追放上等
「冗談じゃないわっ!」
神殿の聖女達が住まう寮の一室でカレンは薄い部屋の壁を壊さんばかりの怒声を上げる。
広い木製の丸いテーブルの上に置かれた紫色のリボンを端に寄せ、ロゼはスペースを作る。
「カレン、落ち着いて」
「あなたはどうして落ち着いていられるのよ⁉」
それはね、あなたが私以上に怒り、荒れているからだって。
「と、とりあえず、お、落ち着きましょう……?」
ミリアリアが気を利かせてお茶を淹れ、トレーに三人分のお茶を乗せて運んでテーブルに向かってくるが、手つきが危なっかしい。
激しい動揺でカップの水面が波打っている。零すことなくカップが配られ、ロゼは香りが立つお茶に口をつけた。
「二人共、落ち着いて。何で、私よりも動揺してんのよ?」
自分だって混乱している。いきなり、結婚だ、縁談だ、解任だと言われ、全て飲み込めるはずがない。
「あなたを王都から出すなんて、アルフレッド様がお許しにならないわ!」
「そうよ! 三聖女のお勤めだって、ロゼがいたから何とかやってこれたけど……私達だけじゃ……」
カレンは憤り、ミリアリアは弱音を吐く。
アルフレッド様とはこの中央神殿の長を務める若き神官長だ。
当代随一の聖力を持つ本物の大神官聖下で、その実力は国王も恐れているという。
聖職者としての教義、聖力量、聖術の実力は間違いなく国で一番の実力者だ。
ロゼは十二年前、身を寄せていた孤児院を魔物に襲撃され、魔物討伐のために派遣された聖騎士と当時はまだ一神官だったアルフレッドに助けられ、その後アルフレッドに引き取られた。
ロゼに聖力があると分かったアルフレッドにより、ロゼは国中あちこちを連れ回され、修行の旅をして、実力を伸ばした。
修行の旅を振り返るとまだ子どもだった自分に対してあまりにも容赦のない仕打ちと扱き方にゾッとする。よく耐えたな、私。
何せ、魔物に襲撃された直後の怯える子どもを聖術の矢で貫く異常な人だ。
神官のクセに情けも容赦もない上に、口が悪く、不遜な態度を崩さないアルフレッドとの修行の旅は一言で表せば地獄だった。神殿に戻ってからもロゼはアルフレッドの身の回りの世話から、任務にまで付き合わされ、時には名代として任務地に赴き、恩を返そうと努めた。
アルフレッドの口添えもあり、『花の聖女』に就任し、ロゼは今まで以上に仕事に励んだ。
三聖女の主な務めはコスランド広場の封印の維持、王都結界の維持、亀裂から漏れでる瘴気の浄化、次代聖女達の育成である。その他にも行事で民衆の前に出たり、魔物討伐のために派遣されることもある。
ロゼは花の聖女として必死に務めを果たしてきた。
しかし、三年前にアルフレッドが病に倒れてから状況は一変した。
「今の神殿はおかしいわよ! 聖女を民衆からの支持を集めるための道具だと思っているわ! だから、今日の広場の歌唱だって『鳥の章』! ロゼの言う通り、あの場では封印の強度を保てるように『月の章』であるべきだったわ。私も出発前に進言したのよ⁉ でも取り合ってくれない」
「民の祝福のため、とは聞こえが良いけど、最近の神殿は民の目を意識し過ぎよ。それに、売られるように嫁ぐ聖女達も増えてきたわ」
「本当に実力のある聖女も少なくなってきたわ。だから広場の結界の歪みに気付かないし、ロゼに堂々と陰口叩けるのよ!」
二人の言う通り、アルフレッドが療養で不在にしている間に神殿の雰囲気はガラリと変わってしまった。
アルフレッドに付き従っていたロゼは仕事を貰えなくなり、神官長代理で元副神官長のトーマスはかつての地位を自分の都合の良いユノに与え、二人は聖女達に民衆にウケの良い仕事ばかりさせるようになった。本来の聖女の務めをおざなりにして、公的行事や夜会への参加を勧め、貴族や豪商に金を積ませて聖との縁を結ばせる。
