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急いだ結婚理由

 それは実質、夫が浮気を容認するということで、妻としてロゼには関心がないと言っているのと同義だった。


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったロゼは開いた口が塞がらない。


「この婚姻は決定事項で覆すことはできません。ですが、その代わりに生活であなたに不自由な思いはさせないとお約束します。ドレスも宝石も化粧品も家具もお好きなだけ購入して頂いて結構です」


 贅沢はさせてやるから、結婚はしろってことね。


「式は五日後に行います。それまで身体を休めて下さい」


 あまりにも一方的な話だった。


 しかし、ロゼにとっては急な話だが、これはエリーゼが花嫁であることを前提に進められていたことなのだろう。


 結婚間近だったのは本当だったようだ。


 それをエリーゼが神殿と家門の力を使って急遽覆したのだろう。

 しかし、何故この婚姻に了承したのだろうか。


 貴族との結婚を望む聖女は多いし、伯爵位ともなれば娘を嫁がせたい貴族だって多いはずだ。


「ご覧の通り、私は何者かから呪いを掛けられ、このような姿になっています。私を含めて三人の辺境伯は女神の墓の守り手。代々、女神の墓や封印に綻びが生じた場合、聖女を娶り、封印の強度を保ってきました」


 この国にある魔界へと通じる亀裂の封印の要は三カ所の女神の墓だ。三人の辺境伯が守っており、その辺境伯の一人がアーキンスだ。


 紫の辺境伯、白の辺境伯、黄の辺境伯、それぞれは家門にチューリップの紋を掲げており、シェルベルク国の三花とも呼ばれている。


「綻び……ですか」


 女神達は穢れを嫌い、特に獣の血が大嫌いで女神の墓には決して魔物を近付けてはならないと言われている。それが原因で封印に異常をきたすからだ。


「私の呪いもその綻びの一つであると、アルフレッド様に言われております」

「アルフレッド様が?」


 アルフレッドの名前がアーキンスの口から飛び出し、ロゼは驚く。


「早急に聖女を娶り、聖気を巡らせなければ私はいずれ理性も知性も失い、本物の獣になるだろうと。そして私の呪いは私だけに留まらず、領地領民にも広がるだろうとアルフレッド様は仰っていました」


「聖気を巡らす?」


 どういう意味だろうかとロゼは首を傾げる。


「…………こほん、とにかく早急に聖女を娶る必要があったのです。既に、私だけでなく、領地への影響が出ている」


 それくらい自分で考えろってことか。


 アーキンスはロゼの疑問は無視して続ける。


「それはこの城まで来る道沿いの川から発生している瘴気のことですか?」


 ロゼが言うと、アーキンスは目を大きく瞬かせ、その後、頷いた。


「えぇ。川から瘴気が発生し、水を利用する農作物や家畜に被害が出ています。何度浄化をしても少し経つとまた発生するのです。領民の生活用水でもありますし、不安に思っていることでしょう。一時的に広がりを抑えていますが、これ以上被害が広がるのは食い止めなくてはなりません」


 領民のために、早急に解決しなければならない問題だという。


「それは、あなたの呪いが解ければ瘴気も発生しなくなる、という見解でしょうか?」


「私はそうだと考えています」


 重々しい口調でアーキンスは言う。


 事態は相当深刻らしい。花嫁を選んでいる場合じゃないようだ。

 自分との婚姻を承諾した理由にロゼは納得する。


「エリーゼ・ローレンスはどのような理由をつけて婚約を破棄したのですか?」


「当初から結婚ギリギリまで聖女として神殿に従事したいとのお話でした。しかし、式を一か月前に控えているのに連絡が途絶え、直接神殿を訊ねたところ、『女神が花の聖女にお選びになった』と聞かされました。三聖女は国の守り手です。三聖女であるうちは結婚をすることはできませんし、私には時間もあまりない。諦めるしかありませんでした」


 随分と諦めが良いことで。


 しかし、領民のためと婚姻を受け入れてても、本心ではロゼを受け入れがたいと思っているのだろう。


 だから、浮気を容認する発言が出てくるのだ。


 外れを引いたと思っているんでしょうね。


 この人なら夫婦生活も何とかなるかもしれないと一瞬でも考えた自分が虚しくなる。


 こんな豚みたいな女を妻に欲しいと思う男はいないし、当然よね。


「失礼します」


 ワゴンを引いたリナが部屋に入って来て、アーキンスとロゼにそれぞれお茶を配る。


 えらく、色が濃いわね。


 手に取ったカップには濃すぎるお茶が注がれており、ちらりとリナに視線を向ければ歪んだ笑みを浮かべる彼女と目が合う。


 飲むフリも面倒なので、ロゼはそのままカップをソーサーへ戻した。


 何となく、慧眼な人かと思ったけど、流石に自分の家のメイドが妻に嫌がらせをしているとは思っていないようね。


「どうかなさいましたか?」

「……いいえ、何も」


 ロゼは首を横に振り、何事もないかのように装う。

 ロゼに入れられた異様に濃いお茶に気付くことなく、アーキンスは今後について話し始めた。


 挙式の会場は抑えてあり、招待状も配っている。参列者には王太子もおり、挙式の中止や延期はできない。エリーゼ側の招待客がやけに少ないのは、最初から結婚などする気がなかったことへの現れだろう。


 その時、『素敵なドレスを仕立ててもらった』とエリーゼが発言していたことを思い出す。


 ドレスまで仕立てさせたクセに、結婚するつもりがなかったって、詐欺じゃない?


 ただでさえ、呪われた伯爵などと言われているのだから、花嫁探しは難航していただろう。


 美人な花嫁が来ると期待させるだけさせて、絶望の淵に突き落とされたわけだ。

 自分には直接関係ない話だが、花嫁を迎え入れるために準備をしていたアーキンス達のことを考えると腹が立つ。


 相変わらず、性格の悪い女だわ。人のことは言えないけど。


 婚約破棄のことは気の毒だとは思うし、納得のいかないこともあるだろうが、それはロゼだって同じだ。


 急に縁談を持ち掛けられ、神殿を追い出されたのも同然なのだから。

 



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