追放宣言
広場から重たい身体を引き摺るようにロゼは神殿へと戻って来た。
自分が最後尾、そして集団とはかなり引き離されてしまったがために、神殿の門が閉じていた。防犯上の理由で夜は門を閉じるが、基本的に日中は閉じることはない。
まだ夕暮れには早いこの時間に、門が閉じているのは十中八九、門番や他の聖女達からの嫌がらせであることは分かっていた。
「壊してやろうか」
心の声がポツリと口から飛び出てしまう。
そんな時、神殿の中からこちらに向かって駆けてくる者の姿があった。
「ロゼ! ロゼ!」
「ミリアリア」
白銀の髪を揺らし、慌てて駆けてくるのは三聖女の一人であるミリアリア・ルースだ。
三聖女とは三人の女神の名を冠する聖女で三聖女はそれぞれ雪、月、花の聖女と呼ばれている。
白銀の髪と色の瞳に、柔和な人柄が滲む優し気な顔立ち、柔らかな雪のような雰囲気を纏うミリアリアは雪の聖女である。
「お疲れ様……って、もう! 誰よ! 門締めたのは!」
ミリアリアはぷんぷんと怒って内側から門を開けるのを手伝ってくれた。
「ありがとう、ミリー。助かったわ」
先頭を歩いて神殿に戻ったはずだが、いつまでも戻らないロゼを心配して様子を見に来てくれたようだ。
ミリアリアは神殿では数少ないロゼの味方である。
「良いのよ……って呑気にしている場合じゃないのよ! ほら! 急いで!」
ミリアリアはハッと思い出したように慌て出し、ロゼの背後に回り、背中を押す。
「え? 何? どうしたの?」
「とにかく急いでっ!」
ロゼはミリアリアによりぐいぐいと背中を押され、門を潜って建物に入り、やって来たのは神官長室だった。
『そんな――――――ではないですか‼』
部屋の前まで来ると中で聞き覚えのある人物の緊迫した声が聞えてくる。
冷静な彼女が声を荒げるのは珍しいなと他人事のように思っていると、ミリアリアがノックをする。ミリアリアに続いてロゼも入室する。身体が大きいため、身体を横向きにしてカニのようになり、部屋へ入った。
「ふふっ、その身体じゃ移動も大変ね」
入室の様子を見ておかしそうに笑うのはエリーゼ・ローレンスだ。
眩しい金髪に愛らしい顔立ち、ぱっちりとした目元に瞳は青空を桃色をしている。同性なら誰もが羨む豊満な身体つきとその愛らしい見た目から民衆からも注目を浴びている中央神殿の聖女でローレンス伯爵家の娘だ。
「ロゼ!」
カレン・スミスがロゼに気付き、声を上げる。
艶やかな黒髪は顎の位置で切り揃えられ、少し吊り上げった目元と黄色の瞳が神経質そうな印象を受ける美人だ。普段冷静なカレンが珍しく取り乱しているのでロゼは疑問に思った。
「遅かったな。まぁ、豚の足は遅いものだ」
そう言って机の上で腕を組むのは神官長代理のトーマス・クルソンだ。
ふくよかな体格で、帽子で隠しているが頭頂部は薄く、広い肌色を何とか残り少ない黒髪で誤魔化そうと横に流している。
ロゼを豚扱いするが、ダボっとした神官服の下にはたっぷりと贅肉がついていることを知らない者はいない。
神官長でもないクセに偉そうな態度がロゼを苛立たせる。しかし、、態度に出さないように努めた。
神官長室には神官長代理のトーマス、ユノ・ルキー副神官長、月の聖女、カレン・スミス、雪の聖女であるミリアリア、聖女のエリーゼが集まっていた。
「ロゼ・ハーネット。喜べ。お前に縁談がある」
トーマスの言葉にロゼは驚愕の表情を浮かべる。
「は? 縁談? 私にですか?」
聖女は女神の使徒で特別な娘だ。その特別な娘達を嫁に欲しいという貴族や金持ちは後を断たない。国内貴族に望まれ、嫁いでいく聖女は多く、聖女業を花嫁修業と割り切っている者も増えてきたことは理解している。
「喜べ、歳は二十八歳と若く、立派にも爵位を持っている。お前にこのような良縁は二度とない。断ることは許さない」
ロゼは今年で二十歳になる。年齢的にも釣り合いは取れるだろうが、若くて爵位もある男性が自分を望むとは思えない。
きな臭い……何か裏があるな、これ。
ロゼが訝しんでいると堪らずカレンとミリアリアが声を上げた。
「そのようなこと、神官長がお許しになるはずありませんっ!」
「そうです! ロゼを呪われた辺境伯の元へ嫁がせるなんて!」
声を荒げるカレンとそれに同調するミリアリアの言葉でロゼの予感は的中していたことを知る。
「失礼なことを言うものではない。彼は女神の柱を守る辺境伯で十二年前に強力な魔物達から一つの町を守った英雄です。そんな人の妻となれるのだから誇りに思うべきです」
丸い眼鏡をかけた長身で痩躯の男が言う。
三人の女神が眠る辺境の領地の一つを治めているアーキンス・ウォルセドナ伯爵は英雄と呼ばれているにも関わらず、呪われた伯爵として人々から嫌悪されている。
「アーキンス・ウォルセドナ伯爵はそこにいるエリーゼ・ローレンスの婚約者だったはずですが?」
ロゼはエリーゼに視線を向ける。
「残念なことに伯ウォルセドナ爵家との婚約は破棄されたの」
「破棄? 何故?」
年齢的にも結婚はそろそろだと思っていたのに、一体、急にどうした。
そして何故、そのお鉢が私に回ってきた?
「ミリアリアはこの度、急遽、花の聖女に就任する。よって、結婚を急ぐというウォルセドナ伯爵家との婚約は破棄されることとなった」
「は?」
トーマスの言葉にロゼは今度こそ空いた口が塞がらなくなる。
今、何て言った? 花の聖女に就任? 誰が?
頭の中が疑問で埋め尽くされ、ロゼは混乱するが、おおよそのことを理解した。
「では三聖女の務めはどうするのです? 広場の結界の綻びは? 結界の維持は? 瘴気の浄化は? 神官長は……アルフレッド様も賛成してるのですか?」
ロゼの言葉をトーマスは鼻で笑う。
「ふん、今までロクに務めを果たさなかったものが何を言う。それに、心配は無用じゃ。国の平和は辺境伯達によって保たれておるし、貴様の後任も既に決まっている」
唖然とするロゼをミリアリアが嘲笑し、カレンとミリアリアは絶望的な表情を浮かべている。
「あなたには失望しましたよ、ロゼ・ハーネット。その地位にいながら自らの務めを行わず、神殿での怠惰な生活を送り、次代聖女の育成も怠る。だから醜い豚のように肥えるのだ」
ユノは丸い眼鏡のレンズ越しに刺々しい視線をロゼに向ける。
「ロゼ・ハーネット。今を持って『花の聖女』を解任し、アーキンス・ウォルセドナ伯爵の元へ花嫁として降下する。神殿に貴様の居場所はない」
トーマスはそう言ってニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、ロゼに告げた。
呆然と立ち尽くすロゼにニコニコと笑顔を浮かべたエリーゼがロゼに歩み寄る。
「結婚の話がなくなったのは本当に残念なの。私の代わりにアーキンス様のこと、しっかり支えてあげてね」
うふふ、とエリーゼはほくそ笑む。
侮蔑の視線と嘲笑を受け、ロゼ・ハーネットは納得できないまま、神殿を追われることとなったのである。




