近づく二人
まぁ、私、こんな体型だしね。成人男性二人分の横幅があり、体重はおそらく二人分以上あるのだ。ただの不細工なら未だしも、豚のように醜い女と一緒に並んで立つのが嫌なのも分かる。
きっと、早く人の目がある場所から連れ出したかったのだろう。
殿下からはロゼを見下すような感じはなかったが、人の心中など分からない。
しかし、ロゼに対しての嫌悪感を顕わにしない辺り、グレゴールなどと違って流石は王族。誰に対しても公正な振る舞いが身に付いているらしい。
ロゼはアーキンスに促され、広間を出た。
広間や広間に近い廊下は使用人達が忙しなく行き来しており、人気があったが、広間から離れると人気もなく、静けさが広がっていた。
「申し訳ありませんでした。私のせいで、伯爵まで悪く言われてしまって」
人気のない廊下でロゼは謝罪をする。
ここまでアーキンスは一言も言葉を発することなく、かといってロゼの手を振り払うこともなく、ここまで来た。
ロゼは沈黙がとても気まずかった。
仮にも自分の知人を聖術で拘束する妻など、妻として好ましくないと思ったに違いない。
そう思っての謝罪だった。
「っ……!」
するとアーキンスは弾かれたように顔をロゼに向けて立ち止まる。
「いえ、そんなことは気にしてません。それより……その、謝罪しなければならないのは私の方です。大勢の前であなたに辛い思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
アーキンスはそう言って小さく頭を下げる。
それこそ気にし過ぎだ。侮蔑の視線も嘲笑もロゼは慣れている。アーキンスのせいではないのだ。
「それと、ありがとうございました。庇っていただいて。危うく、大切な客人に手を出すところでした」
サラリと紳士的なアーキンスに似合わない言葉が飛び出て、ロゼは目を瞬かせる。
「それに、見事な聖術でした。私は聖力を持つ近衛騎士として王宮に仕えていましたが、鍛錬を積んでも聖術を使いこなせるものは極わずかでした」
「近衛騎士だったのですか? 凄いですね」
王族を守る騎士達を近衛騎士という。
当然、剣術や武術に秀でており、その実力を認められた者にしか近衛騎士にはなれない。
目の前の黒山羊伯爵はそこまでゴツゴツした体格ではないので、ロゼは意外に思い、驚いた。
驚くロゼにアーキンスは『ふふ、そんなことはありませんよ』と少しだけ嬉しそうに言う。
「私も、聖術は各項の第四番までしか使えませんし、詠唱破棄の聖術であれほどの精度は保てません。ロゼ、あなたの聖術は実にお見事でした。相当研鑽を積んだとお見受けします」
ロゼを称賛するアーキンスの言葉にロゼは恥ずかしくなり、視線を逸らす。
顔が少しだけ熱くなるのが分かり、それがまた恥ずかしい。
「グレゴールのことは本当に申し訳ありませんでした。呼びたくはなかったのですが、三伯爵家には決まり事がありまして……致し方なかったのです。ですが、あんなことになるなら、そんな決まりなど無視すれば良かったと後悔しているところです」
思いつめたようにアーキンスが言うので、ロゼは首を横に振る。
「お気になさらず。私は平気です。私こそ、庇ってくださりありがとうございました」
建前であっても、ロゼを守ろうとしてくれたことには変わらない。
「私、こんな見た目なので。あんな風に言われるのも仕方ないです」
「仕方なくありません。人の容姿で相手を測ることはでききませんし、それは愚者のすることです」
アーキンスはやや強い口調で否定する。
その言葉には全くお世辞や変な気遣いを感じず、アーキンスの心の底にある言葉のように思えて、ロゼは嬉しくなる。
「……と、とにかく。私がどうこう言われても、伯爵は気にしなくても良いのですよ。原因私にあるのですから」
「お強いですね」
「いえ、私、痩せればそこらの女なんて足元にも及ばない美人なので」
「…………」
ロゼが胸を張るとアーキンスは呆然とする。
あ、調子に乗り過ぎたかもしれない。
アーキンスはロゼを見下ろし、無言でロゼを見つめる。
そして、ふわりと柔らかい笑みを口元に浮かべた。
「ふふ、そうですか。では、どうかそのままで。あなたが変わってしまったら、私の元に留まってはくれないでしょうから」
そう言ってアーキンスは徐に顔をロゼに近付ける。
な、何……?
近くに迫った黒い鼻にロゼはドキリとして、身を固くする。
「…………」
強張ったロゼを見たアーキンスは無言でロゼの髪を優しく触れた。
指先に波打つストロベリーブロンドの髪を絡めて、弄ぶ。
「あなたは素敵な女性です」
落ち着いた低い声がロゼの耳に静かに響く。髪を弄んでいた指が離れたと思ったら、その指が微かにロゼの頬に触れた。
「どうか、そのままでいてください」
まるで懇願されているかのような言葉がアーキンスから紡がれる。
頬を擽る指先があまりにも優しくて、ロゼは胸に甘い疼きを覚えた。




