを売ったり。やり方は人それぞれですけど」
「それで生活できるんですか?」
「仕事が取れれば」
ルークが笑った。
「もちろん、会社に所属していた方が安定はします。設備もありますし、大きな仕事にも関われますから」
「なるほど」
「ただ、腕があって仕事をきちんと取れるなら、独立した方が稼げると思いますよ。自分で受けた仕事ですから」
「ああ……」
それなら分かる。会社員か、自営業か。急に分かりやすくなった。
「僕は今のところ、独立するつもりはありませんけどね」
「そうなんですか?」
「セレスティアにはいい設備もありますし、僕一人ではできない仕事もできますから。今はそっちの方が面白いです」
ルークらしい答えだった。
今までは、錬金術師になるという言葉の先にあったのは、十年間の修行と資格くらいだった。だが、その先にも生活がある。会社に入って給料をもらうこともできる。独立して、自分で仕事を取ることもできる。
仕事が取れれば、会社員より稼げる。
独立工房。
その言葉が、少しだけ頭に残った。
「レイジ君は、資格を取ったらどうするつもりなんですか?」
今度はルークから聞かれた。
「え?」
「エレノアさんのお弟子さんなら、いろいろ選べそうですけど」
「いや、まだ何も考えてないですよ。そもそも資格を受けられるのも二年後ですし」
「そうなんですか?」
「錬金術を始めたのも一年前ですから」
ルークが目を瞬いた。
「……一年前?」
「はい」
「十三歳ですよね?」
「十三歳です」
ルークが黙った。
なぜだ。
「レイフォードさん?」
「いえ。エレノアさんのお弟子さんですし、もっと小さい頃からやっているものだと」
「ああ」
普通はそうなのだろう。エレノアから聞いた話では、錬金術師を目指す者は幼い頃から勉強を始める。レイジが十二歳から始めたのは、かなり遅い。
「事情があって、十二歳からなんです」
「それで今、あれだけ《識別》できるんですか?」
「師匠の教え方がいいんじゃないですかね」
嘘ではない。毎日八時間。勉強して、錬金術をやって、運動して、食べて寝る。それを一年続けてきた。
「でも二年後か……」
四級資格。会社に入る。独立して工房を持つ。
今すぐどうこうする話ではない。それでも、二年後には最初の入口に立てる。
「……最近の若者、こわっ」
小さな声が聞こえた。
レイジが顔を上げる。正面のノエルが食事を手にしたまま、遠い目をしていた。
「何か言ったか?」
ノエルの隣に座ったエレノアが聞いた。
「えっ。い、いえ! 何も!」
「そうか」
エレノアは興味を失ったように食事へ戻った。ノエルは一度レイジとルークを見て、小さく息を吐く。
「……だって、十五歳でドラフト全体一位と、十三歳でエレノアさんのお弟子さんですよ」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言いました!」
開き直った。
「二人で資格とか就職とか独立とか、普通に話してるんですよ? わたし二十一歳なんですけど」
「知っている」
「なんか急に自分がすごく普通の人に思えてきたんです」
「普通で何が悪い」
「悪いとは言ってません!」
エレノアは気にした様子もなく食事を続けている。ノエルはしばらくそんな彼女を見ていたが、少しだけ声を落とした。
「……エレノアさん」
「なんだ」
「第五倉庫のことなんですけど、お弟子さんに任せっきりでいいんですか?」
エレノアが目だけを向ける。
レイジは隣のルークと話していて、こちらの会話には気づいていない。
「もちろんレイジ君がしっかりしてるのは分かりますけど、まだ十三歳ですよね」
「十三だな」
「エレノアさんなら、もっといろいろ分かるんじゃないですか?」
「分かるかもしれん」
「だったら――」
「だが、それでは意味がない」
ノエルが口を閉じた。
エレノアは食事を置き、ルークと話しているレイジへ視線を向ける。
「私が答えを出すだけなら簡単だ。だが、あいつは私の研究を見物するために来たわけじゃない」
「……はい」
エレノアがにやりと笑った。
「誰の弟子だと思ってる」
ノエルもレイジを見る。十三歳の少年は、今度はルークから何かを聞かれていた。
「……なるほど」
「なんだ」
「いえ。ちゃんと師匠なんですね」
「どういう意味だ」
「何でもありません」
「お前、さっきからそればかりだな」
昼食を終えると、四人は店を出た。
来た道を戻りながら、レイジはルークから聞いた話を頭の中で整理する。十五歳から四級資格を受けられる。資格を取れば、錬金術師として働ける。会社へ入る道もあれば、独立する道もある。
まだ二年先。それでも、今朝までよりは少しだけ、自分が錬金術師になった後の姿を想像できるようになった気がした。
第五倉庫へ戻る。
ノエルが扉を開けた。
「それじゃあ、続きを――」
言葉が止まった。
レイジも倉庫へ入り、その理由を知った。午前中まで見ていた景色と違う。
「……え?」
ルークが鉱石の山へ駆け寄り、その一つを手に取った。レイジも後を追い、《識別》する。
頭の中へ情報が流れ込む。
間違いない。
「レイフォードさん」
「……はい」
ルークが鉱石を見つめたまま答えた。
「オリハルコンです」
レイジも手の中の鉱石を見る。本物だ。午前中、二人で何度確認しても鉄鉱石だった。
顔を上げる。
一つではない。目の前に積まれた鉱石の山。そのすべてが――
オリハルコン鉱石に戻っていた。