「中から腐ってきたわね。まさか、自分が当事者になるとは思ってなかったけど」
見ての通り豚のように肥えてしまった自分を花嫁として望むわけがないと思っていたロゼは戸惑う。
基本的に三聖女であるうちは花嫁として降下されることはない。しかし、まさか縁談から逃れるための駒にされ、花の聖女を解任さるとは思ってもいなかった。
「エリーゼは自分が呪われた辺境伯に嫁ぎたくないから、代わりにロゼを利用したのよ」
「婚約が結ばれたのは一年くらい前だったかしら? ずっと嫌がっていたものね」
それは相手も気の毒なことだ。
せっかく、美人な花嫁を迎え入れると思っていたのにこんな豚のような女を娶る羽目になるなんて夢にも思っていなかっただろう。
「一度、アルフレッド様に連絡しましょう!」
「そうよ! アルフレッド様なら……」
二人の期待にロゼは首を横に振る。
「余計な心労を掛けたくないから。落ち着いたら手紙だけ書くよ」
アルフレッドは病気のため、王立病院で療養中だ。見舞いに行っても、病室には入れてもらえず、会うことは叶わない。手紙のやり取りだけは可能だが、送られてくる手紙はあっさりとしていてこちらの心配なの気にも留めていないような内容なのだ。
「ちょっと、早くこの部屋開けてもらえないかしら?」
嫌味っぽい声が室内に響き、三人は扉の方に視線を向ける。
そこにはエリーゼとエリーゼと仲の良い聖女が二人立っていた。
「勝手に入って来ないでくれる?」
ロゼはエリーゼ達を睨むが、どこ吹く風だ。
「だって、この部屋はもう私の物じゃない? そっちこそ早く出て行ってよ」
聖女達はそれぞれに部屋割り当てられている。
見習い聖女は質素な部屋で相室となるが、三聖女は広々とした個室が与えられる。
中でも、ロゼの花の間は三聖女の部屋の中で最も日当たりが良く、窓からの王都の景色が一望できる部屋だった。
「アルフレッド様がなんであんたなんかにこんないい部屋与えたのか分かんないけど、もうあの方は長くないし、次期神官長がこれから新しい形へ神殿を変えていくわ。私達はそのお手伝いをするの。汚らわしい豚は神殿の恥。この神聖な場所には不要よ。聖女ってのは印象が大事なんだから」
エリーゼは自分の髪を指で弄びながらほくそ笑む。
「豚がいる所って家畜小屋みたいでしょ? 早く出て行って欲しいの」
「良かったわね、出荷先があって」
エリーゼが取り巻き二人の会話を聞き、プルプルと肩を震わせる。
「出荷って……あなた達、言い過ぎよ」
窘めるように言うが、笑いを堪え切れていない。
そんな三人の姿を見て、カレンは顔を真っ赤にして憤りを顕わにする。
「なるほど。じゃあ、あんたはその家畜小屋を嬉々として私から譲り受けたいってことね」
ロゼの言葉にエリーゼは笑うのを止めて目尻を吊り上げた。
「あら、自慢の綺麗な顔が。大変なことになってるけど、大丈夫? 聖女は印象が大事なんでしょ?」
鼻で笑うロゼをエリーゼはキっと睨む。
「あんたの元婚約者様のことは安心して。あんたの代わりにしっかり妻としての務めは果たしてあげる」
「はぁ? その見た目で伯爵に相手にされるはず……いいえ、是非頑張って頂戴。あなた達二人、とってもお似合いだもの。きっと国で一番注目される素敵な夫婦になれるわ」
エリーゼが歪んだ笑みを浮かべる。
「とっても素敵なドレスを仕立ててもらったの。あれが着れないのは残念だけど、あなたに譲ってあげるわ。着れるのなら、だけどね」
吐き捨てるように言ってエリーゼと取り巻きは部屋を出て行く。
顔を真っ赤にして今にも拳を壁に打ち付けそうなカレンと悲愴な顔をするミリアリアをロゼはもう一度抱き締めた。




