ルーク・レイフォード
第五倉庫は、倉庫群の中でもかなり大きな建物だった。
石造りの壁に、ところどころ木材で補強された柱や梁が見える。
ノエルに続いて中へ入ると、広い空間にいくつもの鉱石の山が積まれていた。華美なものは何もない。鉱石を置くためだけに作られたような、無骨な倉庫だった。
「現在、第五倉庫は関係者以外の立ち入りを禁止しています」
先を歩くノエルが振り返った。
「問題が解決するまでは、基本的にわたしたち以外は入れません」
「当然だな」
エレノアが短く答える。
オリハルコン鉱石が鉄鉱石に変わった。それだけでも大事件なのに、調査中に誰かが出入りしていたとなれば、余計な可能性まで考えなければならなくなる。
エレノアは倉庫の奥へ目を向けた。他の鉱石から離すようにして、一際大きな山が作られている。黒っぽい、見慣れない石の塊。
「あれだな」
「はい。あれが問題の鉱石です」
ノエルが頷く。
つまり今は――鉄鉱石ということになる。
新聞で何度も読んだ話ではある。だが、実際に目の前にすると妙な感じだった。これが数日前まで、希少なオリハルコン鉱石だったらしい。
まだ各地へ出荷する前だったため、梱包もされていない。大量の鉱石が、そのまま山積みになっている。
倉庫の片隅には、周囲から浮くように簡素なテントが張られていた。その下には机と椅子。机の上には書類と、山から持ってきたらしい鉱石がいくつか並んでいる。
そして、その一つに手を触れている少年がいた。
「レイフォードさん」
ノエルが声をかける。少年が顔を上げた。
「エレノアさんがお見えになりました」
「分かりました」
少年は鉱石から手を離すと、こちらへ歩いてきた。
レイジより少し年上だろうか。爽やかな顔立ちをしていて、物腰も落ち着いている。なにより、自分とそれほど年齢が変わらないように見えるのに、さっきまで完全に仕事として鉱石を調べていた。
「初めまして。ルーク・レイフォードです。セレスティア・アルケミーで品質管理を担当しています」
「エレノアだ」
「ご高名は伺っております。森の錬金術師、エレノアさん」
「ふん。興味ないな」
「ご謙遜を」
たぶん謙遜ではない。一年一緒に暮らしてきたレイジには分かる。この人は本当に興味がない。
「こっちは弟子のレイジだ」
「レイジです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ルークが柔らかく笑った。
「レイフォードさん、すごいんですよ」
ノエルが少し弾んだ声を出した。
「今年十五歳になって四級錬金術師の資格を取ったばかりなのに、新人錬金術師ドラフトで全体一位だったんです。それでセレスティア・アルケミーに――」
「大変恐縮です」
ルークが苦笑しながら頭を下げる。
十五歳。やっぱり二つしか違わない。
それに、ルーク・レイフォード。
そういえば、どこかで見た名前だと思った。王立新聞に載っていた気がする。
エレノアに新聞を読めと言われてから一年。全部の記事を覚えているわけではないが、新人の錬金術師がどうこうという記事を読んだ記憶はあった。
「ほう。レイフォード、貴様なかなかやるようだな」
「ありがとうございます」
ルークが頭を下げる。
だが、レイジはエレノアの横顔を見た。
たぶん今の「ほう」は、ノエルの話に感心しただけじゃない。一年間、毎日のように《識別》をやらされてきたから分かる。
この人、たぶん勝手にルークを《識別》していた。
まあ、いいか。
エレノアはすでに問題の鉱石へ視線を移していた。
「それで、今は全部鉄鉱石なのか?」
「はい」
仕事の話に戻ったノエルの表情から、先ほどまでの少し弾んだ雰囲気が消える。
「現在、問題の鉱石はすべて鉄鉱石になっています」
「全部か」
「はい。こちらに移して調査しているものも含めて、すべてです」
エレノアは鉱石の山へ近づいた。しばらく眺めたあと、レイジを呼ぶ。
