質の悪い客
結婚式は大幅に縮小し、速やかに、簡潔に行われることになった。
元々、アーキンスは自身の呪いを気にして、結婚式を盛大に執り行うつもりはなかったらしく、目を通した招待客の人数は伯爵という身分の方の結婚しきしては少ないと思えた。
ロゼはアルフレッドの名代で何度か貴族の結婚式に参列した経験があるが、どの式も教会内は人でパツパツ、挙式後の披露宴では財力の誇示かというほど贅沢で華やかなものだったが、ロゼ達の挙式では、予想していた通り空席が目立った。
衣装もまるでシーツを縫い合わせたようなもので、理想の花嫁衣装とは程遠く、バージンロードを一人で歩く惨めさと好奇の視線を全方位から浴びせられ、なかなか辛い挙式であった。
どこかの誰かが『醜い家畜同士の結婚だな』と呟いた声が耳に残り、苛立ちと腹立たしさで無意識に拳を強く握り締めている自分がいた。
見た目が悪い分、せめて口は閉じて、アーキンスの迷惑になることは避けようと挙式に望んだロゼは深呼吸を繰り返して怒りを鎮めることに努めた。
教会での挙式後は豪華な披露宴はせず、招待客を招いて小さなパーティーを行うことになっていたのでロゼはアーキンスと共に馬車に乗って城へと移動し、パーティーの会場となっている広間へと向かった。
挙式時と比べると、パーティーの参加者は少なく、挙式の際は侮蔑と嘲笑の陰口でまみれていたが、パーティーではお祝いの声も少なからず聞こえ、進んで雰囲気を悪くしようとする者もいなかった。
招待客の中でもこのパーティーに集まっているのはアーキンスの昔からの友人や付き合いのある貴族が多いようで、ロゼに対して不躾な視線を向ける者もおらず、ロゼを見て引き攣った顔をしている者はいたが、目の前で侮辱するような言葉を並べることはしなかった。ロゼは新婦の席に座り、時々会場内を見渡し、挨拶に来るアーキンスの知人に笑顔で挨拶をする時間を過ごした。
このまま何事もなく終われば良いんだけど。
知り合いが一人もいない披露宴というのは思った以上に居心地が悪い。
ドレスもきつくて身動きも取りにくいし、何より気疲れしてしまっているので早く終われば良いのにと思う。
ロゼはジュースの入ったグラスを弄びながらアーキンスの様子を窺う。
隣の新郎席に座るアーキンスは相変わらず感情は読めないが、彼の元を訪れる知人達との会話は楽しそうで、そこは一安心だ。
自分が隣にいるせいで、せっかくの知人との時間が楽しくないのではないかと思っていたのでロゼは胸を撫で下ろす。
声色を聴く限り、機嫌は良さそうだし、楽しそうだ。
そう思った矢先、会場がざわざわとして、ロゼは客人達の視線の先を追った。
客人達の視線は扉の近くにいた明るい茶髪で、深い緑色の服に身を包んだ背の高い酔っ払いに向けられていてる。
その男は顔を真っ赤にし、フラフラとした足取りでこちらに向かって歩いて来る。
「ちょっと、グレゴール! やめなさいよ!」
「うるせぇよ。祝いの言葉くらい、くれてやらねぇとだろ」
赤い髪の青いドレスを着た美人が酔っ払い男の肩を掴んで制止を試みるが、酔っ払い男は赤髪美人の手を乱暴に払い除けた。
燃えるような赤い髪の美人は胸に黄色のチューリップを模したブローチを付けていた。
黄色のチューリップは女神の墓を守る伯爵家の一つであるスティーチ伯爵家の紋章だ。
「フリージア様だわ」
「まぁ、いつお見掛けしてもお美しいわ」
「どうにかお近づきになれないかしら」
女性達が羨望の眼差しを赤い髪の美女に注いでいる。
使用人の女性達も遠くから恍惚とした表情で彼女を見つめていた。
あれがフリージア・スティーチ伯爵ね。噂通りの美人な女伯爵だわ……ん?
ロゼが凛々しい女伯爵に見惚れていると、フリージアが止めようとしている酔っ払い男の胸ポケットにも白色のチューリップを模したブローチがあることに気付く。
あの酔っ払いがもう一人の辺境伯……グレゴール・ブランシュね。
ロゼはチラリと隣に座るアーキンスに視線を向けた。
表情は読めないが、どことなく嫌そうな雰囲気を醸し出している。
先ほど知人達と歓談していた時の様子とが明らかに違っていたことは付き合いの浅いロゼにも分かった。
ロゼはアーキンスからグレゴールには極力関わらないようにと念を押されているので、アーキンスが対応するだろう。
「よう、アーキンス」
グレゴールは鼻を鳴らし、座るアーキンスを見下ろす。
結婚を祝いにきた知人の態度じゃないわね。
人を馬鹿にしたような視線やアーキンスへの絡み方が傲慢そうでロゼは嫌悪感を抱いた。
「グレゴール、遠い所から来て頂いたことに感謝します」
しかし、態度の悪いグレゴールに対してアーキンスは形式的に挨拶を返す。
するとグレゴールはアーキンスとロゼを交互に見やり、ニヤッと下品な笑みを浮かべた。
「ふん、なかなか珍妙な光景だな。まるで家畜の交尾でも見せられているのかと思ったぞ」
その言葉にロゼは眉根を寄せる。
「グレゴール!」
フリージアがグレゴールを止めるが、グレゴールは止まらない。
「気の毒なものだな、アーキンス。眉目秀麗、文武両道、老若男女から羨望の眼差しを浴びていたお前が、このようなに醜い豚女しか娶ることができないとは! あはは、傑作だ!」
その言葉に他の客人達の視線が一気にロゼに集中する。
「ブランシュ伯爵も酷いことを仰る」
「本当に……花嫁様が可哀想だわ」
「お気の毒ですわ……」
ロゼに同情し、グレゴールを批難するような声が聞えてくるが、その本心もロゼには分かっている。グレゴールの発言はこの場において相応しくないが、正直なところ、この場にいる全員の本音をグレゴールが代弁しているのだ。
分かっているわよ、そんなこと。
ロゼはテーブルの下で強く拳を握り締める。
「ちょっと! やめなさいよ!」
フリージアがグレゴールの肩を掴むが、グレゴールは気にしない。
私がこんな見た目じゃなきゃ、伯爵はこんなに酷くは言われなかったはずなのに。
ロゼのせいで、アーキンスまで酷い言われようだ。惨めな気持ちと、申し訳なさでロゼは胸が一杯になる。
その時だ。