「レイジ」
「はい」
「見ろ」
「分かりました」
レイジは山から手頃な大きさの鉱石を一つ取った。両手で持ち、《識別》する。
意識を鉱石へ集中させる。表面だけではない。中にある性質を、一つずつ拾っていく。
何度確認しても、結果は変わらなかった。
「……鉄鉱石ですね」
「そうですよね」
声を上げたのはルークだった。
「僕も同じ結果です。変わってから何度か調べましたが、どれも鉄鉱石でした」
「本物の?」
レイジが聞く。
「はい。少なくとも僕が《識別》した限りでは、性質だけを似せた偽物というわけでもありません。現在ここにあるものは、鉄鉱石として成立しています」
レイジは手元の鉱石を見る。自分の結果とも一致している。なら、今ここにあるものが鉄鉱石なのは間違いない。
「でも、最初はオリハルコン鉱石だったんですよね?」
「はい。それも僕が確認しています」
「事件が起きてからグレイスに来たんですか?」
「いえ。僕はもともと、この鉱石の品質管理を担当していました。セレスティアが購入したものですから、各地へ送る前に確認する必要があります」
なるほど。
事件を調べるために派遣されてきたわけではない。事件が起きる前から、この鉱石を見ていた人間ということか。
「搬入された時に《識別》したんですか?」
「はい」
「その時は?」
「オリハルコン鉱石でした」
即答だった。
「間違いなく?」
「間違いありません」
ルークは山積みの鉄鉱石へ目を向ける。
「僕自身が《識別》しています。本物のオリハルコン鉱石でした」
レイジも同じ山を見る。
今は鉄鉱石。自分でも確認した。ルークも確認した。だが、そのルーク本人が、搬入時には本物のオリハルコン鉱石だったと断言している。
なら、少なくとも最初から鉄鉱石だったという話ではない。
「意味が分からないですね」
「はい。僕もそう思います」
ルークが笑った。困っているはずなのに、どこか楽しそうにも見える。
その表情を見て、レイジは少しだけエレノアを思い出した。
「何か分かったか?」
後ろからエレノアの声が飛んできた。振り返ると、いつの間にかテントの椅子に座っている。完全にこちらへ任せたつもりらしい。
「いえ。分からないってことが分かりました」
「そうか」
それだけだった。
自分で調べれば、もっと何か分かるんじゃないだろうか。そう思ったが、エレノアが鉱石へ手を伸ばす様子はない。
新聞を読んで突然グレイスへ行くと言い出したのだから、もっと自分で調べたがると思っていた。それなのに、レイジへ「見ろ」と言ってからは、ほとんど口も出してこない。
もしかして。
俺のために師匠が連れてきてくれたんだろうか。
実際の事件を、自分で調べさせるために。
そう考えると、少しだけ嬉しくなる。
しばらくルークと一緒に鉱石を調べたが、結果は変わらなかった。どれを《識別》しても鉄鉱石。
少なくとも、今この瞬間は。
「そろそろお昼にしませんか?」
ノエルの声で、レイジは顔を上げた。気づけば、かなり時間が経っている。
「近くに生活商店があります。倉庫群の人もよく使っているところなんですけど」
「飯か」
エレノアが立ち上がった。
こういう時だけ反応が早い。
「レイフォードさんもどうですか?」
「ご一緒しても?」
「もちろんです」
ルークも席を立つ。
その姿を見ながら、レイジは改めて思った。
十五歳。自分より、たった二つ年上。それなのにもう錬金術師として企業に所属して、こうして仕事を任されている。
これまで身近にいた錬金術師はエレノアだけだった。だから、十五歳で働いている錬金術師がどんな道を通ってここにいるのか、まるで知らない。
「あの、レイフォードさん」
「はい?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なんでしょう」
聞きたいことは、いくつもあった。




